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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■隊長達の受難編■
19/139

Episode00   隊長の悩み

 昼下がりのフロンティアは、今日も穏やかな陽光の下に輝いていた。

 冬の観光シーズンも終盤を迎え、一時期ほどの活気はないが、通りはどこも賑やかで、国民も観光客も穏やかな足取りで道を行き交っている。

 そんなフロレンティアの東南、フロレンティアの街並みを望む小高い丘の公園に、レナスはいた。

 ミケランジェロ広場と呼ばれるその公園は、街に沿って穏やかに流れるアルノ川と、モザイクを思わせる煉瓦色の屋根が連なるフロレンティアの景色を一望出来るため、観光客と市民の憩いの場となっている。

 それ故公園の片隅にはカッフェやリストランテがあり、そのリストランテのテラス席にレナスは腰を下ろしていた。

 今日の彼女は、いつもの隊服ではなく外出用のドレスをまとっている。

 その横でカッフェを口にしているのはアルベール。

 アルベールの方は騎士団の制服のままだが、ガラハド騎士団の純白の制服は場の雰囲気を壊す事無く、またレナスのドレスと並ぶとよく栄えた。

「ここの景色はいつ見てもすばらしいですね」

 丘から望むフロレンティアを眺めながらレナスがつぶやけば、アルベールもまた大きく頷く。

「昔から、疲れたときはよくここに来るんです。ここに来ると、心が洗われる」

 そう言ってカッフェを飲むアルベールをちらりと伺うレナス。今日の彼はなぜか少し疲れているように見受けられた。その上どこか緊張しているような面持ちもある。

 それをいぶかしく思ってさり気なく周囲を見回せば、彼の側に、護衛らしき私服の騎士が控えていることにレナスは気付いた。

 一応隠れているつもりらしいが、同じく騎士であるレナスは、彼らの仕草から彼らがガラハドの騎士であることを見抜く。

「あの、何か、あったのですか?」

 おそるおそる訪ねてみると、アルベールは幼さの残る顔に優しげな笑顔を宿す。

「疲れたなんて言ったから、心配させてしまったね」

「もしなにか、不安なことがあるなら私が相談に……」

「大丈夫。それに、あなたには迷惑をかけるなんて、そんな情けない騎士でありたくないから」

「情けない事はありませんよ。一応その、私はアルベール様の恋人ですし」

「だからこそだよ。側にいてくれるだけで僕は救われている。だからあなたにはただ笑っていて欲しいんだ」

 アルベールの言葉に、レナスは渋々口をつぐむ。それからあわてて、アルベールの欲する笑顔を彼に向けたが、やはり彼はどこか浮かない顔でフロレンティアの町並みを眺めていた。

 普通の女性なら、こういうときは黙って微笑んでいるべきなのだろうかと、レナスは悩む。

 騎士であるレナスという女性ならこう言うとき、何が何でも理由を聞き出してしまうだろう。

 それどころか無理矢理相談に乗って迷惑がられてしまうのがオチだ。

 しかし、今の彼女は騎士ではなく貴族の令嬢だ。

 つきあいはじめてそろそろ2ヶ月がたつが、レナスはまだ自分の正体を彼に告げられずにいた。

 ヴィンセントとキアラが箝口令を敷いてくれているおかげで、外部から自分の正体が露見する心配はない。

 だからこそ最近、レナスは悩み始めていた。

 自分は騎士だ。そして相手は、王子だ。

 はじめの合コンときは気づかなかったが、5回目のデートの時、彼女はアルベールから自身が王子であることを告白された。

 そのときに自分もと告白すればよかったのに、王子という肩書きがそれを阻んだ。

 正直怖じけずいたのだ。

 キアラにはヴィンセントとの仲を進展させろと茶化していたが、いざ自分が王子とつきあうことになってはじめて、彼女のためらいを理解できた。

 身分を超えた恋愛はこの国では禁止されていない。だがやはり相手は王子で、そして自分は騎士だ。

 美しい女性に囲まれている彼が、汗と泥まみれの女を相手にしてくれるとはどうしても思えなくて。

 ましてやそれを妻にすることなど想像ができなかったのだ。

 だがそれでも、アルベールの優しさや言葉に惹かれている自分は否定できず、レナスは自分の正体を告げられぬまま、こうしてアルベールとの時間を無駄にしてしまう。

「そろそろ、言わなきゃね」

 こっそりつぶやいて、レナスはそっとアルベールの手に自分と手を重ねる。

 重ねられた手のぬくもりに、アルベールがレナスを見つめた。

 視線が合うとやはり勇気はしぼんでいく。

 ガリレオ騎士団、第四小隊隊長の名が泣くぞ!と自分を叱咤してみたものの、

「どうしたの?」

 と、自分にかけられる甘い声音の前で、言うべき言葉はかき消えていく。

 何も発せず、ごまかすこともできず、過ぎていく時間。

 そのとき、唐突にレナスがつけていたいイヤリングがきらりと光った。

 それに気づき不思議そうな顔をするアルベール。その瞳に映るイヤリングの輝きに、レナスはあわてたように立ち上がる。

「すいません、お手洗いに!」

 言うが早いか駆け出すレナス。それと同時に、彼女はイヤリングを軽くひねった。とたんに、彼女の鼓膜を聞き覚えのある声が震わせる。

「キアラです、今大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけがあるか!デート中だぞ!」

 そのイヤリングは、小型の音声伝達器。急な要請や出動のさい、連絡が取れるようにと騎士達が常に身につけている物だ。

「で、用件は何だ」

 仕方なく尋ねると、真面目な部下は真面目な声で答えた。

「急な出動要請です」

「めんどくさい」

「でも仕事です」

 こういうとき、副官の少女は甘やかしてはくれない。

 それでも言い訳を探しているウチに、気がつけばトイレは目の前。もちろん用を足すつもりはなかったが、仕方なく彼女はその中に入る。

「わかったすぐ行くよ。…あとそうだ、ヒューズがいるならつれてこい」

「ヒューズ隊長ですか?隊長は夜勤明けで今帰られるところですが」

「なら捕まえろ。そして引きずってこい」

 それだけ言うと、レナスは一方的に通信を切る。

 さて、今日はどんな言い訳でごまかそうかと、レナスは個室の中で頭を抱えた。


腹筋隊長レナスが主人公の話です。キアラやヴィンセントはもちろん、新キャラも出ますので、よろしければまたお付き合い下さればと思います。

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