Ending 剣はデートの必需品
「さあ、今日の私は何点だ!」
デート前の恒例行事に、キアラは適当な点数を答えてもう一度ベッドに潜る。
「ちょっとー、私がフラれても良いって言うの?」
アルベールから「もう一度会いたい」という文を貰ってからというもの、レナスの機嫌は下がることなく常に最高潮で。いい加減疲れていたキアラの気分は、正反対のどん底だ。
相変わらずレナスは身分を隠しているようだが、湖に落ちて溺れかけたアルベールを助けたことから、二人の仲はさらに深まったという話は聞いている。
「レナスさんみたいな頼りがいのある人、好きだな」
と言われたという話はもう100回は聞いており、今朝だけでも10回は同じ台詞を聞いた。
それに比べて、自分の最後の奇跡はお姫様だっこで。そこにすべての運を使ってしまったせいか、あれ以来ヴィンセントには一度も会えていない。
ヴィートの策略も多少絡んでいる気はしたが、元々それほど深い仲だったわけではない。
というより、どう考えてもお友達以下だ。
「もう、うじうじしてる暇があったら恋文の一つでも書けば?」
とレナスは煽るが、女の格好すらろくに出来ないキアラに文をしたためる能力があるわけもなく、出来ることと言ったらやはりうじうじしているくらいだ。
「せめて、たまの休みくらい外に出なさい。ほら、お姉さんがお小遣い上げるから、ジェラートでも食べてらっしゃい」
出かけにそんな子供扱いをされ、さらに気分はどん底であったが、確かにこのまま部屋にこもっていても気が滅入るだけなのは確かである。
たまには少し女っぽい格好をしようかとも思うが、選ぶほども持っていない服はどれもがきやすさ重視で購入した男物で、気がつけば腰に剣まで差して部屋を出る。
ジェラートを食べに行くと言うだけなのに、まるで市街の見回りに行くような格好だ。
アパートメント前の石畳を右に折れ、100メートルほど行くと市民の憩いの場となっている噴水広場にキアラは向かった。
普段は広場の端にあるジェラート屋で時間をつぶすのだが、今日は学校帰りの学生が多く、混雑しているようなので辞めた。変わりに西に延びる大通りに入り、次の噴水広場に出る少し手前で脇道へとはいる。左右を高い建物に囲まれたこの道は、人通りもまばらで歩きやすい。その道を進めば、先ほどの噴水広場より少し手狭な、小さな広場に出る。
そこに、キアラの行きつけの小さなジェラテリーアはあった。
なじみの亭主に挨拶し、購入したのはティラミスとイチゴのジェラート。それを片手に、広場の中央にある今は枯れた小さな噴水に腰を下ろす。
見事なほど誰もいない。カップルでくるには雰囲気がないし、友達と語るには声が響きすぎるその広場は、今や完全に忘れ去られたデッドポイントだ。
せっかくの休日、それも気分転換に外に出たというのに、こういう場所を選んでしまうところがまた哀しい。
繁華街に出れば、1人でウィンドウショッピングを楽しむ女性はいる。だがその中の1人になる勇気が、まだキアラにはない。
剣をぶら下げたままスカートを買う自分が想像できない。そもそも剣を持ち歩かなければいいのだが、いざというときに武器がなかったらとおもうと、落ち着かない。
ジェラートをくわえながら、キアラは剣を抜き放つ。
「やっぱり、私にはこれが一番なのよね」
ジェラートをなめながらこぼれたのはそんな言葉。
「安心しろ、ジェラートもちゃんと似合ってる」
だが続くはずのない否定が、キアラの背後から響く。
ぎょっとして振り返れば、彼女の心を惑わす張本人が目の前に立っていた。
「ジェラートとけてる」
指摘にあわてて持ち上げた腕を取られて、驚いて上げた顔に口づけが降ってきた。
もちろんされるのは初めてで、それが好きな相手の唇になるとは思っていなくて。
「ジェラートの味しかしない」
と笑われて、平常心を保っていられるほど大人でもない。
「な、何ですか急に!」
真っ赤になって抗議するキアラの腕から、今度こそ本当に溶けそうになっているジェラートを取り上げたのはヴィンセントだった。
「食べていいか、ここ数日何も食べてないんだ?」
「あ、どうぞ」
ってそうじゃない。そう言う状況じゃない。
「どうして、ここに来たんですか?」
「アルベールの所に来たレナスに、一人で泣いてる頃だから励ましにいけって」
理由を聞いて、少しだけがっかりする。
「でも、あわてて飛び出したから探すのに苦労した。アパートにもいないし、結局もう一度アルベールの所に行って、君が行きそうな所聞いた」
凹んでいた気持ちが、一瞬にして浮上する。あわてたって事は、自分を心配してくれたのだと思って良いのだろうか。泣いている自分を、想像して焦ってくれたと勘違いしても良いのだろうか。
「な、泣いてなんかいません」
しかし考えとは裏腹に、口をついて出たのはいつものふてくされた声だった。しかしヴィンセントは気にしていないようで、笑顔でキアラの不機嫌をやり過ごす。
「でも、ジェラート食べながら、うっとりした表情で剣を見つめる状況は普通じゃないと思うぞ」
「別にうっとりしてません」
むくれるキアラの横に、ヴィンセントがすっと腰を下ろす。
近い。非常に近い。
だが、距離をとればまた冷やかされる気がして、キアラは必死に耐える。
「お前、俺と一緒にいるのがそんなに苦行か?」
「え?」
「眉間のしわが、尋常じゃない」
「元々こういう顔です」
「あとそうだ、さっきはすまなかったな」
唐突な謝罪に一瞬訳がわからなかったが、ヴィンセントが自身の唇を指さしたとたん、キアラの顔が真っ赤になる。
「あんまり辛いからちょっと生気吸い取らせて貰った。この前のワインに当たって、正直死にそうだったんだ」
生気? ワイン?
思わずわいた疑問と、重なるのは先ほど押し当てられたヴィンセントの唇の感触。
「キスじゃ、なかったんですか?」
「さすがの俺も、剣とジェラート抱えた乙女に突然キスは……」
まで言ってから、ヴィンセントは自分が犯した間違いに気付いた。
「あ、違う。すまん。君のことは特別だけど、さっきのは死にかけの体が無意識に取った延命措置というか」
「別に良いんですよ。私はあなたにとって、どうせ良いタイミングで現れる駒か何かですから」
「確かにさっきのは無意識だったけど、別に誰にでもやる訳じゃない。君じゃなきゃしなかったよ」
「もう良いって言ってるでしょ! 元気になったなら、さっさと家に帰ってください! 具合も悪いんでしょ! 死ね!」
「君、今どさくさに紛れて死ねって言ったろ…」
「言ってません、言う訳無いじゃないですか。ほらほら、日に焼かれて朽ち果てる前にさっさと帰れ」
「悪いが、俺も騎士だ。目的を達成するまでは引き下がる訳にはいかない」
「目的って何ですか。嫌がらせですか」
「君を、改めてデートに誘いたい」
皮肉を重ねようとしていたキアラの口からこぼれたのは、息をのむ音だけだった。
「今度は盗賊とか、なしで」
嫌か?と訪ねられ、キアラは固まる。
「いや、そう言う方がいいなら用意してもいいぞ。酒場のごろつき退治とか、そう言う案件も無いわけではない」
黙るキアラにさすがのヴィンセントも焦る。だがその言葉がわずかだが、キアラのかたくなな心を溶かした。
「そういうのなら、つきあってもいいです」
「ごろつき退治?」
「ごろつき退治」
真っ赤になりながら言う言葉じゃないか、今のキアラにはそれが精一杯だった。
「南の通りだから少し歩くけど、いいか?」
神妙にうなずくキアラに、ヴィンセントがうれしそうに微笑む。
「あと…」
「ん?」
「終わったらジェラートおごってください。私のは、あなたが食べちゃったんで」
「どうせなら、夕飯くらいおごる。天下の第四小隊の副隊長に、ただ働きはさせられないからな」
「ゆ、夕飯とかは別に」
「ラザーニアのうまい店があるんだ。君、好きだろう」
はじめて会った時の事を思い出し、ヴィンセントは笑う。
「嫌いじゃありません」
「じゃあきまりだな」
言うなり立ち上がるヴィンセント。その隣にキアラも立ち、二人は腰に差した剣の位置を正す。
「行きましょう」
騎士らしく、ピンと伸びた背筋のまま歩き出すキアラ。それに半歩遅れヴィンセントが続く。
相変わらずムードはないが、はじめはこれくらいでいいのかもしれない。
前を歩く騎士に微笑みを向けながら、ヴィンセントはそんなことを思った。
騎士の初恋編【END】