Episode02-1 妖精と元カノにはご用心
絶叫。そして阿鼻叫喚。
ガリレオ騎士団の救護室に響くそれは、アルベールの物だった。
「ふっふっふ、いいざまよ」
少し離れたところで、騎士とは思えぬ邪悪な笑みをたたえているのはレナス。その横ではヒューズが頭をかかえている。
「ホント可愛い。食べちゃいたいくらいよぅ」
絶叫しているアルベールを羽交い締めにしているのは、妖精の権威ことガリレオ騎士団の第10小隊副隊長のアレッシオである。
第10小隊は主に後方支援、中でも怪我をした騎士に救護に当たる部隊だ。それ故彼らの控え室は、騎士団内にある救護室。
ちなみに医療班は、ガリレオ騎士団で唯一、可愛い女子隊士がいる部署である。もちろん、腹筋のない普通の女子だ。
だからアルベールは、意気揚々とこの部屋を訪れたのだが……。
「やめてくださいアレッシオさん!」
「だ~か~ら~、アタシのことはアレッシアって呼んで」
「でもあなた、男でしょう!」
とアルベールが叫べば、アレッシオは女性と比べても遜色がない美貌を崩壊させた。
「うるせぇなぁ! 女だっていってんだろうがぁ!」
「レナスさん、この人何なんですか!」
「だから、妖精の権威よ」
「っていうより、妖精さんでーす」
と微笑むアレッシオの手から逃れ、アルベールが隠れ蓑に選んだのはヒューズだった。
「からかうのはそこら辺にしろ。ガリレオ騎士団にはバケモノがいるって噂を立てられたらどうする」
「私のどこがバケモノなのよぅ」
たしかに見た目は女性の様に美しい。美しいが、やはり体つきと長身はどう見ても男のそれだ。その上本人が言い張るように彼は妖精と人とのハーフであるため、その背には美しい透明の羽が生えていた。
「とりあえずそれしまえ、気味が悪い」
「あたしのチャームポイント全否定!」
「王子様が怖がってるだろう」
半泣きでヒューズにしがみついているアルベールに、アレッシオは仕方なく自慢の翼を人の目に映らないように消した。
「あと、レナスもいい加減笑いをこらえろ」
「だっていい気味なんですもの」
「レナスさん、僕に恨みがあるんですか…」
「フラれた当時は悲しかったけど、なんか時間たったら腹立ってきたのよね~。こんな子どもみたいな奴に振られたらと思うと」
「いつもの優しいレナスさんじゃない!」
「幻想をぶち壊すようで悪いが、こいつはこういう奴だ」
ヒューズの後ろに隠れたまま、アルベールはうなだれる。
「それでぇ、このアレッシアちゃんにどんなご用かしら?」
そのまま隠れているわけにもいかず、アルベールは事の次第をおっかなびっくり話し出す。
「う~ん、恋を壊す妖精の所為だとしたら私も気付くと思うのよねぇ」
腐っていても妖精の血を引くアレッシオは、どんな妖精の姿をも見ることが出来る。
だが春の妖精以外の妖精を、最近見た記憶はないと言うのだ。
「それにね、恋を壊す妖精の粉って一匹から少量しか取れないのよ」
「でも、それしか心当たりが無くて」
アルベールの言葉に、ヒューズは彼が持ってきた調査書に目を通す。
「妖精術の学舎か……どこもそれなりに警備魔法は厳重なはずなんだが」
「でも妖精が次々消えているんです」
それも現場には妙な点があるのだ。
普通の窃盗ならばオリが壊されていたりもするが、飼育員が離れている間に、中の妖精だけがすっかり消えていたらしい。その上鍵を持ち去られた形跡ももちろん無いという。
「とりあえず、市街を巡回する騎士には妖精探知機もたせましょうか。復活祭までこのまま放置するのも気味が悪いし」
レナスの言葉に、ヒューズも頷く。
「アタシも、春の妖精さんたちにお話聞いてみるわ。あの子達、街の至る所を飛び回ってるし」
お願いしますとアルベールが頭を下げると、アレッシアがウインクを返す。
「お礼は、デート一回だからね」
「デート!」
「王子様なら、良いお店知ってるでしょう?」
甘い声音で誘われ、アルベールは再びヒューズの後ろに隠れた。
「こんなんで大丈夫かよ」
怯える王子を庇いながら、ヒューズはもう一度調査書に目を落とす。
正直、アルベールが作ったと思われるお世辞にも良くできた報告書ではなかった。
情報には穴が多く、そもそも調書としての作法が何一つ守られていない。
その上、無駄な修飾語ばかりが並んでいるので、一瞬恋文を読んでいるのかとヒューズが錯覚したほどだ。
だが彼が追いかけている事件は、ただの窃盗事件でも、痴話喧嘩の連鎖でも無いと、ヒューズは予感していた。
「ちょっくら、これ借りるぞ」
くっつくアルベールを引きはがし、ヒューズは調査書を手に救護室を後にした。