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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の初恋編■
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Episode01-1 王子の落とし方

 騎士団に所属する女子が、彼氏に振られる最大の理由は腹筋である。

 それは悲しいことに事実で、その事実はキアラだけではなく、彼女と同じガリレオ騎士団に所属する女性騎士全員の、嘆きでもあった。

 イタリア半島に、二つの大国を挟むようにしてある小国フロレンティア。

 その国を守るために設立された、ガリレオ治安維持騎士団第4小隊に、キアラ=サヴィーナは所属していた。

 貴族だけで構成されたガラハド騎士団とは違い、ガリレオは叩き上げの騎士によって構成された戦闘のプロフェッショナルである。騎士団は第1から第10までの小隊からなり、キアラの所属する第四小隊は、剣術に秀でた女性のみで構成された部隊で、盗賊退治から魔獣討伐に貴族の護衛と、こなす任務の幅はとても広い。

 だから今回の「合コン」も貴族の護衛の一種だった。

「合コン」。正式名称は「合同コンパニー」というらしい。

 海を挟んだ東の果てにある島国「東和国」で流行っているとされるそれは、懇親会とお見合いをあわせたような物だ。

 結婚を前提とするのではなく、おつきあいを前提に複数の男女が食事をかねた顔見せを行う。つまり、出会いを目的とした食事会だ。

 はじめは国内にいくつもある、魔法術や妖精術の学校に通う学生達が面白半分に始め、今では貴族のお嬢様方、坊ちゃん方まで巻き込んで、えらい流行り様である。

 だが決して、そうでもしなければ出会いがないわけではない。

 「恋が無くては生きていけない!」と本気で思っているのがフロンティアの人々だ。ナンパは当たり前だし、週末には町の至る所で社交界やらパーティが行われ、一日で100の男女が恋仲になり、その半数のカップルが別れるとまで言われている。

 「合コン」まがいのことは日夜行われているだろうに、「はやりだから」という理由でハマってしまう所がフロレンティア人らしいと、客観的に分析しているのはキアラ。しかし、彼女が所属する騎士団内でも、合コンは今日までいくつも持ち上がっている。

 だが、「騎士やってまーす」といって受けがいいのは男子だけ。女子が同じ文句を口にすれば、女の子らしい女の子を求めてやってきた男の受けはたいそう悪い。

 合コンでなくても、祭りや舞踏会など、彼女を連れだって参加する行事に、率先して誘われる女子は隊内にはいない。

 隊士全員が30過ぎのおばさんであるとか、筋肉だけが取り柄の不細工ばかりだと言う訳ではない。

 ただ、「騎士」というブランドが、異性には全く魅力的に映らないのである。

 だからこそ、今回の合コン任務へ参加希望率の高さは恐ろしいほどだった。

 なにしろ「女学生に扮して」という条件が付いているのである。

 もちろん仕事ではある。が、護衛は過保護な父親が、娘の合コンを許可する理由にとってつけたもので、別段娘が命をねらわれているわけでもない。その上依頼主の娘アレサンドラは、隊長であるレナスと仲が良く、時々隊に差し入れを持ってきてくれたりもする。

「合コンするぞ!」

 と浅ましく叫んだ隊長は今年26の結婚適齢期が終盤に迫ったお年頃で、この話に乗らないわけがなかった。

 結果として、くじで決めた四人と隊長、そして隊長の補佐官であるキアラが参加することになったのだが、どういう訳だが一番やる気の無かったキアラが、当たりくじを引いてしまった。

 貴族の男子とお嬢様学校に通う女子。

 そういう組み合わせの中に、数あわせとして入れられたのが、彼だった。

 ヴィンセント=アルジェント。ガラハド騎士団1番隊隊長にして、フロレンティアの第六王子。

 キアラも最初は彼の存在に気づかなかった。十代後半の若者が中心の中に、まさか20代半ばすぎの、それも王子様が混じっているとは思わなかったし、キアラ同様、ヴィンセントもまた普段の鎧を外し、若い貴族が纏う仕立てのいいスーツを纏っていたので最初は誰もが気づかなかった。

 しかしフロレンティアでは珍しい短い黒髪に違和感を覚え、たまたま近くに寄ったときに伺えば、見覚えのある深い紅の瞳が、つまらなそうに手元のサラダに向けられていた。

 なぜよりにもよって合コンに王子が!

 そう叫びそうになるのをぐっとこらえ、キアラはどうにか自分の席までもどった。

 キアラの他にも、レナスや隊士の何人かはヴィンセントに気づいている様子である。しかし、「王子様、ラッキー」と飛びつく愚か者はもちろんいない。

 今日の合コンは、彼女たちにとって生きるか死ぬかをかけた狩りなのだ。恋人はもちろん、レナスなどはあわよくば結婚相手に出来そうな相手を物色しにきたのである。

 よって、長期間おつきあい出来そうな好物件以外、彼女たちは完全無視だ。王子という肩書きは、そりゃあ、貴族の娘様方には飛びつきたくなるセールスポイントだろう。けれどそれは、彼女たちが常日頃からゲームのように恋に明け暮れているからだ。

 今日捕まえた男を、下手すれば一生使い回さなければならない隊士達にとっては、王子は高嶺の花すぎるのだ。

 どうせデートの1回や2回で捨てられるのは目に見えているのに、誰が好きこのんで手を出すのか!

 そんな雰囲気が隊内からひしひしと伝わってきて、キアラはすこしだけ王子がかわいそうになってきたが、彼女自身は彼氏すら作る気もない。

 元々男が苦手で、それが行き過ぎて普段は男装までするような18歳である。

 今日も、彼女はあえて談笑の輪にはずれたところで、一人ラザーニアとサラダをがっついていた。

 しかし今思えば、そのポジションがまずかった。同じく暇を持てあましていた王子にとって、もっとも声をかけやすいポジションにいたのが、キアラだったのである。

「よく食べるな」

 気がつけば、目の前に王子の顔があった。彼が自分の前に席を移動したのだと気づくのに、少しだけ時間がかかった。

「おなかが、減っていまして」

 王子と交わす言葉ではなかった。しかし彼はそれで満足なようで、キアラの食事風景をぼんやりと眺めている。

 耐え難い気まずさだった。どこの世界に、王子の前でラザーニアをがっつくシチュエーションを楽しめる乙女がいるというのだ。

「食べますか?」

 仕方なしに、フォークに指したラザーニアをかがげると、王子はあろう事かキアラの手を引き寄せ、食べかけのラザーニアをぱくりと口に入れた。

「いや、コレじゃなくて! 新しいのを取り分けようかと、そう言う意味だったんですが!」

「一口だけ食べたかったんだ。今ので満足した」

 耳に心地よく響く低音で、そんなことを恥じらいもなく言ってのける。

 落ち着け自分。自分は男が苦手だったはずじゃないか。だから無駄に高鳴るな、たいした胸でもないくせに!

 と、心の中は阿鼻叫喚だが、もちろん外面だけは冷静に保つ。

「こういうところは良くくるのか?」

「い、いえ、今回が初めてです」

「だろうな。君もつきあいで参加させられた口だろう」

「君も?」

「今日の幹事役の男いるだろ。あいつ、俺の同僚」

「え、でもあの人どう見ても18くらいにしか」

「そう言うって事は、俺の年ばれてるか」

 墓穴を掘ったかと身構えるが、王子は特に気にする風もなく続けた。

「魔法で外見変えてるんだよ。まあ元から童顔だからあまり変わらんが…」

 ちなみに今のは秘密でと、とってつけたように王子は言う。

「変身魔法が使えるって事は、そうとう位の高い方なんじゃ」

「そこはノーコメント。正体ばらしたら俺が殺される」

 手元のワインを引き寄せ、王子は苦笑気味にそれに口を付ける。王子に「殺される」なんて単語を口にさせるということは、それだけ相手とはうち解けあった仲なのだろう。

 そんな相手が、どうやら今はレナスと意気投合しているようだ。王子の友人と自分の上官が恋仲になる。それはそれでおもしろいような気がしたが、そんな身分の高い人が、騎士隊の隊長なんかを相手にしてくれるのかとも思う。

 女学生で通している今はいい。でももし仲良くなって、恋人として関係を重ねれば、嫌でも彼は気づくのだ。自分の恋人が、普通ではないことに。

「心配しなくてもいい。自分を誤魔化すことはあるけど、女性は大事にする」

 黙っているキアラが、男に不審の目を向けていると勘違いしたのだろう。王子はあわてて男のフォローに回る。

「別に彼を値踏みしてる訳じゃないんです。ただ、彼が見ている女性がその、ちょっと問題アリなんで」

「年齢詐称してるとこ?」

「それは、見た瞬間にわかるでしょう。18歳には、見えませんから」

 違いない、と王子が笑う。決して老けているわけではないが、無理に若々しさを取り繕った自己紹介を、キアラも思い出して笑う。黙っていれば美人なのにと、言われ続けたレナスのいつもの悪い癖だ。

「それで、君もサバ読んでるの?」

 不意に訪ねられ、キアラは首を横に振る。

「正真正銘の18です」

「10も年下か」

 お互いの年の差だと言うことはすぐにわかった。

 しかしその話に乗れば必然的に恋の話題になることがわかっていたので、キアラは聞こえなかったふりをして、お皿に残ったラザーニアを黙々と口に入れた。




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