ShortEpisode01-2 便利なウサミミと可愛くないウサミミ
ヴィートがようやくやる気を出した頃、ドゥオモ近くの路地では騎士団の実力者二人が妖精集めに奮闘していた。
「ヒューズ、飛べ!」
割と無茶なことを言う相方にウンザリしながら、騎士団一の実力者は側のワイン樽を蹴って跳ぶ。
そのまま手の中で網の柄を回転させ、目にもとまらぬ早さで八の字に虚空を斬れば、地面に着地したヒューズの網の中には妖精が3匹も入っていた。
どんなことでも楽しむ妖精は、捕まったことすら楽しいのか、ケラケラ笑いながら腹を抱えている。
「さすが」
網の中の妖精をさり気なく自分のかごに入れ、レナスはさも自分が手柄を得たように胸を張る。
「お前、さっきから本当に何もしてないな」
「だってこの腕だもん」
「そもそも休暇中だろうお前」
「部下達が頑張ってるのに、家にいるのも悪いかなぁって」
「暇だったんだな」
図星であったが肯定はせず、レナスはかごの中の妖精をのぞき込む。
「だいぶ一杯になってきたわね」
「騎士団に帰るやつがいたら預けるか」
そう言った直後、ヒューズの足下に白い兎がぴょんと跳ねる。
動いたのはレナス。
素早い足捌きで兎の行く手を阻むと、折れていない方の腕で兎を持ち上げる。
「何これ、凄い可愛い」
と言いながら兎を撫でるレナスに、ヒューズは思わず顔を背けた。
「なに、似合わないっていいたいの?」
目ざとく気付いたレナスが膨れると、ヒューズは曖昧な言葉でごまかす。本当はその逆だが、勿論言えるわけがない。
それがお気に召さないのか、レナスはヒューズの頭に無理矢理兎をのせた。
「ウサミミおやじ」
何歳児の発想だとこぼすヒューズ。その頭にしがみついた兎は意外に居心地が良いのか大人しくしている。
それを見て、レナスはもちろん爆笑である。
「どうせ似合わねぇよ」
「それだけじゃなくて」
怪訝な顔で首をかしげれば、レナスがそっと耳打ちをする。
「このまま『アレ』に変身したら凄いシュールよね」
アレがなんだか予想して、ヒューズ色々な意味で頭が痛くなる。
「しないぞ」
「角の間だからウサミミ、見たいなぁ」
本気ではないと信じたいが、期待を込められた視線にヒューズは唸る。
「人に見られたら困るだろう」
「いいじゃん、面白いし」
「そう言う問題じゃない」
言いながら視線が止まったのは、自分が傷つけたレナスの肩だ。
それにも目ざとく気付いたレナスは、兎とヒューズの頭を撫でる。
「あんたも引きずるわねぇ」
「痛まないのか?」
「そんなにヤワじゃないわよ」
微笑むレナス。その頭上を、春の妖精が通り過ぎた。
「まだまだいるわねぇ」
「エッグハントより難しいな」
「ヒューズも、子どもの頃そう言うことやったの?」
そう言えばその手の話をしたことがなかったと思い尋ねれば、彼は苦笑を重ねた。
「お前に付き合わされたのがはじめてだ。正直始めてやったとき、何故たまごを探さなければならないのか謎だった」
「正直私もわかんない。昔の神様のお祭りだしね」
でも楽しいから好きよとレナスは笑う。
「あなたが教えてくれたステイツ式のも好き。イースターバスケット、アレ嬉しかったのよね」
ヒューズの国では、妖精よりも兎の存在の方が大きい。復活祭はイースターとよばれ、イースターの朝になると、イースターバニーが子ども達のためにイースターバスケットというかごに入ったお菓子を置いておいてくれるのだ。
クリスマスのサンタクロースと同じく、子ども達はイースターバニーの贈り物を何より楽しみにする。ヒューズ自身は貰った記憶はないが、そう言う話があるならばレナスも喜ぶのではと思い、幼い彼女の為に夜のウチにこっそりバスケットを用意した物だ。
フロレンティアにも同様の風習があるが、兎の話やお菓子の入った可愛らしいバスケットをレナスは大変気に入っていた。
特に始めてもらった小さなバスケットは、今もレナスの部屋に大切に飾ってある。
「あんたと迎える春ももう何度目かしらね」
「そろそろ飽きたか?」
「飽きると思ってたけど」
改めて兎付のヒューズを見て、レナスは笑う。
「こんな便利なイースターバニー、簡単に手放せないわよ」
兎扱いにヒューズは不満そうな顔をしつつも、子どものように彼の手を引くレナスには抗えない。
「そうだ、久しぶりに頂戴よ」
「もうイースターは終わっただろう」
「今年はね、お菓子の変わりにお酒詰めて欲しいな」
「夢がないなお前」
「だって、週末また合コンだからお菓子は駄目なの」
また無駄な事をと思ったが、言えば殴られるのはわかっている。
「今度は誰とだ?」
「ヴェネチア共和国から来てるビジネスマン」
アレッシオが見付けたのだと胸を張るレナス。どうやらまた、下らない見栄とネコをかぶって失敗しそうだなと思ったが、勿論これも言えるわけがない。
「そうだ、合コンの前に新しいドレス買いに行くから付き合ってよ」
「何で俺が」
財布目的か、と言おうとした直後、レナスがほんの少しだけ不本意そうにヒューズを見上げる。
「私が何着れば似合うのか、正直私よりあんたの方がわかってるって言うか」
「まあ、昔から見てるからな」
「この前はドレス選びで若干失敗したから、今度は外したくないの」
だから一番綺麗に見える奴選んで。
お願いと言うより脅迫に近いその口調に、ヒューズは頭の兎をレナスに渡す。
「今ここで、ウサミミやったら考えてやっても良い」
「仕返しが大人げない」
「大人げないのはどっちだ」
しぶしぶ頭に兎を載せ、レナスはヒューズを睨む。
「思ったより可愛くねぇな」
骨が軋むほどの衝撃と共に、ヒューズの顎にレナスのアッパーが炸裂した。
「言い直しなさい」
「……可愛く見えてきました」
満足げに微笑み、レナスは頭の兎を撫でた。
※6月16日 誤字修正しました。