Episode06-3 想いは剣にのせて
「…参りました」
そう告げて、アルベールはあがった息のまま膝をついた。
レナスもまた肩で息をしながら、その場に腰を下ろす。
「本当に、強いんですね」
アルベールの声に、レナスは笑った。
「強い先生に、ずっと鍛えてもらっていたから。でも、アルベール様も予想以上に強くてびっくりしました」
「ヤワに見えるけど、一応聖騎士の資格はあるから」
「ですね、正直甘く見てました」
素直に言い切るレナスに、アルベールは少しくすぐったそうに笑う。
「いいね、こういうのも」
「え?」
「はじめてだよね、お互い息も絶え絶えで話すのなんて」
「舞踏会でおぼれたときは息も絶え絶えでしたけど」
「今思うと、あのときのレナスさんはすごく男らしかった」
「おぼれるあなたにあわてて、ネコがはげかけまして…」
「無理をさせてたんだね、いろいろと」
アルベールの言葉に、レナスはほんの少し顔を赤らめた。
「…嫌われたくなかったんです。あなたのことが、好きだったから」
「僕が嫌うと思った?」
「あなたは優しい。でも、私は今まで何度も恋で傷ついてきたんです。この仕事や自分の力や体のことで、たくさん傷ついて、そしてそのたびに…」
恋をやめると泣いて、わめいて、酒におぼれて、ヒューズに泣きついた。
「それでも恋をやめたら、女として大切な何かが駆けてしまう気がして、焦ってまた恋をして」
そしてまた同じ事を繰り返してきた。
「あなたが信じられないんじゃなくて、女としての自分が信じられなかったんです」
ごめんなさいとうなだれるレナス。その側に、アルベールがそっと寄り添った。
「実を言うと、僕もおんなじなんだ」
向けられたアルベールの笑顔は明るくて、レナスは少しだけ胸をなで下ろす。
「騎士団に入れたのもさ、聖騎士になれたのも実は実力じゃない。ただ僕が、王子だからなんだ」
これは秘密だけど、と笑顔を苦笑に変えて、アルベールは剣を見つめる。
「騎士団に入った当初なんて本当に弱くてさ…、もう背伸びするので一杯一杯だった」
でもそれが認めるのが嫌で、仕事をしないで遊びほうけていた時期もある。
「今の剣術もね、ヴィンに教わったんだ。同じ王子で、なのに強くてかっこよくて、そう言うのを間近に見てようやくやる気になったというか」
「それだけで得た実力だとは思えません。あなたは本当にお強い」
「でも、動機が不純なのはあのは本当だよ。剣術より女のこと遊ぶ方が好きだし、剣が強くなればもてるかなぁって」
幻滅した?と笑うアルベールに、レナスは首を横に振る。
「私も、剣術を始めたきっかけは似たような物です。追いつきたい人がいて、憧れを憧れのままにしたくなくて始めたんです」
「でも君は隊長にまでなった」
「性に合っていただけですよ、ダンスや刺繍よりも剣が」
「実は僕もそうみたいなんだ。やってみるとこれが意外に楽しくて」
お互い動機は不純、だがそれでも騎士を続けている。意外と似たもの同士だねとアルベールは笑った。
レナスもまたようやくアルベールの側まで来ることが出来たような気がした。
けれど同時にレナスは感じた。アルベールは今、男ではなく一人の騎士として自分と対峙しているのだと。
「でもそれだけじゃダメなんだよね。今回自分が狙われて、ヴィンまで怪我をして、ようやくわかったんだ。自分はホント甘かったって」
言いながら、アルベールは剣をきつく握る。
「同時に思った、もし同じようにレナスさんが傷ついたらって…。そしてそのとき自分の剣が役に立たなかったらって」
だから今日ここまできたのだと、アルベールはつぶやく。
「聖騎士の修行って本当に簡単なんだ。聖水を飲んで、それで終わり。なのに、今までの僕はそんなことすら面倒くさがってしなかった」
「これからがあります」
「そうだね。これから、いろいろとがんばらなきゃね」
そう言うと、アルベールは手にしていた剣をレナスに返す。
「僕はまだまだこれからなんだ。だから…」
返された剣と言葉。それをレナスは受け取り、最後は静かにうなずいた。