Episode03-2 進展の無い二人
アルベールの乗る一等客車の一つ手前、人払いをした食堂車にてヴィンセントはキアラと二人、それぞれの提出した警備企画書に目を走らせる。
「さすが、そちらはなかなかおもしろいことを考える」
「与えられた情報の少なさからして、この方がいいのかと」
前後のドアに人影が無いことを確認してから、ヴィンセントはわずかに声を落としつづける。
「君たちなら気づいてくれると思っていた」
「では、状況を詳しくお聞かせ頂きましょうか?」
「それはいいが、せっかく二人なんだしもう少し砕けたらどうだろう」
「いつもと変わりませんが?」
否定はできないが、それでもやっぱり仕事モードのキアラは少し堅い。
「いつもの3割り増しで眉間にしわが寄っている」
「こういう顔です」
「そろそろしわのない顔を俺に見せてくれてもいいと思うんだけどな」
「理由がないです」
「もう10回もデートしてるのに」
ガタッと言う音がして、キアラの体が不自然に傾ぐ。
どうやら、動揺のあまり椅子に座り損ねたようだ。
「あれはデートじゃ…」
「盗賊退治や強盗退治ばかりとはいえ、あれは時間外労働。それに二人でいればそれはデートだ」
「あなたのデートの定義は広すぎる」
「君の定義に会わせていたら永遠にお友達のままだ」
「いいじゃないですか、お友達」
「じゃあ俺が恋人を作ってもいいのか?」
キアラの視線が、不自然に逸れる。
「別に、私には、関係ないし」
とかいいつつ、明らかに動揺しているのがかわいくてヴィンセントは思わず吹き出す。
「君も少しは素直になってきたな」
「なんですかそれ! 私は私のままですよ!」
「顔がようやく女の子になってきた」
「元から女の子です!」
肩を怒らせるキアラをヴィンセントは笑う。
「リラックスできたところで仕事の話に戻ろうか」
「私のこと、からかって遊んでいるでしょう」
「君はまじめすぎる」
ヴィンセントの言葉を、キアラは否定できずに黙り込んだ。まじめなところは長所だが、同時に短所でもあると常日頃からレナスにも注意をされている。
『お前は頭が固すぎる』『肩の力を抜いてもう少し状況を見ろ』
レナスの怒号を思い出し、キアラはこの場は言葉を納める。
「それで、今回の状況を教えて頂けますか」
苛立ちを残した声で訪ねるキアラに苦笑しながら、ヴィンセントは再度周囲を確認し口を開いた。
「アルベールを狙っているのは、先月捕まえた盗賊とヴィッチーニ家の残党だ」
「残党?そんなはずはありません、残党はすべて…」
「そう、君たちの騎士団がすべて捕縛した。…生きていた奴らはな」
「どういうことですか?」
「残党の中に、すでに禁忌に手を出した奴がいたんだ」
「それって、まさかあのとき倒した化け物みたいな奴が、まだいるって事ですか?」
「あの一歩手前だ。どうやら君たちに捕まえる前に、生きたまま不完全な不死を手にした奴がいるらしい」
「そういえば、捕まえた残党の中で不自然な自殺を遂げた物が何人かいました」
「そいつが墓から出てきてるっていったらどうする?」
考えたくない話だ。だがヴィンセントが口にすることに偽りはないだろう。
「しかしなぜ、彼らはアルベール様を?恨みならヴィンセント様や私のほうが…」
「あいつが聖騎士だからだ。アルベールは魔を打ち消す聖なる魔法をつかえる、そういう存在は不死者の天敵だ」
「でも、ヴィンセント様は一緒にいますよね」
「俺くらいになればアルベールの魔法じゃ死なない。正直に言うと、聖職者でありながら修行をサボりすぎて、あいつの魔法は超がつくほど貧弱なんだ」
「いいんですか、それで…」
「今まではよかったが、多数の不死者を駆逐するにはまずい」
だから、これからローマにある聖騎士の聖堂まで修行に行くのだという。
「修行って言っても聖水で身を清めるだけだけど」
「それで魔術が強くなるんですか?」
「少なくとも、上級魔術を唱えれば、街中の出来損ない不死者くらいは一掃できる」
「そしてそれを阻止したい不死者達が、アルベール様を狙っているんですね」
うなずくと同時に、ヴィンセントはわずかに顔をしかめる。
どこか苦痛を感じさせるその表情に、キアラが声を上げようとしたときヴィンセントが言葉をつなげた。
「ただ問題はそれを阻止したい不死者が予想以上に多かったことだ」
そう言うと、ヴィンセントは肩を押さえる。
「怪我をなさってるんですか!」
「大した怪我じゃない」
と言った直後、キアラがヴィンセントの制服を掴んだ。
「脱いでください」
「大胆だな」
「いいから!」
いつになく必死なキアラに、ヴィンセントは渋々襟元を広げる。あらわになった肩口に巻かれていたのは付帯。そしてそれはわずかに血がにじんでいた。
「ひどいけがじゃないですか!」
「不意をつかれてな」
ヴィンセントほどの手練れが怪我を負うと言うことは、相手が手練れであるか、ヴィンセントの不意をつけるだけの存在であると言うことだ。
「実は、ヴィッチーニ家以外にも不死に手を出した貴族がいくつかいるらしい。さらに運が悪いことに、騎士団に所属している貴族の中にね」
「その騎士に傷を…」
「敵は予想以上に多く、それは身近にいる。彼らからアルベールを守るにはもう俺1人の手にはおえなかった」
「そこは、察していました。レナス隊長とアルベールさんの事を知っていながら、私たちに護衛を頼むってことは、それしか方法がないってことですから」
「不死者に関してはなかなか公にできん。その点君たちなら経験済みだし口も堅い」
「期待通り、いえ、期待以上の働きをして見せます」
「そう言ってくれると思った」
制服をただし、ヴィンセントはどこか誇らしげに笑った。
「彼女が一流の騎士って言うのは、なかなか誇らしいものだな」
「かの…」
真っ赤になってうつむくキアラ。
「…でももし彼女って言うなら」
だがいつもはそこで押し黙る彼女も、今日は必死に口を開く。
「怪我したら事、ちゃんと教えてほしかったんですけど」
「でも、教えたらガラハドの騎士を片っ端から斬り殺しにきそうだし」
けれど必死の言葉も、妙なところで鈍いヴィンセントには真意が伝わらなかったようだ。
「し、心配させろって意味ですよ! いくら私だって、犯人以外は切りません! 犯人でも殺しはしません!」
「でも犯人がわからない場合は?」
「…怪しい奴を、片っ端から殴り倒すくらいはするかもしれません」
あと、拷問して割り出すとか。
としょんぼりしながら言い出す騎士の少女に、やっぱり言わずにいて正解だったかもしれないとヴィンセントは思う。
一度火がつくと見境がなくなるという話はレナスから聞いていたが、どうやら思っていた以上のようだ。
「いつもは冷静だけど、君にもそういう所があるんだな」
「私はまだまだ未熟です」
「愛がそうさせるんです、くらい言ってくれてもいいと思うけど」
「ないですから! それは!」
頑なな少女に、ヴィンセントはただただ笑っていた。
※1/14誤字修正致しました(ご指摘ありがとうございます)