Episode06-2 不器用な恋
剣戟の音を聞きながら、ヒューズは懐からたばこを取り出し、マッチで火をつける。だがしけっていたのかマッチは乾いた音を立てるばかりだった。
「これを」
いつの間にか、側に立つ騎士の姿にヒューズは笑う。
「王子に火をもらうとはね」
ヒューズのたばこにマッチで火をつけたのはヴィンセント。
「お前さんも、すうのか?」
「やめました。嫌いだと、言われたので」
潔癖な騎士の少女を思い出し、ヒューズは笑う。
「青春だねぇ」
「そんな年でもないですが」
そういって、ヴィンセントはヒューズの側で彼と同じく壁に背を預ける。
「あなたも、十分青い恋をなさっていると思いますが?」
「なんでそう思う」
「アルベールとのやり取り聞いていました」
最後のつぶやきまで、と続けるヴィンセントにヒューズは苦笑し、わざとらしく話題を変える。
「んなことより、お前さん体は大丈夫なのか?」
「怪我の方は平気です」
「そっちじゃねぇよ」
そういうと、ヒューズは懐から小さな小瓶を取り出した。
「竜の血だ。飲めば一晩はしのげる」
「どこでこれを…」
「ヴァンパイアのお前さんが、聖騎士の本部でピンピンしてられるわけねぇからな」
自分の正体を彼に告げた覚えはない。とすればキアラかレナスあたりが話したのかとも思ったが、それをヒューズ自身が否定した。
「見りゃわかるさ」
そんなまさかと思いつつヒューズの方に顔を向ける。
一瞬彼の瞳が不気味な紅い色に染まった気がして、ヴィンセントは息を呑む。
だが彼を見たヒューズの表情に変化はなく、瞳も特におかしな所はない。
「一応、隠しているつもりだったんですけどね」
「…まあ、人間色々と経験すると、分かることもあるんだよ」
「ドラゴンを倒せたのも、そういう経験のお陰ですか?」
「倒したんじゃなくて説得したんだよ」
「手荒に、でしょう」
「多少な」
「恋愛に関しても、もう少し手荒な手に出ても良いと俺は思いますけど」
唐突に話を戻され、ヒューズは肩をすくめる。
そのとき、廊下の向こうからキアラがやってくる。
ヴィンセントとヒューズに気づき、彼女はなぜだか不満そうな顔をした。
「暇なら仕事してください!」
キアラが言うと、ヒューズが剣のない腰元をぽんと叩く。
「行きますよヴィンセント様」
「ここは安全だしそう力まなくても」
「絶対と言うことはありません!」
強引なキアラに苦笑しつつ、「では」と敬礼をして、ヴィンセントはキアラの隣に並ぶ。
「青春だねぇ」
という言葉をキアラは無視し、ヴィンセントは苦笑で交わす。
そのままズカズカと歩き出すキアラの耳元に、ヴィンセントはそっと顔を近付ける。
「今日はいつもより積極的だな」
彼女に尋ねれば、キアラはちらりとヒューズを振り返る。
「ヒューズ隊長と、何話してたんですか?」
「男の話だよ」
「…ずるいです」
予想外の言葉に、ヴィンセントはきょとんとした顔で彼女を見つめる。
「みんな、ヒューズ隊長には本音を見せるのに私には見せてくれない」
「俺は君には本音を告げているつもりだが?」
「あなたのことはどうでも良いんです! レナス隊長が…」
そこで言葉を切って、キアラはうつむく。
「私だって隊長の側にいるのに、いつも大事な相談はヒューズ隊長にばっかり」
「すねてるのか」
「すねてません!」
いつもより子供のような態度なのは、明らかにすねているからだろう。
だがそれ以上指摘すれば今度は口を閉ざしてしまいそうで、ヴィンセントは重ねたい言葉を飲み込んだ。
「そのうち、ヒューズ隊長にできない相談もできるようになるさ」
「どんなですか! いつですか!」
「それはアルベール次第じゃないかな」
「意味がわかりません!」
「まあ、君にはわからないだろうな」
思わずこぼれた本音に、キアラは明らかに不満そうだ。
さてどうご機嫌を取ろうかと悩むヴィンセント。
可能ならばローマでのデートも取り付けたいが、優秀な女騎士を仕事から遠ざけるのは骨が折れそうだった。
※8/3誤字修正致しました。(ご指摘ありがとうございました)