Episode04-2 隊長達の実力
列車がフロレンティアを出てから約1時間。
窓の外では、フロレンティアのあるトスカーナ地方ののどかな田園地帯がそろそろ終わりにさしかかろうとしている。もう、南ローマは目と鼻の先だ。
相変わらず口をきかないアルベール。それに不安を覚えながら、レナスはちらりと周囲を見回す。
交代の時間なのか、第4小隊の騎士達と入れ替わりに第5小隊所属の男性騎士達が車両に入ってくる。
だがそこで、レナスは妙な違和感を感じた。
最初の違和感は香りだ。それは男性用の香水の香りのようだったったが、妙にキツイのだ。
汗のにおいを隠すために香水を付ける騎士は多くいる。だが、それにしては強い気がする。
「すいません、ちょっとお手洗いに」
そう言って立ち上がるレナス。その側に、ヒューズがさりげなく付き従うと同時に、彼は口を開いた。
「アルベール王子」
ヒューズが名を呼ばれ、アルベールは少し驚いた顔でヒューズを見上げる。
「そこの者達を、少しの間お借りしてもよろしいでしょうか?お嬢様の護衛に」
先ほどの情けない構えを見たあとだったためか、アルベールはすぐに頷いた。
「では、君たちも一緒に」
ヒューズの言葉に渋々うなずく騎士達。
彼らをつれ、洗面室のある後方の車両との接合部にレナスとヒューズは向かう。
「ごめんね騎士さん達。少しの間だけだから」
レナスが笑顔を向ければ、騎士達は微笑む。
「大丈夫ですよ、アルベール様のご命令ですから」
「そちらの執事だけでは不安でしょう?」
騎士の言葉に、レナスの笑みが消えた。
「ヒューズ、まかせた」
言われるまでもなく、動いたのはヒューズだった。
レナスを後ろに押しやり、手前にいた騎士の腹部に重い拳をたたき付ける。
そこでようやく彼らは気づく。
「お前達も護衛か!」
「きまってんでしょ」
二人目の騎士に蹴りを繰り出した直後、彼は素早くかがみ込む。その背を蹴って、レナスが騎士達の前へと躍り出た。
残りの騎士は3人。彼らは一様に剣を抜いたが、狭い通路でなかなか身動きがとれない。
だがレナス達は違う。
狭い通路でありながら、お互いがお互いの動きを利用して立ち位置を変えることで、攻守に後れをとることはない。
ヒューズが相手の攻撃をさばき、その隙をついてレナスが急所を的確についた攻撃で相手を昏倒させていく。
息のあった連係攻撃に、騎士達は一太刀も浴びせることが出来ぬまま倒れていった。
「よし、終了」
ガッツポーズで微笑むレナスに、ヒューズが乱れた髪をかき上げる。
「いくらマトモな格好しているとはいえ、さすがに隊長がわからない部下はいなわいわよねぇ」
「マトモっておまえ」
「あ、ネクタイ曲がってる」
言いながら、ヒューズの乱れた着衣を直すレナス。
「だって髭も整えてるし、服もしっかり着てるし」
「服はいつも着てるっての」
つっこみながら、今度はヒューズがレナスの乱れた前髪を耳にかけてやる。
間近に近づいたヒューズの顔に、何故だか少しレナスはたじろいでしまう。
こうしてまともな格好をしていると、確かに女子達が黄色い声を上げるのも分かる。いつもはボサボサのチャコールグレーの髪にはまだ白髪もなく、髭も整えればなかなかに男前に見える。やる気のないオーラは相変わらずではあるが。
「俺の顔、何かついてるか?」
「別に何でもない! それより、他に敵がいないか探しましょう」
「あとは俺が何とかする。お前はアルベールんとこいけ」
「だけど」
どことなく冴えない顔のレナスの頭を、ヒューズが軽くこづく。
「安心しろ。お前の正体がバレるような状況にはしない」
「なによ、かっこつけちゃって」
「俺は元からかっこいいんだよ」
ヒューズの言葉にようやく微笑むレナス。
だがそのとき、アルベールのいる車両から剣戟が響いた。
「まさか!」
駆け出そうとする二人。だが今度は、後方の客車から悲鳴が上がる。
「ヒューズ、後ろの敵の数はわかる?」
レナスの言葉にヒューズが側の扉から後方を伺う。
「8だ」
「ならあんたが後方! こっちは3人だから」
「まて、それじゃあ…」
引き留めようと伸ばした腕を、レナスが跳ね上げた。
「悔しいけど、格闘じゃあんたの方が強い。その数じゃ、私だと時間がかかりすぎる」
その言葉に、ヒューズは黙って後方車両の方に視線を向ける。
「あんたのそう言い潔いところ、好きよ」
「お前が好きな男はそっちの車両だろ」
「だから守りに行くの」
そう言うなり、駆け出すレナス。
「惚れた男は守れよ、おてんばお嬢様」
同時にかけだしたヒューズの声に、レナスが走りながらドレスを引き裂いた。
「乗客は守りきりなさいよ、ダメ執事!」
そして彼女はアルベールのいる車両へと続く扉を開けた。