Episode03-1 街に溢れる乙女の涙
復活祭を明日に控えた翌日の朝、アルベールが懸念していたようにフロレンティアの街には失恋の涙が溢れていた。
「どうだった?」
巡回から戻ったキアラが第4小隊の隊室に入ると、レナスが以下第4小隊の騎士達がキアラの言葉を待っている。
「どこもかしこも喧嘩ばかりです。良く行くバールの親父さんと女将さんまで、今日は口をきいてないみたいでした」
「やっぱりか……」
そういうと、隊室の中央にレナスが市街地の地図を広げる。
「あと、スカラー通りのおじいちゃんのところも、昨日から奥さんと口聞いてないそうです」
街の人々と特に仲が良いキアラは。今朝からこうして馴染みの顔の家や店を巡っては、聞き込みを繰り返していた。
「女たらしのロレンツォのところが喧嘩してるのはいつものことだけど、ジョルジュさんの家もギクシャクしてたのには驚きました……」
あそこはおしどり夫婦だったのにと、隊士の一人がこぼす。
「若いカップルばかりじゃなく、老年夫婦までこれじゃあ、絶対何かあるわねぇ」
とはいえ相変わらず妖精の姿は見えず、原因は分からないままだ。
場所から何か特定出来るかもと、分かる範囲で別れたり喧嘩をしているカップルや夫婦の住まいをこうして地図にかき込んでみたが、印は街中に散らばり関連性は見いだせない。
「くそぉ、ヒューズの調査を待つしかないかぁ」
昨日から一人騎士団を出たまま帰ってこない同期の男の事を思い、レナスはため息をつく。
「そう言えば、話を聞いていて気になったことがいくつかあるんです」
確証はないが、事件に深く関わると思われる情報を、キアラは聞き込み先入手していた。
だがそれを告げようとしたとき、キアラと少し遅れて巡回に出ていた騎士の一人が、隊室に駆け込んでくる。
その手に持っていたのは今朝方発売されたゴシップ誌だ。
「ヴィンセント様が……」
続きを聞く前に、キアラがゴシップ誌を乱暴に奪った。
カラーで刷られた表紙には、ヴィンセントが美しい女性と深い口づけを交わしている写真が大きく取り上げられている。
黙ってそれを見つめるキアラから、今度はレナスが新聞を奪った。
「…これもきっと、今回の事が原因だよ。だから気にするな」
レナスは言ったが、キアラは何も言わぬまま、隊室を出て行く。
「何かあったら連絡して!」
隊士に声をかけると、レナスはキアラのあとを慌てて追いかけた。