Episode05-2 すれ違いの狭間で
「まだ、こんな所にいたのか」
客間の外、狭い廊下に座り込んでいたキアラに突然声が降り注ぐ。
はっとして顔を上げると、そこにいたのはヒューズだった。
「レナス隊長は」
「まだ唸ってるが、まあ問題ないだろう」
そう言って歩き出そうとするヒューズに、キアラは少し複雑そうな顔で頭を下げた。
不満なオーラを隠しもしない少女に苦笑しながら、ヒューズは暇をもてあますために歩き出す。
だが運が良いのか悪いのか、ローマの街を見回せる回廊に出たところで、レナスかそれ以上に凹んでいる人物にヒューズは出会ってしまった。
アルベールである。
「聖騎士が暗黒騎士みたいな顔してるぞ」
思わず声をかけると、自分の指摘はあながち間違っている訳でないのが分かる。
「えっと…」
「ヒューズだ。カイル=ヒューズ」
そう言って手を差し出すと、アルベールが少し驚いた顔で手を取った。
「ヴィンが、憧れてた騎士だ」
ヴィンとはヴィンセントのことだろうと見当を付け、ヒューズは苦笑する。
「そんな大層なもんじゃねぇけどな」
「でも伝説は知ってます。ピサの斜塔ほどもあるドラゴンを一人で倒した話とか、ゴブリン百匹と殴り合って無傷で生還したとか」
「俺は怪獣か何かか」
と突っ込みつつ、伝説の内容については否定しないところ、事実ではあるらしい。
「まあ、昔の話だ。今は窓際族」
「でも少なくとも、僕よりは凄い」
そう言ってしょげるアルベールの側に、よっこいしょとおっさん臭くあぐらをかく。
「お前さ、俺とお前で年齢と勤続年数いくつ違うとおもってんだよ」
「そう言う問題でしょうか」
「あとはそうだな、邪悪なドラゴンの封印といちまったり、ゴブリンの盗賊団に単身で乗り込もうとするアホと一緒にいるかどうかも違うな」
アホという言葉に、アルベールがおかしそうに笑う。
「そんな同僚が居るんですか?」
「お前のよく知る奴だよ」
アルベールの顔が驚きに変わる。
「女ってアレだな、可愛いからってなにやっても許されると思ってるトコあるよな」
「でもその、レナスさんが…」
と思いつつ、先ほどの立ち回りを見れば納得してしまうところもある。
「正直、今のお前さんより駄目だったなあいつは。何をやっても地獄絵図っていうか」
「あんなにしっかりしてるのに」
「あいつも騎士生活長いからな。続けてりゃあ、嫌でもたくましくなる」
ヒューズは言うと、アルベールの頭をガシガシとかき回す。
「自分の実力に凹むのは、ドラゴンを連れてきた後だ」
その言葉にアルベールの心は僅かに浮上する。
だがやはり立ち上がることはまだ出来ない。そんな彼の横で、ローマの街を眺めていたヒューズがぽつりとこぼした
「お前は、あいつが好きか?」
「そりゃあ好きですよ。綺麗だし、可愛いし…」
「ドラゴン連れてきてもか?」
「…それは、正直分かりません」
うなだれるアルベールに、ヒューズは笑う。
「そう凹むな、お前はまだあいつのことを全部知った訳じゃないだろう」
「正直、それに怯えてるんです。もし知ったら…」
更に自分と比べてしまいそうで。そして彼女を嫌いになってしまいそうで。
そして卑しいことに、自分より強いからと言う理由で彼女を嫌いになる自分を見たくないのだ。
「僕は本当に駄目な人間だから」
そう言って落ち込むアルベールに、ヒューズはため息をこぼし、そして。
「この阿呆」
と拳骨を落とした。
ヴィンセントにも殴られたことはなかったアルベールは、驚きのあまりヒューズを見上げることしか出来ない。
「お前がウジウジしている間に、泣いてる女が居ることを忘れるな」
そこでようやくアルベールは気付く。レナスの気持ちを全く考えていなかった自分に。
「あんなに必死にネコかぶってた理由、お前なら分かるだろ」
「わかります」
言われなければ気付かなかった自分が痛い。
「いきなりハードルの高いことをやれとは言わん。だが立ち止まるな」
それ以上をヒューズは言葉にしない。そしてそれは、言葉を重ねる必要ないと分かっているからだ。
心底適わないとアルベールは思う。だが、それを理由に拗ねるほど愚かにはなりたくはなかった。
「いってきます」
ようやく立ち上がり、アルベールはかけだした。
残されたヒューズはその場に腰を下ろしたまま、ぼんやりとローマの街並みを見下ろす。
「こんなトコまで来て、俺は何をやってるんだか」
零れた一言に自嘲の笑みを浮かべ、ヒューズはため息を重ねた。




