Episode00 妖精の訪れは春と失恋の予兆
フロレンティアの春は遅い。だが春はフロレンティアが一年で一番輝く季節でもある。
冬の眠りから目を覚ました草木は一斉に芽を出し、フロレンティアを囲むトスカーナ地方特有のなだらかな丘陵は瞬く間に若緑色のブドウの新芽に彩られる。今年のブドウの豊作を願いワイナリーでは春を呼ぶとされる妖精を招き、華やかな宴が執り行われるのだ。
もちろん宴が開かれるのは郊外ばかりではない。
フロレンティア市街でも、春の訪れは夏まで続く数々の祭典の幕開けを意味する。
それは同時に、観光シーズンの始まりを意味していた。
復活祭をかわきりに、6月にはいると仮装フットボールの大会や花火大会、それが終われば夏の休暇はもう目の前だ。
イタリア半島の国々はもちろん、他の大陸からも多くの観光客がやってくるこの季節、特に忙しいのは治安維持を行う騎士団である。
だが忙しさ以上に、美しい春とともに妖精達が運んでくるやっかいな物がある。
そしてそれは、騎士団を非常に悩ませる物でもあった。
「……隊長、今年もまた、撃沈いたしました……」
ガリレオ治安維持騎士団第四小隊の隊室に響く悲しいつぶやき。
それはフロレンティアに、春と共に「恋の季節」が到来したことを意味している。
だがフロレンティアに愛が溢れ、春の妖精が喜びを振りまく春は、騎士団に所属する女子にとっては「失恋の季節」でもあるのだ。
春になると男も女も老いも若きも、恋を求めて浮き足立つ。
もちろん既に愛を育んでいた者は、より一層愛を燃え上がらせるのが春だ。
だがこれは一般的な男女の話。相手が騎士、特に女性が騎士だった場合はこの一般には入らないのである。
春の到来は激務の到来を意味する騎士団において、この時期に休みを獲得できるのはよほどの強運の持ち主だけだ。復活祭が終われば多少余裕も出来るが、出会いのピークは復活祭までの一週間。その間に恋人を探すのもキープするのも至難の業なのである。
そもそも恋に本気になった一般女性に、体力と男気だけが取り柄の女騎士が適うわけがない。お目当ての人がいたとしても、こちらが忙しさに悲鳴を上げているうちに、男は違う女にちゃっかり取られている、というのはざらだ。
フロレンティアの男は基本的に女性がいれば声をかけずにはられない。だからこそ一時的でも騎士達も交際関係を持つことが出来るのだが、結局最後に選ばれるのはいわゆる普通の女の子である。
男性が会いたいと言えば美しく着飾って颯爽と現れる女性。まかり間違っても服の下に腹筋を隠していたり、剣を腰から下げていたりはしない。
先週デートした男が違う女性を連れているのに巡回中に鉢合わせ、というのは良くある話で、復活祭2日前の今日は3人の女騎士が、その不運に遭遇した。
「復活祭のあと、一緒に出かけようって……。約束してたんですよ……なのに」
隊室の中央、失恋の涙に濡れる3人の騎士を囲むようにして、休憩中の隊士達はそれぞれ労いと同情の言葉をかける。
「しかしこのペースでは、復活祭前に今年も彼氏持ちが0になるぞ」
つぶやいたのは隊長のレナス。例年よりは異性と交際している隊士が多いにもかかわらず、気がつけば今の今まで別れ話が浮上していないのは一人という状態だ。
そしてその一人は…………。
「隊長聞いてください! ジュリオの店に入った強盗を逮捕しました!」
と、顔に返り血を付けながら隊室に飛び込んできた、男装の騎士キアラである。
「絶望だ…。絶望的だ…」
そう言ってうなだれる隊士達に、何か間違えたことを言ったかとキアラは首をかしげる。
「いいから、あんたは取調室で調書かいてきなさい」
「はい!」
「後、顔は洗え!」
笑顔のまま廊下に出て行く部下の姿に、レナスは頭を抱えた。
時期が過ぎてしまいましたが、復活祭(イースター)のお話です。
誰かさん達の恋が進展したり、誰かの秘密がちょっこっと暴かれたりする3話目です(笑)
いつもより若干長めになりますが、よろしければまたお付き合い下さい。
あと拍手のお礼小話にヒューズとレナスのエピソードを追加しましたので、もし気に入ってくださった方がいらっしゃいましたら、読んで頂ければと思います。
※6月17日 一部文章修正
※8月3日 一部文章修正(ご指摘ありがとうございました)