Episode07-1 歪んだ愛と欲望の果てに
竜の捕獲と共に、フロレンティアの恋は例年の勢いを取り戻した。
女性が男性を殴る恋は愛情を確かめる行為として浸透し、復活祭が終わった今日も恋の儀式のひとつとなっている。
一方今回の原因となった竜は、今度は南米にある研究施設に送られる事になった。
北欧の施設は警備が甘く、それにつけ込んだ竜が自慢の色香で監視員を誘惑し、脱走を図った事が分かったのだ。
その後復活祭のために入国した旅芸人とその動物に紛れて入国し、男の心を惑わせていたらしい。
「今度の施設は相当厳しいところだ、覚悟するんだな」
南米へと送られる前夜、竜の様子をうかがうため、ヴィートは騎士団の地下牢を訪れていた。
警備魔法や鉄格子だけでは、小さな蛇にも変身出来る竜を逃がしてしまうため、地下牢には強化ガラス製のオリが特別にあつらえられていた。
『もう来ないわ。あなたは好きだけど痛いのは嫌なの』
ヒューズとヴィンセントにやられたのが相当懲りたらしく、竜は折れた歯を悲しげにさする。
「お前さんもまっとうな恋をしろよ」
『無理よ。私は歪んだ愛と欲望の心しかないんだから』
「でも、俺には一途だったじゃねぁか」
苦笑するヴィートに竜は苦笑を返す。
『うらやましかったの。私の本気の誘惑を解いたのは、あなただけだったから』
ほんの少し悲しそうに笑って竜はヴィートを見上げる。
『でもあなただけじゃないわね。この国の人は恋に強すぎる』
だからもう来ない。そう言ってから、竜はもう一度ヴィートを見つめる。
『本当は言うつもりはなかったけど特別に教えてあげる。私、本当は自分一人で逃げた訳じゃないの』
「どういうことだ?」
「ある人に言われたの、フロレンティアで男達を誘惑したらあなたに会わせてあげるって」
「そいつは誰だ」
『顔は分からない、声も覚えてない』
それでは相手を特定出来ないが、竜の言葉に偽りはないようだった。
意図的に竜を呼び寄せた人物。姿も理由も分からないが今回の事件の黒幕がいたことに、ヴィートの表情は険しくなる。
だが今ある情報では黒幕の特定は不可能だ。
「恩に着る」
ともかく今は事件が一段落したことで良しとしよう。
そう思い直し、ヴィートは竜の元を後にした。