ShortEpisode01-3 抜け目のない王子と墓穴を掘る女騎士
昼を回り、気温が上がり始めたフロレンティアの街中では、至る所でぐったりと倒れ込むガリレオの騎士達が見受けられるようになった。
そんな彼らから妖精を回収し、一度本部に戻ったキアラは集まった妖精の数を数えていた。
任務開始から訳5時間。ざっと確認したところ、回収率は3分の一と言ったところだった。
今年も夜中まで掛かるなとうんざりしつつ、キアラも余っていた虫取り網とかごを手にする。
この腕だから回収だけで良いと言われているが、周りの疲労ぶりを見ていると楽をしているわけには行かないと思ったのだ。
本当は少し痛むが、まあ何とかなるだろうと騎士団本部を出た瞬間、キアラは持っていた網を取り落とした。
いつの間にか、入り口前には妖精が入った大量のかごが置かれていたのだ。
「ここで良かったか?」
聞き覚えのある声に驚いて顔を上げると、かごの向こうに立っていたのはヴィンセントだった。
「あの、これは?」
「今年も大変そうだったから巡回中に見付けた奴を持ってきた」
基本的に、ガラハド騎士団はこの手の雑用を嫌がる。そのため毎年ガリレオ騎士団に仕事を任せっきりで、手伝いなんて以ての外なのだが……。
「ヴィンー、追加のも持ってきたー」
そう言って馬車で乗り付けたのはヴィンセントの副官アルベールだ。
馬車の荷台には大量の妖精が入った瓶やかごの山。
「これ、どうしたんですか?」
「いつもいつも君の騎士団だけに任せるのは悪いと思ってたんだ。だから、ウチの隊くらいは協力させて貰うよ」
ヴィンセントの言葉にキアラが唖然としている横で、かごを抱えたアルベールが微笑みかける。
「実を言うと、これやってみたかったんだよね。正直こんな辛いと思わなかったけど」
「でも、アルベール様の手まで煩わせるわけには」
「兄さんも頑張ってるみたいだし、結構楽しいからかまわないよ」
そう言うと、妖精を手にアルベールは騎士団に入っていく。
鼻歌交じりに歩いていく彼は本当に楽しげで、それにつられて妖精達も歌っている。
「あいつの無駄に明るいオーラにつられるのか、結構妖精が寄ってくるんだよ。お陰で大量だ」
「でも、お忙しいのに」
「あいつと同じくみんな楽しんでやってるよ。俺の隊はアルベールみたいな奴が多いから」
そう言って妖精を抱えるヴィンセントに、キアラも慌ててかごを持とうとする。
しかしそれをヴィンセントが笑顔で止めた。
「その腕で無理はしない方が良い」
「だけど、出来ることはしたいし」
「なら何匹いるか数えてくれ。意外に多く集まった所為で、まだ確認してないんだ」
先手を打たれ、キアラは頷くほかない。
いつもいつも、どうしてこの人は来て欲しいときに来てくれるんだろうと、キアラは思う。
そしてそう言うところがどうしようもなく好きなのだが、それを言葉にするのも態度に表すことも出来ないキアラは、何も言えぬまま彼の後を追う他ない。
「そうだ、数え終わったら昼でも食べに行かないか?」
「じ、時間が掛かるから先に行ってください」
「手伝う」
「私の仕事が無くなります。それにみんな働いているのに」
どんな時でもお昼休みは死守する騎士達でリストランテが大盛況なのは分かっていたが、やはりヴィンセントを前にすると素直に頷けないキアラだ。
けれどそれを見抜けないヴィンセントではない。
「じゃあ側のバールでパニーニを買ってくる。そうしたら作業しながら一緒に食べられるだろう」
今度もまた逃げ道を塞がれ、結局キアラは妖精が集められているグラウンドで彼と二人きりのランチをとることになった。
腕が使えないのを良いことに食べさせてやると言い出すヴィンセントに赤くなりながらも、最後には観念してしまう。
この前のキス以来、ヴィンセントが少し大胆になっている気がしたが、それを拒む事がだんだん出来なくなっている気がする。
「これはまずい」
気がつけば、体が密着するほどの距離にいるヴィンセントに、キアラは眉間にしわを寄せている。彼氏の隣で浮かべる表情ではないが、ヴィンセントは慣れているのでそこは指摘しない。
「なにが?」
「何か、凄く恋人っぽいです」
「俺達恋人じゃないのか」
呆れ声に、キアラは呻く。
「仕事中なのに」
「休憩中だろう」
それに、仕事中でも恋人がと会えば駆け寄ってキスするのがフロレンティア人である。
これくらいスキンシップにも入らない。
「まあ、恥ずかしがるのも分かるけどな」
「恥ずかしくありません!」
思わず返してしまえば、直後に唇を奪われていた。
軽い口づけだが、キアラの顔は真っ赤になる。
「嘘つくからだ」
「嘘だって分かってるならやめてください!」
「チャンスは物にしないと、君にはなかなかキス出来ないからな」
そう言うヴィンセントの横では、キアラが口を押さえて勢いよく後退する。
「とにかく、仕事中はキス禁止です!」
「仕事中じゃなきゃいいのか?」
揚げ足取りの名人に、キアラはついに肩を怒らせ立ち上がった。
「は、半径一メートル以内にも近づかないでください!」
「頑なだなぁ」
「ドキドキして仕事にならないんです!」
そう言って妖精の方へと逃げるキアラに、ヴィンセントは思わず微笑む。
最大の墓穴を掘ったことに、彼女はきっと気付いていない。
そしてそこがおかしくて、ヴィンセントは怒れる少女の背中を笑顔で眺めていた。