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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■男達の秘め事編■
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Episode04-1 確かめるために

 キアラがヴィンセントの家を訪れたのは、これがはじめてだった。

 ヴィンセントの邸宅は街の南東、フロレンティアの街を一望出来るミケランジェロ広場の近くにある小高い丘の上にあり、その周りには貴族達の屋敷が並んでいる。

 以前とある貴族を護衛したとき、そこの令嬢がここがヴィンセント様の屋敷だと話していた記憶を頼りにたどり着いたそこは、記憶の中の物よりも立派で大きかった。

 門は閉まっていたが、乗り越えられない高さではない。

 ベルを鳴らすつもりなど端から無いキアラは、軽い身のこなしでそれを上り始めた。

「ちょっと、いいかげんにしなさい!」

 彼女の後に付いてきたレナスが慌てて腕を伸ばしたが、既にキアラは門を登り切った後である。

「怒るのも動揺するのも無理ないけど、冷静になりなさい! あなたは騎士でしょう!」

 レナスの言葉に、一瞬キアラの動きが止まる。

 だが彼女は、すぐに門の向こうへと体を向けた。

「……確かめたいんです」

 屋敷の内側に着地をした後、キアラがそう呟いた。

「彼だったら、それが出来るから」

「どういう意味よ!」

「10分たって出てこなかったら来てください」

 それだけ言うと、キアラは屋敷へと駆けだした。



 不用心な事に屋敷に鍵は掛かっていなかった。

 広い、しかし驚くほど何もない玄関ホールにキアラは少しだけ息を呑む。

 これほどの広さの家ならば使用人の一人や二人いても良いようだが、その気配はない。

 ヴァンパイアであると告げた時の少し寂しそうな横顔を思い出し、ヴィンセントは身近に人をおきたくないのかも知れないと、キアラは思う。

 それから彼女は、1階から順番に部屋を開けていく。

 応接室や食堂に人影はなく、続いて2階へと足を踏み入れたとき、女のあえぎ声を彼女は聞いた。

 声の位置から部屋の場所はすぐに分かった。

 だが扉を開けたくないという思いに、腕が震える。けれどキアラは、全て覚悟をした上でここに着たはずだ。

 剣に手をかけながら、キアラは扉を開ける。

 ベッドが置かれているだけの寝室はカーテンが閉められ、深い闇に閉ざされていた。

 その奥で、女性のあえぎ声が小さな悲鳴に変わった。

 音を頼りに室内に踏み込めば、ヴィンセントがドレス姿の女を組み伏せているところだった。

 女は目隠しをされているので気付いていないが、ヴィンセントの瞳は獣のように残忍な目をしていた。

「やっぱり」

 そうつぶやいたキアラに、ヴィンセントが顔を上げた。

 市内を巡回し、情報を集めていたキアラはある話を聞いていた。

 仲が悪くなった男女は、必ず男性側に非がある事。そしてその非とは、恋人以外にキスや性交渉を迫ったという事だった。

『突然頭がぼーっとして、次の瞬間には女房に殴られてた。目の前には知らない女が裸でいるし、もう何がなんだかさっぱりわからねぇ』

 そう言ってうなだれていた馴染みのバールの店長を思い出し、キアラはきつく拳を握りしめる。

「邪魔をするな」

 いつもはキアラに甘い言葉をささやいてくれる声が、今日は冷たくキアラを突き放す。

 予想以上に痛いなとおもいつつも、キアラは既に腕を振り上げていた。

 右頬に一発。こちらの腕がしびれるような一撃を、キアラは最愛の男に向けて放つ。

 ヴィンセントの体が女から退き、キアラが女を無理矢理引き起こした。

 目隠しを取れば、女は驚いた顔でキアラを見上げる。

「殴られたくなかったら、今すぐ出て行って」

 キアラの射るような眼差しに、女は脱いだ靴も忘れてその場から逃げ出す。

 女が去ったのを見届けた後、キアラは倒れたまま動かないヴィンセントに近寄った。

 側に膝をつき、彼の顔をのぞき込む。

 さすがに死んではいない。だが呼吸が酷く浅かった。

 そしてなにより、唇から覗く長い牙が異彩を放っている。

「ヴィンセント」

 耳元で名前を呼べば、僅かだが彼の目が開いた。

 声はない。だが口の動きで、彼が自分の名を呼んだ事は分かる。

「私が分かりますか?」

 うなずき、それからヴィンセントはキアラの頬に指を走らせる。

「俺は…何をした…」

「欲望に任せて、吸血行為を行おうとしていたようです」

 そう言ってキアラは握りしめたままの拳を開く。

「だから、殴りました」

 体を起こしながら、ヴィンセントはキアラの赤く腫れた掌に目を落とす。

「……酷いな」

「すいません、ちょっと本気を出しました」

「そこは謝るところではない。それよりすぐに冷やさないと」

 言ってヴィンセントが立ち上がったとき、破壊音と剣劇が一階の玄関ホールの方から響いた。

 そして続いた悲鳴は、レナスの物だった。

「行こう」

 お互いの腕を支えに、二人は立ち上がった。


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