Episode02-2 背中を預けて
キアラ達第四小隊がおっていたのは、高級ワインを積んだ荷馬車ばかりをねらう盗賊だった。
フロレンティアから東に延びるロマーナ街道を根城にしたその盗賊は、奪ったワインを独自のルートで横流しし、資金を得ているという。その取引先の一部が貴族だったために、騎士団もなかなか手が出せないでいたが、襲った商人の中に死者が出たため、ようやく第四小隊が討伐に向かうことになったのだ。
しかしどうやら、苦労して得た情報は眉唾物だったらしく、盗賊達は取引先のリストランテの下が本当の根城だったらしい。情報をくれた点では、ヴィンセントに感謝しなくてはと思ったが、どうせ教えてくれるならばこんなやり方でなくても良かったのにと、キアラは思わずにはいられない。
リストランテの地下、三百平方メートルはあろうかというワイナリーに足を踏み入れたとき、その思いはさらに強くなった。
ワインの大樽の陰に隠れて伺えば、少なくても十人以上の盗賊達が武器を片手にキアラを待ち受けていた。とっさに隠れたからいい物の、上での騒ぎを知った盗賊達は殺気だっており、一人でこの数を相手にするのは少々骨が折れる。
「あんな恥ずかしい事言わずに、ついてきて貰えば良かった」
思わずつぶやいた泣き言に、
「そういう台詞は、君も目を見ていってほしいな」
と答えたのは、いつの間にか背後に忍び寄っていたヴィンセント。
叫びたいのをぐっとこらえ、目で不満を訴えれば、ヴィンセントはキアラの明るい銅色の髪をクシャクシャとなでた。
「どうしてきたの?」
「君が心配だったから」
「嘘ですね」
あまりに速いつっこみに、ヴィンセントは仕方なさそうに白状する。
「本当は君に手柄を取られたくなかった」
「私はあいつらが捕まえられればいいんです。手柄なんていくらでも差し上げますよ」
「ずいぶんと優しいな」
「王子様に厳しくできると思って?」
「その呼ばれ名は好きじゃない。二十八にもなって、王子様はないだろ」
「いいから、協力するならさっさと乗り込んでくださいよ。私は王子サマと違って暇じゃないんですから」
「お前も、性格悪いって言われるだろ」
あきれた顔で、ヴィンセントは懐から黒い物体を抜き出す。キアラの記憶が正しければ、それは拳銃と呼ばれる最新鋭の武器だ。魔科学研究所が考案したという、魔法をもしのぐ小型の遠距離武器。
製造が難しく、扱いも容易ではないからと騎士団の装備にはならなかったが、貴族の間では護身用にいくつか出回っているとは聞いていた。
「俺が気を引くから、お前は反対側から回り込んでくれ」
「それじゃあ、あなたが危険です」
「王子って肩書きで見くびってるかもしれないが、君よりは長く生きてるし、場数が違う」
言うが早いか、ヴィンセントは銃を片手に物陰から飛び出す。
彼がトリガーを引くたびに、銃口の先に立つ男達が、腕や足を抱えて崩れ落ちた。確かに攻撃のスピードは詠唱が必要な魔法以上だ。威力はそれほど高くないようだが、敵の足止めにはもってこいだろう。
「いけ、キアラ!」
低い声で呼ばれた名前に思わず息が詰まった。それでも体は勝手に敵にねらいを定めていたが、剣を振るその手がわずかに震えるのがわかった。
敵を倒すのは簡単だ。キアラだって場数は多い。しかし混戦で、しかも背中合わせで戦うような状況で、相手が男なのは始めてだった。女性とは違う、圧倒的な存在感。それを感じるだけで、背筋が伸びる。
「いい腕だ」
背中越しの声に、心が震える。しかしへまはしない。もちろんキアラがそれだけの腕であることも確かだが、お互い初めての共闘だというのに、相手の次の動きが手に取るようにわかる所も大きい。
敵の攻撃の交わし方も、交わした後の反撃のタイミングも、フォローしてほしいタイミングも、気がつけば体が勝手に感じている。
「最後だ」
同時につきだした剣が、盗賊の頭と思わしき男の両腕を切り裂いた。
絶叫をあげて倒れる男、その体から上がる血しぶきから、キアラを守るようにヴィンセントが体を移動させる。
「今更です」
「どこに立とうが、俺の勝手だろ」
剣をさやに戻し、ヴィンセントがこともなげに言う。
床に倒れる男達がいなければ、恋人同士に見えたのだろうかと、そんなことを考えている自分に気付いて、キアラは激しく後悔する。
「どうした、怪我でもしたか?」
「していたとしても、あなたの手だけは煩わせません」
向き合うようにして立つヴィンセントに悟られないよう、顔をそっと背けながら、キアラは最後まで、憎まれ口しかたたけなかった。