Episode07-2 父と娘
団長室に戻ると、意外な人物がヴィートを待っていた。
「お前は何故俺の所に報告書を持ってくるんだ」
目の前に置かれた報告書と、ヴィートがそれを読むのを今か今かと待っているアルベールにヴィートは怪訝な顔をする。
「うちの騎士団長に提出したら、読む前から破って捨てられちゃったんです」
解決したのは実質ガリレオ騎士団であるし、あの竜の事に関しては口外出来ない事が多い。それを報告書として公の場に提出されれば、そりゃあ破棄したくもなる。
それはもちろんヴィートも同じだが、血の繋がった弟に羨望と期待に満ちた瞳を向けられては、読まないわけにはいかない。
「僕、最後まで報告書書いたのって初めてで。だから出来たら添削してください」
俺はお前の先生か! と怒鳴りたいところだが、やはりこの笑顔には勝てない。
末の弟は甘やかされすぎだと昔はよく苦言したものだが、なるほど、理由はこれかと今更のように理解する。
「わかった、読んだ上でこちらの報告書とあわせて保管しておこう」
ヴィートの言葉にアルベールは笑顔のまま部屋を出て行った。
そしてそれとは入れ違いに、今度はキアラが報告書を持ってやってくる。
「復活祭の事件に関しての報告書です。レナス隊長から、騎士団長に目を通して頂くようにとのことで、お持ちしました」
アルベールとは違う、私情を挟まぬ完璧な報告にヴィートは違う意味で落ち込んだ。
「あいつと性格が反対だったら、もっと可愛いのになぁ」
「あいつとは?」
「いや、こっちの話」
報告書を受け取ってそれに目を通すヴィート。その前では、珍しくキアラが落ち着きのない様子で立っている。
「……聞きたい事があるんだったら言え」
今は二人きりだから良いぞと、応接用のソファーに座るように促せば、キアラはようやく口を開いた。
「20年前の事件について、もし私のような下級騎士にも開示出来る情報がおありなら、教えて頂きたいのですが」
あくまでかたい口調を突き通す愛娘に、ヴィートは思わず吹き出した。
「そこは、パーパの過去が知りたいなぁ~。って可愛く言うところだ」
ヴィートの言葉に、きまじめなキアラは言うべきか言わぬべきかを真面目に悩む。
「冗談だ、別にお前に隠すつもりはない」
報告書を手に、ヴィートはキアラの横へ席を移した。
20年前、そのころのフロレンティアの変革期の中にあった。
現在のフロレンティアは、一元主義型議院内閣制をもつ民主主義の国である。国王の存在と歴史的景観から誤解されがちだが、立派な近代国家のひとつとして国際連合にも加盟している。
政治を行うのは国王ではなく、フロレンティア国民の投票よって選ばれた政治家達。
『国王は君臨すれども統治せず』
それが今のフロレンティアの王の意志である。
だが政治と議会が今の形になってまだ日は浅い。
元々フロレンティアは争いの少ない穏やかな国だが、それでも政界には権力と欲にまみれた黒い膿はあった。
それを洗い出し、政治と議会を今の形にしたのが現国王でありヴィートの父親だった。
そしてヴィートもまた、父の考えに賛同し、彼の意志を継ぐつもりだったのだ。
20年前までは…。
「自分で言うのもあれだが、昔の俺はそれはもう立派で仕事の出来る若者でな」
キアラが嘘くさいとつぶやいたが、無視する事にする。
「そんな将来有望な若者を、蹴落としたい奴があのころのフロレンティアには沢山いたんだ。そいつ等が使った嫌がらせのひとつ、それがあの竜さ」
政治にあまり詳しくないキアラのために、ヴィートはなるべく分かりやすい言葉を選んで重ねた。
「あのころは政界も転換期だったし、親父の周りには敵がゴロゴロいた。だから、立派な跡取り息子は邪魔だったんだろうな」
「暗殺とかもあったんですか?」
「俺は若い頃から強かったし、護衛達も選りすぐりの猛者達だったからな。その結果、殺せなくても、王子としての地位から引きずり降ろせばいいと思った悪者さんたちの策略に、パーパは見事に引っかかっちゃったわけよ」
情けないと頭をかきつつ、ヴィートは自らを嘲笑する。
「そして悪者さん達は立派な王子様を堕落させ、自分の手駒として使いたい放題だ」
人心を惑わす竜や妖精の前に、ヴィートは為す術もなく負けたのだという。
「気がつけば堕落した王子として蔑まれるまで心を喰われていた。我ながら酷い男だったなぁ」
若気の至りではすまないほどに、と笑うヴィートをキアラは憂いを込めた目で見つめる。
あらためて、自分は父の一面しか知らなかったのだとキアラ自覚する。
今までにも聞く機会はあった。しかしキアラは恐ろしくもあったのだ。
騎士として尊敬する父と、王子として忌み嫌われる父。
もし王子の方が本当の姿だったらと、本当はずっと怯えていた。
でもやはり理由はあったのだ。そしてそれは父にとっては不本意であると分かって、キアラはほっと胸をなで下ろす。
「今はもう全部終わった事だ」
キアラの不安をほどくように、ヴィートは彼女の頭を優しく撫でる。
「俺は正気に戻ったし、俺を酷い目に遭わせた奴らは全員ぶっつぶしたからな」
「じゃあ、今は全部元通りになったんですか?」
「さすがに失った名誉は回復出来ないけどな。真実を知った後でも、親父とはあんまり口きかねぇし」
親父なりに気まずいみたいだ、と言うヴィートの言葉に。キアラは会った事のない祖父の事を思う。
「勘当しちまったもんは取り消せねぇし、自分の息子を信じ切れなかったのが相当ショックみたいだ」
だから親父が凹みすぎねぇように、もう少し放蕩息子でいるのだとヴィートは笑う。
「まあ実際、模範的な優等生よりこれくらいの方が楽だしなぁ」
「でも、誤解が解ける日はきますよ。今回の事だって、竜を退治したのはヴィート王子だって言ってる人はいるし」
「正確には俺の優秀な部下と、息子になる予定の男だが」
ヴィートの言葉に、真っ赤になるキアラ。
「そういえば、今日は復活祭の休日だろう。デートでも行ったらどうだ?」
「騎士団に休日はありません」
「つーかおまえ、その腕じゃ内勤しかできないだろう」
「でもレナス隊長も仕事してるし」
「アホか」
報告書でキアラの頭を軽く叩くと、ヴィートは騎士団長として命令する。
「レナス=マクスウェル第四小隊隊長、及びキアラサヴィーナ第四小隊副隊長に本日より1週間の休暇を言い渡す!」
思わず立ち上がり、キアラは敬礼をした。
「上出来だ」
後もう少し、女の子らしくしてくれたら更に上出来だと続けると、愛娘は真っ赤になってそっぽを向いた。
「色々と教えてくれたお礼に、たまにはお昼ご飯でもって思ったのに」
「おい! そう言うことは早く言え!」
「でももう良いです」
「まった! ちょっとまて、今予定を確認する!」
と言いつつ、ヴィートは素早くスケジュールの書かれた手帳を開き、そしてびっちりうまった予定の上から『キアラちゃんとランチ』と大きく書き加えた。