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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の休日編■
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Episode01-3 闇夜の遭遇

 ヴィンセントの元から逃げ出した後、キアラが歩みを止めたのは彼の邸宅がある通りから1キロほど離れた街はずれにある墓地の前だった。

 立ち止まってもなお、胸の動悸は治まらずそれどころか叫びだしたい衝動は増すばかりだった。

 何故自分があんな事をしたのかはわからなかった。今でさえ、彼女自身に自覚はない。

 けれど確かに唇に感触は残っている。前の時は受けるのに必死だった分あまり余裕がなかったが、唐突だった割にヴィンセントの唇の柔らかさがありありと思い出され、キアラは側にある街路樹に顔を埋めて唸った。

 キスははじめてではない。けれど自分からするならもう少しタイミングを計れと、5分前の自分を今ここに呼び出して説教したい。

 夕飯にガーリックのキツイ肉料理とパスタをたらふく食べた上に、最近唇が荒れているとレナスに指摘された今日である。せめてもう少し彼に好印象を与えるようなキスをすればいいのに、なんでわざわざこんなタイミングなのだと、彼女は心の中で絶叫した。

 いつもは男勝りで、それが行きすぎて男装までしている。とはいえ彼女も年頃の乙女なのだ。恋やキスに多少なりとも理想は持つし、少なくとも相手は理想どころか彼女の想像では計れないほど完璧な男である。

 なのに自分は一体何をしているのかと、キアラは後悔に後悔を重ねてうなだれた。

 うなだれるどころかその場にしゃがみ込み、声を殺して唸るキアラ。

 だがそのとき、キアラは先ほど感じた気配がこちらに近づいていることに気付いた。

 恋では三流だが、騎士としては一流。素早く剣を抜き気配の先に目を走らせれば、彼女は思わず息を呑んだ。

 そこにいたのは、一人の老人だった。

 物陰から、顔を半分だけ出してこちらをじっと見ている老人は、正直人気のない夜の闇の中では不気味以外の何ものでもない。

 そしてキアラは、幽霊や悪魔と言ったたぐいの存在が大が付くほど苦手だった。

 剣を構えつつ、じりじりと後ずさるキアラ。その姿に、老人がふらりと物陰からこちらへとよってくる。

「わ、私に何か用ですか!」

 足取りは無駄にゆっくりだが、少なくとも足はある。と言うことは、多分生きてはいる。

「……あんたは、誰だ」

 それはむしろこちらが聞きたい。だがじっとこちらを見付ける老人にキアラは恐怖のあまり思わず自分の名前を告げた。

「キアラ、その名前どこかで」

「ふ、フロレンティアでは良くある名前かと」

 たしかに、フロレンティアどころかイタリア半島では良くある女性の名前ではある。

「それであの、私にご用でしょうか」

「その前に、まずはその剣を閉まってはくれまいか」

 確かに相手が生きている人間であれば、丸腰の、それも老人に刃を向けるなど以ての外だ。

 それにもし相手が幽霊であるなら、そもそも剣なんて意味はない。

 失礼しましたと慌てて頭を下げれば、老人はキアラの前までやってくる。

 暗がりの中で見たときは怖いと思ったが、目の前にたった老人は白髪であることと生え際が後退していることを覗けば、恐怖を抱くほど老け込んでいるわけではなかった。

 意志の強そうなは凛々しい眉と瞳には未だ精悍さが残り、若い頃はもちろん、今でも老年の紳士好きに人気のありそうな顔立ちだ。

 杖もなく歩く足取りは力強く、背もピンと伸びている。頭が後退しているので高齢だと思ってしまったが、実際はさほど年老いているわけではないのかも知れないと、キアラは見かけに惑わされ、あまつさえ悲鳴まで上げてしまったことを後悔する。

「もしかして道に迷われましたか? よろしければ、街の中心まで案内させて頂きますよ」

 謝罪もかねて親切心からキアラが言えば、老人は品定めでもするかのようにじろじろを彼女を見つめた。

 相手の真意がわからず非常にやり辛い。しかし騎士として無下にするわけにも行かなかった。

「あの…」

「こういう、まな板みたいなのが好みとは思わないがな」

 まな板という言葉に、キアラのこめかみが引きつる。その言葉が意味するところがわからないキアラではない。

「ご用がないなら、帰りますけど」

「いや、用ならある」

 意志が強いどころか少々傲慢なところが老人にはあるようだ。

「私は観光客なんだが、訳あって護衛がいるのだ。そして、君に私の護衛をたのみたい」

「そう言うことでしたら、騎士団の方に申請を出してください。観光案内にもたけた護衛専用の騎士がいますので」

 キアラの言葉に、途端に不機嫌になる老人。

 しかし彼女がそう提案したのは、決して老人が面倒になったからではない。

 ガリレオ騎士団では観光で訪れた貴族や資産家などから護衛を請け負うことが多いため、観光案内に長けた騎士が別にいるのだ。タダではないが、観光局でガイドを雇うのと同じくらいの値段を出せば、一日つきっきりで観光案内をしてくれる。

 騎士がガイドのまねごとなどとガラハド騎士団からは皮肉を言われているが、国から援助を貰っているガラハド騎士団と違い、ガリレオ騎士団の財政は常に火の車だ。

『金がないのに国防何てやってられるか! 絞れるところから絞ってやるぜ!』

 と豪語する、良く言えば頭の柔らかい、悪く言えばがめつい騎士団長の元、設立された観光事業部はなんだかんだで好評だ。最近では貴族だけでなく、騎士にエスコートされたい観光客からも良くお声がかかる上に、案内の質も良いのでリピーターも多いらしい。

 戦闘部隊の自分が案内するよりも、彼らに頼んだ方がずっと効率的でよりよい休暇を楽しめ事は確実。

 だからこそキアラは提案したのだが、老人はがんとして首を縦に振らなかった。

「いや、君が良い」

「と言われましても、仕事がありますし」

「君でなければ駄目だ」

 全くらちがあかなかった。むしろ最初よりも明らかに悪くなっていく老人の機嫌に、キアラは完全に押されていた。

「休暇はいつだ?」

「一応明後日は、1日あいておりますが」

「ならば、明後日の朝9時にサンタクローチェ教会で」

 老人は言うと、護衛がいると言っていたくせに、一人さっさと歩き出してしまう。

「ほ、ホテルまでお送りしましょうか!」

「いらん」

 最後までつかみ所がないまま、去っていく老人。

 勢いにのせられて休日を教えてしまったのは間違いだったかも知れない。

 得体の知れない不安を感じつつ、キアラは老人が消えた夜の闇を見つめていた。


※06/23誤字修正しました。

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