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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■男達の秘め事編■
55/139

Episode06-3 過去の清算と乙女の拳と

 火薬のにおいと、花の香り。そして人々の歓声に、ヴィートは今年も無事、祭が成功に終わったを悟った。

 それにホッと胸をなで下ろしていたとき、歓喜に沸く人々から少し離れた路地の奥、喜びとはほど遠い表情をたたえた女がこちらを見ていることにヴィートは気がついた。

「自分の思い通りにならなくて、残念だったな」

 ヴィートの声に女は拗ねた表情を浮かべる。

「お前さんがすり替えた山車の中の妖精は、全部元の場所に返したぜ。恋を壊す妖精が飛び出したら、それこそ街中の女どもが泣くからな」

『泣けばいいのに』

「相変わらずすれてるねぇ」

『あなたの所為でしょう』

 そう言いつつ女は穏やかに微笑み、ヴィートの体を抱きしめた。

『あなたに会いたかったのよ、ずっと』

「何故こんな事をした」

『もちろんあなたに会う為よ』

 そういって、女は甘い息をヴィートに吹きかける。しかし、ヴィートの瞳は強い意志を宿したままだった。

「もう昔の俺じゃねぇぞ」

 女を引き離し、ヴィートは勝ち気な笑みを浮かべる。

「お前さんの色香と嫉妬の所為で、色々な女を泣かせたが。もう間違わないって決めたんでね」

『私はもう嫌い?』

 大嫌いだ。

 ヴィートは言い切った。

「俺はもう、クリスティーナ一筋って決めたんでね」

 ヴィートの口から零れたその名前に、女の目が怒りに染まる。

『あの女だけは許さない…あの女が、私からあなたを奪った』

「そもそも俺はお前の物じゃない。お前だって、俺を良いように操ってたのは、誰かに言われたからだろう」

『はじめはそう。でも私はあなたを愛した、だからあなたに近づく女を全て壊して狂わせてやりたかったの…』

「そのお陰で、俺は今じゃ非道な女たらしだ。勘弁して欲しいぜ」

 言うと、ヴィートは腰の剣を抜き放つ。

『私を殺すの?』

「女を殺すのは騎士道に反する。だが、簡単に捕まるつもりはないだろう?」

『そうね。今度は、私があなたを捕まえる』

 女の微笑みが、邪悪に歪む。

 同時に彼女の肌は鱗に覆われ、目はは虫類を思わせる不気味な物へと変わった。

 肉と骨が砕ける音と共に、女は大蛇を思わせる巨大な竜へと変貌する。

 騒ぎに気付き、街行く人々の間だから悲鳴がわき起こった。

「さがれ!」

 人々を遠ざけようとヴィートが怒鳴った直後、彼の体に竜の尾が巻き付く。

 ヴィートの体をきつく締め上げながら、竜は側の建物の壁を伝い、赤い瓦屋根へとのぼった。

『やっと、あなたを手に入れた! 今度はもう、あの女もいない!』

 歓喜に身を震わせる竜をヴィートはにらみつける。

「お前みたいなブスが、俺の恋人になれると思うな!」

『そういう勝ち気なところを、私の毒で従順にさせるのがたまらなく快感なの』

 鋭い牙がのぞく口をつり上げ、ヴィートに食らいつこうと竜は首をもたげる。

 だがそのとき、ヴィートをとらえていた竜の尾に巨大な石弓が突き刺さった。

 絶叫を上げて痛みに狂う竜。その隙に尾から抜け出したヴィートは、向かいの建物の屋根に立つアルベールに気がついた。

 その後ろで、固定した石弓に矢をつがえているのはガリレオ騎士だ。

 激痛に悶え、咆哮する竜。その頭上に、今度は矢の雨が降り注ぐ。

「絶やすな、打ち続けろ」

 屋根の下から響くのはレナスの声だ。

「まったく、うちの部下は手荒な奴ばっかりだ」

 思わずヴィートが苦笑した直後、彼の側に黒い鎧に身を包んだ二人の騎士が駆け寄った。

「あんたがそう言う教育をしたんだろう」

 黒い鎧と仮面、そして槍を手にした騎士に、ヴィートがうめく。

「対竜族用の特殊装備なんてもちだしやがって…。そりゃあ、ウチの騎士団一の高級品なんだぞ!」

 ヴィートの台詞に仮面を僅かに押し上げ、彼に苦笑を向けたのはヒューズとヴィンセントだ。

 そしてその間から、もう一人、騎士が姿を現す。

「安心してください。万が一傷つけた場合の修復費はこの二人が持ちますので」

 誓約書も書かせました、と敬礼した騎士にヴィートが微笑む。

「…うちの娘は、俺に似て抜け目がないねぇ」

 そう言うヴィートを支えた騎士はもちろんキアラである。

「それであいつはどうしますか?」

「殺すな」

「じゃあ、捕獲をお願いします」

 途端に、ヴィンセントとヒューズの肩が下がる。

「お前の彼女、ずいぶん簡単に言ってくれるじゃねぇか」

「そう言うところが可愛いんですよ」

 あなただって無茶振りする女性の方が好みでしょうと続ければ、ヒューズがウンザリした顔で仮面を降ろす。

「いいからほら、そろそろ矢がつきます」

 キアラの言葉に、ヒューズは槍を、ヴィンセントは剣を構える。

 最初に動いたのはヴィンセントだ。人とは思えない跳躍で竜の背後に回り込むと、竜の気を引くためにその背に思い蹴りをたたき込んだ。

 ヴィンセントを振り向く竜、その次の瞬間ヒューズの背に黒い羽根が現れる。

「ワイヤーを投げろ!」

 言われるまでもなく、持っていた太い鉄のワイヤーの先端をヴィンセントはヒューズに投げる。

 それを受け取ると同時に飛翔したヒューズは、牙を剥きだして吼える竜の頭を槍で受け流しつつ、その首にワイヤーを巻き付けた。

 一方ヴィンセントの方も、暴れる竜の尾を華麗に避けながら竜の体にワイヤーを絡めていく。

 身動きが取れなくなり暴れる竜。

 だが観念する気はないのか、ワイヤーに締め付けながらも今度はヴィートに向かって突進した。

「…これくらいは許されるか」

 と余裕の表情で剣を抜く父の姿に、キアラは回避はせず父の傍らに留まる。

 ヴィートの武器は剣一本。だがそれが、竜の牙を押し止めた。

 赤い瓦屋根が砕けるほどの衝撃。だがヴィートは竜を押しとどめ、それどころか竜の右の牙を剣で叩きおった。

 竜が絶叫し、そこで始めてヴィートはキアラを抱えて後退した。

「引き上げてください!」

 ワイヤーを固定したヴィンセントが叫べば、ヒューズが手にしていたワイヤーの先端を腕に巻き付け空へと飛翔した。

 そして彼は、人がいない広場の中心へと竜を投げ落とす。

 轟音と共に地面に叩き付けられた竜は、そこでようやく動きを止めた。

 念のため、ヒューズは竜の傍らに降り、息があるのを確認する。

「成功だ」

 任務完了の合図に、周囲の騎士達から歓声が上がった。

 屋根の上にいたヴィートもそれにほっと息をつく。

 だがしかし。

「ヴィート」

 名を呼ばれると同時に、キアラがヴィートの頬を殴った。

「これは、お母さんの分ですから」

 その言葉を残し、キアラは一人屋根を駆け下りていく。

「ヴィンセント君、今の一撃を彼氏の君はどう解釈する?」

「心配かけさせるなクソ親父って所でしょうか」

「言葉で言われるよりもきくな、これは」

 かつて彼女の母親に貰った一撃を思い出し、ヴィートは頬をさすった。


※8/3誤字修正致しました。(ご指摘ありがとうございました)

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