Episode01-1 カンペはデートの必需品
メニューを見ていると言うよりは、竜と対峙していると言った方が納得出来る表情で眉をしかめている恋人を、ヴィンセントは穏やかな表情で眺めていた。
復活祭から3週間がたち、観光客よりも地元の人々でにぎわうようになった、アルノ川沿いの洒落たリストランテでのことである。
「…すぐ決めますから」
別にせかすつもりはないが、ヴィンセントの視線の意味を勘違いした彼の恋人、騎士キアラは慌ててメニューをめくる。
相も変わらずデートだというのに彼女は隊服姿。勿論腰には剣を差している。
腕のギプスは取れたようだが、まだ動きの鈍い右手には既に擦り傷が出来ている。あらかた、今日も無茶な方法で犯罪者を追いかけ回したのだろう。
どんなときでも、キアラは常に全力だ。まるで手を抜くことが罪だとでも思っているかのように。
レストランの前で待ち合わせをしたときも、時間に余裕があるのに全力疾走してきたくらいである。
「何で15分も前にいるんですか!」
と怒られたが、それを言うならキアラも同じである。むしろ、女は男を待たせるくらいで良いと前回のデートで口を酸っぱくして教えたのに、まるで学習していない。まあそれを予想した上でヴィンセントも少し早めにきたのだが。
もう少し余裕を持てばいいのにと、今も焦ってメニューをめくるキアラにヴィンセントは思う。まあそこが可愛いんだけどと心の中でのろけ、先にワインのオーダーだけでも済ませようと腕を上げた瞬間、キアラが一瞬不自然な動きを見せた。
右手の袖口からメモのような物を出し、それにじっと目をこらすその姿に、ヴィンセントは上げかけた腕でキアラの腕を掴んだ。
「なんだそれは」
こっそり出したつもりだが、ヴィンセントの目はごまかせない。王子でありながら、騎士として日々犯罪者の逮捕や尋問を行っている彼は、不振な行為を見抜くすべにたけている。
言い訳をしようとしたキアラの一瞬に隙をついてメモを取り上げ、ヴィンセントはそれに目を走らせる。
「デートの時の注意事項?」
食事の時は大きな口を開けて物を食べてはいけない。
音が出るような物も駄目、可愛らしさをアピール出来る料理が吉。
ケーキはとにかくちまちま食べる。間違っても一口とか手づかみはしては行けない。
「お、音読しないでください!」
料理選びにてこづっていた理由はこれかと納得すれば、目の前の恋人はメニューで真っ赤な顔を隠してしまう。
すぐ赤くなるところが好きなヴィンセントとしてはメニューを取り上げたいところだが、これ以上プレッシャーをかけると、たとえそれが2週間ぶりのデートであろうと平気で逃げ出すのは学習しているので、ぐっと我慢する。
「これ、どうしたんだ?」
「隊長に、デートのことを話したらだめ出しされて……」
律儀に反省点でカンペを作ってきたらしい。
「訓練じゃないんだから」
「でも、いつまでたっても上手く出来ないじゃないですか!」
確かにデートらしいデートが成功したことは今の今まで一度もない。
最近はようやく仕事抜きの食事が出来るようになったが、行き帰りの送迎は断固拒否。それでも無理矢理ついて行くが手を繋いだ瞬間に逃げ出されたことが何回あったか。
復活祭の時に深い口づけをした反動で、ヴィンセントの顔をまともに見られなくなり、食事中も一度も目を合わせないと言うときもあった。
付き合いだしてそろそろ3ヶ月はたつ。いくら恥ずかしがり屋の女子でも食事のデートくらいは普通に出来る。むしろキスくらいは出来るようになっている。
だが目の前のキアラは普通ではない。女の子らしいことが苦手で、男装までする18歳である。
むしろそんな現状を憂うようになるだけ大進歩である。
「好きな物を、好きなように食べればいいだろう。俺は豪快な君の食べ方、わりと好きだぞ」
そもそも、始めて声をかけたときから、彼女は頬一杯にラザニアを頬張っていたのだ。
今更かわいこぶったって、それはそれで可愛いし見てみたい気はするが、上手くいくとは思えない。
「それで、何にする?」
「サラダ……」
「野菜嫌いだろう」
「レタスは食べれます!」
「良いからほら、何でも奢ってやるから、食べたいものをお兄さんに言ってみなさい」
子ども扱いにぶーたれつつも、給料日前で最近ロクに食べていないキアラにこの申し出を断る理由はなかった。
「……お肉が食べたいです」
ようやく出た本音に笑いながら、ヴィンセントは給仕係に声をかける。
「このコースを二つ。メインは牛フィレ肉のステーキ600グラムで」
「多くないですか!」
「ヒューズ隊長から聞いたが、君はかなりの大食いだそうだな」
細い体でありながら大人の男2人分の料理をぺろりと平らげると話したのは、最近よく酒を酌み交わすガリレオの隊長ヒューズの言葉である。
服飾代に金をつぎ込んでいるわけがないのに。給料日前になると必ず金穴に陥るキアラの懐事情をずっと疑問に思っていたが、給料の殆どは食費に消えると言うことだ。
「ヒューズ隊長め……」
「お前も変な意地はるな」
「だって、自分でも恐ろしくなるくらいの量を食べちゃうんですよ」
「いいじゃないか、その分食事の時間が長引けば、君といられる時間も増える」
何だったら追加で何か頼むかと聞かれ、思わずメニューに目を戻すキアラ。
それから慌てていらないと返したが、ヴィンセントはすぐに彼女が好みの料理をいくつかオーダーしてしまった。
そして運ばれてきた料理は、テーブルに載りきらないほどの量で、仕方なくあいていたテーブルを付けてスペースを拡張する。
確かに怖くなる量だ。けれどそれをキラキラした目で見ているキアラに、ヴィンセントは心の中で小さく謝った。
色々と無理をさせているのはわかっていた。恋人らしい行為が何も出来ないと嘆きながらも、彼女は精一杯女の子になろうと努力している。
騎士として常に完璧であろうとするキアラだ。恋人としても完璧でいようとするのも納得は出来るが、やはり自然なままでいて欲しいというのが彼氏としての本音である。
だが一方で、自分がそれを邪魔しているのもわかっている。
ヴィンセントはこの国の王子だ。そしてその肩書きは多くの異性を引きつけ、ヴィンセントの周りにはいつも女性が寄ってくる。むしろ駆け寄ってこない唯一の存在がキアラである。
でもそれを、嫉妬するくらいにはキアラの恋心は成長している。そしてそれに焦りを感じている様子も最近では見受けられるようになった。
彼氏として嬉しい一方、焦ってまた無茶をしないかという心配の方が強いのは、キアラにとって自分が初恋の相手だと自覚があるからだ。
自分も始めて女性と付き合ったときは色々と失敗した口だ。そしてその原因は、見栄と意地を無駄に張ったことである。
そして同じ鉄をキアラも踏んでいるのは見ていればわかる。むしろ自分の時より酷い。
それをこちらは可愛いと思っているが、失敗を繰り返しキアラが恋を嫌いになったらと思うと不安でたまらないのだ。年上なのだからそこは上手くエスコートせねばならないところだろうが、正直ここまで規格外だと勝手がわからない。
それにたぶん、自分も恋に溺れているのだ。それも、正気でいられないくらい。
「ヴィンセント様は食べないんですか?」
カンペも忘れてラザニアを頬張っているキアラに、ヴィンセントは笑う。
「君に見とれてた」
ラザニアを吹き出しそうになるのを必死でこらえる姿すら愛しいと感じる自分の恋心もまだまだ幼いと苦笑しながら、ヴィンセントはワインを口にした。




