Episode03-3 魔の口づけに犯されて
「ヒューズ!私だ!」
痛いほど鼓膜を震わせる大きな声に、ヒューズはドゥオモの側で耳を押さえた。
「もしかしなくても、ヴィンセントとキアラか」
「読んだか」
見えないとは分かっていたが、手にしたゴシップ誌を軽く上げつつヒューズは肯定する。
「キアラがヴィンセントを殺しに行きそうなんだ、止めるのを手伝え」
「それよりこっちも分かったことがある」
「5秒で話せ」
無理だと分かっていたが、とりあえず口を開く。
「復活祭でつかう、山車の保管庫の周辺で不審な女が目撃されている」
「女? 妖精じゃないのか?」
「だが怪しい点がいくつかある」
ヒューズが言葉を続けようとすると、5秒たったという鋭い声がする。
「話は聞く、だから急いでこっちに来い!」
「キアラなら、お前が説得しろよ」
「抜き身の剣を持っているんだぞ」
「お前だってもってるだろう」
「自慢じゃないが、剣術ではあの子に適わない」
ため息をつきつつ、ヒューズは目を閉じると静かに息を吸う。何かを探るように空を仰ぎ、そして彼は静かに息を吐き出した。
「……いま、ガリレオ通りか」
「見えたか」
ヒューズが口にしたのは川を越え、ガリレオ騎士団の更に東にある町はずれの通りだ。確かそこにヴィンセントの邸宅があった事を思い出し、彼は眉をひそめる。
「ここからだと時間が掛かる、頑張れ」
「とんでこい!」
また無理難題をと思いつつ、ヒューズは目を開けようとした。
そのとき、甘い花の香りが彼の鼻孔をくすぐる。
慌てて目を開けようとしたヒューズの頬に、冷たい女の手が触れた。
それをはね除け、彼は目を見開いた。
目の前にいたのは女だった。黒く長い髪には虫類を思わせる瞳は、人と言うにはあまりに禍々しい。
「ヒューズ、どうした!」
通信機から響くレナスの声に、女が不気味な笑みを浮かべた。
『それがお前の女か?』
目の前の女は言った。だがそれは人の言葉ではなかった。
驚くヒューズの耳に女がもう一度指を走らせる。かちりと音がして通信機の電源が切られた。
抗いたいのにヒューズの体は動かず、それどころか意識までもが遠のきつつあった。
『そうか、お前は私と同じモノか……』
女はそういうと、ヒューズの唇に自らの舌をはわせた。そのまま口の中へと押し入ってくる女の舌を追い出そうとするが、絡められた舌は麻痺したように動かない。
『同族のニオイを嗅ぎ取ったその鼻はやっかいだ……。ならばその心、犯してやろう』
離されたた唇から三度漏れた言葉は冷たく、しかしそれを聞くヒューズの目は虚空を見つめるばかりだった。