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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の休日編■
66/139

Episode01-2 成長の証と逃走と

「送ります」

 4人前の食事を完食したキアラの満足げな表情に油断していた矢先。

 ヴィンセントが喰らった不意打ちは、男らしすぎる宣言だった。

「頼むから、俺の言いたい台詞を横取りしないでくれ」

「でもあなたは王子で、私は騎士だし」

「君はもう少し男心を勉強するべきだな」

 特に恋する部分でと告げるが、キアラの顔には固い決意の色が浮かんでいる。

「前みたいに、変な竜に誘惑されても困りますし」

「君、結構根に持ってるよな」

「ともかく行きますよ」

 そう言って無理矢理服の袖を引くキアラ。どうせなら手を引いてくれとは思うが、これもまた進歩した方である。

 袖から指を外し、自身の指と絡ませればキアラの肩に力が入ったのがわかった。

「人の少ない道を通るから、構わないだろう?」

 耳元でささやけば、絡めた掌にほんの少しだけ力が込められる。

 そしてそのまま、二人は夜のフロレンティアを歩く。宣言通り、なるべく人の少ない通りを歩けば、少しずつだけれどキアラの体から力が抜けていく。

 会話も自然に出来るようになり、繋がれた手にキアラが慣れてきた頃、二人はヴィンセントの家のある通りへとやってきた。

 上手くいけば今日はキスくらい出来るかも知れない。

 いつになく順調なデートにホッと胸をなで下ろしていたそのとき、妙な気配を感じてヴィンセントは歩みを止める。

 突然、キアラがヴィンセントの体を側の茂みへ押し倒したのは、その直後の事だった。

 普通の恋人同士なら、押し倒すのはキスの前触れだ。むしろそれ以上のことが起きる前兆ともとれる。

「今、妙な気配が!」

 だがもちろん、キアラにそれはあり得なかった。

 いつの間にか剣まで抜いているキアラに、ヴィンセントはため息をつく。

「俺も感じたが、そう警戒することもない」

「ですが」

 キアラは不満そうだが、二人きりで身を隠している方が彼としては心臓に悪い。

「殺気ではないようだし、大丈夫だよ」

「誰かにつきまとわれてたりします?」

 時折、女性に過度な好意を向けられることがあるのは確かなので、否定はしない。

「君の方は心当たりはないのか?」

「私ですよ」

 最近目に見えて綺麗になっている、というのはヴィンセント以外からも出ている意見だが、キアラに自覚はない。

「……やっぱり今夜は送る」

「だめです、何かあったらどうするんですか」

「何かあったとき、危険なのは俺より君だと思うのだが?」

「私が弱いって言いたいんですか?」

「そうじゃない。万が一という事態の時、俺は傷つけられても良いが君はそうじゃないから」

 そう言って頬に添えられた掌に、キアラはかっと熱くなる。

「君の綺麗な肌に傷を付けられたら、俺は正気でいられる自身がない」

「も、もう既に傷とか沢山あるし」

 今日も訓練中に痣が出来ました! という言い訳にもならない報告をするキアラに、ヴィンセントは苦笑を返す。

「例え君が竜より強くても、彼氏としては不安なんだ」

 それに、この世に絶対なんて事はない。

 かつて自分が身を置いていた世界のことを思い出し、ヴィンセントは瞳を伏せる。

「君にだけは置いていかれたくない」

 伏せられた瞳に、キアラはほんの少し驚いた。彼はあまり憂いを外に出さない人だ。

 そしてそんな一面を見た所為だろう、不安そうに見上げられた顔にキアラは知らず知らずのうちに引き寄せられていた。

 自覚はなかった。

 前触れもなかった。

 けれど、確かな感触が残る唇に触れヴィンセントが唖然とする。

「今のは……」

 答えるキアラの方も、どこかポカンとした表情をしている。

「わ、わかりません」

「わからないのに、キスをしたのか」

 ヴィンセントの指摘で、キアラはようやく自身のしたことに気付く。

「き、キスしました?」

「ああ」

「私から、ですか?」

「ああ」

「私から…?」

「それにはもう答えた」

 途端に、キアラが真っ赤になって茂みを飛び出した。

「ごごっごめんなさい! ヴィンセント様が辛そうな顔してるなって、思ったところまでは覚えてるんですけど、なんか、あの…その後のことは良く……その…」

「別に謝るところではない、むしろ嬉しいくらいだ」

「いや、でも」

 混乱に混乱を重ね、そしてキアラが取った行動は逃走であった。

 ごめんなさいと叫びながら逃げ出す騎士に、残された方はどうして良いかわからない。

 ただ少なくとも、例え一瞬でも彼女からのキスを得た幸運には感謝しなければと、まだほんの少し温もりが残る唇にヴィンセントは手を触れた。


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