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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の初恋編■
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Episode05-2 邪悪な王子

 向かってくる男達をさらに5人ほど倒したところで、キアラ達は目的の場所にたどり着いた。

 扉を押し開ければ、そこには武装した複数の男達と、不自然な角度で手前に飛び出している本棚。

 そしてその後ろには、あからさまに怪しい鉄の扉が見えた。

「あたりのようだな」

 笑顔で剣を抜き、ヴィンセントが敵を片づける。その間に隠し扉が閉まらないよう、キアラが中へと滑り込む。

「先に行って通路を確保します」

 扉の奥には、石造りの螺旋階段がつづいていた。薄暗い所為で足下は見えないが、壁に手をつき、勘を頼りにキアラは下る。

 百段ほど足場を降りると、唐突に広い空間がキアラの前に現れた。

 昨日盗賊が隠れていたワイナリーと同じくらいの広さだが、こちらのほうが作りが古い。天井や周囲の土壁は所々崩れ落ちており、奥の方は完全に崩落してしまっている。元々はもっと広い地下室だったのだろうが、今は見る影もない。

 もっと大がかりな研究施設を想像していたキアラは肩すかしを食らった気分だが、ほのかに香る血のにおいは、そこが目的地であることを悟らせた。

「無事か?」

 追いついてきたヴィンセントにうなずき、キアラは辺りを見回す。控えの兵士達はあらかた上に上がったのか、敵の影はない。しかし人ではない何かの気配が、地下室には確かに存在していた。

「ワインがあります」

 昼間ヴィンセントが手にしていたのと同じラベルの赤ワインが入った木箱が、地下室には山のように積まれていた。この中身がすべて同じワインなら、いったい何人分の血になるのだろう。

「事件が解決した暁には、ワインの出所もはかせないと」

「これだけの量があれば、言い逃れは出来ませんね」

「後は、本物の化け物でもいれば完璧なんだが」

 言いながら、ヴィンセントはさらに奥へと進んでいく。正直、化け物はあまり見たくないキアラであったが、ヴィンセントを残して先に撤退するわけにもいかない。

 地下室には、血のワインの他にも得体の知れない液体や臓物が置かれていた。どうやら、ここで行われていたのは、魔科学の中でももっとも高度とされる「錬金術」とよばれ術学の実験のようだ。地面には血で書かれた魔法陣がいくつも描かれ、放置された学術書はすべて錬金術に関するものなので、間違いない。

「キアラ」

 いつの間にか先に進んでいたヴィンセントが、突然彼女の名を呼ぶ。あわてて駆け寄れば、床に倒れた一人の男をヴィンセントは見下ろしていた。それはキアラもよく知る人物、第5王子のヴィートである。

 肩に深い傷を負ったヴィートは、苦悶の表情で二人を見上げる。

「やはり騎士団の連中か」

 仕立てのいいダークスーツを血で真っ赤に塗らし、オールバックに整えられた白髪の交じる髪はひどく乱れていたが、意識ははっきりしているようだ。

「手当てします」

 ヴィートの横にかがみ込むキアラ。それを見たヴィートは、わずかに笑みを浮かべる。

「俺の手当より、ここから早く逃げた方が良い。まだどこかに化け物が潜んでいるぞ」

「お前が作り出したのか?」

 ヴィンセントの言葉に、ヴィートは首を横に振る。

「俺が来たとき、すでにあいつは生み出された後だった。赤子を相手にするつもりで来たのがまずって、このざまだよ」

 ヴィートの他人行儀な言葉に違和感を覚えつつも、ヴィンセントは本能的にこの場を離れるべきだと感じていた。ここは、人のいるべき所ではない。

 しかし彼が撤退を口にするまもなく、それは現れた。

 殺気ではなく、それは狂気。

 背後にふくれあがった気配に、反射的に横に転がると、刃よりも鋭い長いかぎ爪がヴィンセントとキアラの側を通り抜ける。

「なんだあれは!」

 ヴィンセントの問いに答える言葉を、キアラは持ちえない。

 人に近いが、人でもなく。獣のようなキバと爪を持っているが、それは獣と言うにはあまりに人に似すぎていた。

「噂の、不死なる生き物でしょうか?」

「確かに、気配は似ているな」

 言いながら、ヴィンセントは鞘から剣を抜きはなった。

「倒すぞ。あれが外に出たらやっかいだ」

「倒せますか? あれがヴァンパイアの一種なら、なかなかの強敵ですよ」

「あいつに背を向けるが、君の騎士道か?」

 ヴィンセントの挑発に、キアラが苦笑する。

「心外です」

 剣を抜き放ち、一番に斬りかかったのはキアラだ。しかし予想以上に化け物の動きは速い。第一撃を舞うように交わすと、続けざまに繰り出されたなぎ払いすらも、素早い跳躍で化け物はかわしていく。

「そいつは、人間の早さじゃ追いつけない」

 ヴィートが叫んだが、正直その助言は聞きたくなかったのが本音だ。

「さすがに、人間は辞められません」

 真面目な表情で、ヴィンセントの元まで後退するキアラ。

「魔法は使えるか? 妖精術でも良い」

「上手くはないですが、初級魔法なら」

「敵の後ろに炎で壁を作って、相手の動きを制約しろ。あいつの相手は俺がする」

「危険すぎます」

「大丈夫だ。人間を辞めれば何とかなる相手らしいからな」

 いつの間にか、ヴィンセントの手には例のワインが握られていた。

「今から起きることは見なかったことにしてくれよ」

 化け物が跳躍するのと、ヴィンセントがワインに口を付けるのはほぼ同時だった。

 ボトルからこぼれた血が、ヴィンセントののどを伝い、彼の纏う鎧を濡らす。

 魔法を唱えるのもわすれて、キアラはその姿に見入った。

 なぜならばヴィンセントは、キアラの目の前で、人でなくなったからだ。

「炎の壁だ、急げ!」

 そう叫ぶヴィンセントの口からのぞくのは、化け物と同じ鋭い牙。彼は剣で化け物の一撃を防ぐと、その牙を化け物の首筋へと突き立てる。

 化け物が絶叫し、首の肉が抉れるのもいとわずにヴィンセントから離れた。

 ほぼ同時に、キアラは魔法の詠唱を終えると、化け物の背後に熱い炎の壁を生み出す。 

天井まで届く壁に化け物は恐れおののき、逃げ場が無いことを無意識のうちに感じたようだ。逆上した化け物は、今一度ヴィンセントにねらいを定め、鋭い爪の生えた腕を振り上げながら、彼に駆け寄る。

 だが化け物が腕を振り下ろすよりも、ヴィンセントが化け物の懐に入り込む方が遙かに早かった。

 化け物がヴィンセントを認識するよりも速く、彼は剣を化け物ののどに突き立てたのである。

 剣を突き立てた次の瞬間には、化け物の首は体から離れていた。

 それが不死に近き存在を殺す唯一の方法であることは、誰よりもヴィンセントが熟知している。

 化け物は、あまりにあっけなく骸とかした。本物のヴァンパイアではなかったらしく、灰になって消えることはなかったけれど、息絶えたことは明らかだ。

「もう良いぞ」

 ヴィンセントの言葉に、キアラは炎を消失させる。魔法が苦手というのは本当らしく、炎を消したとたんに、キアラはその場に崩れ落ちた。

「おい、どうした!」

 あわててヴィンセントが駆け寄れば、青い顔でキアラが平気だと笑う。

「体力には、自信あるんですけどね」

 しかし魔力は多くないのだろう。にもかかわらず、あんなに高い炎の壁を作り出したのだ。体力で補いきれる限度をとうに超えている。

「目的は達成した、帰ろう」

 キアラを助け起こそうと差し出されたヴィンセントの腕を、キアラがはねのけた。

 そこでヴィンセントは、今更のように自分の状態に気がついた。今のヴィンセントは先ほどの化け物とうり二つの姿だ。そんな自分がキアラに触れて良いわけがない。

 自嘲して、ヴィンセントは静かに腕をおろそうとする。

「…勘違い、しないでください」

 だが、ヴィンセントの前で彼を見上げるキアラの声に恐怖の色はなかった。

「あなたの肩を借りたら、また隊長にからかわれるから」

 いいながらうつむいてしまったので、キアラの表情はよく見えないが、彼女の耳は真っ赤だ。

「そ、それに下手な貸しは、作りたくありませんから」

「しかし顔色が悪いぞ」

「失礼ですね、元々こんな色なんですよ」

 こんな時でも意地っ張りな彼女が妙に可愛くて、ヴィンセントはためらいを捨てた。

「行くぞ」

「お、降ろしてください! 私は騎士です、お姫様だっこなんてまっぴらです!」

 と、虫の息にも関わらず、無駄な抵抗に出るところもまた可愛い。

「される機会もないんだろ、黙ってだっこされとけ」

 ヴィンセントの台詞に、キアラは抵抗する体力も失い、最後は小さくこくりとうなずく。

「お熱いのは良いことだが、俺のことも思い出してくれると助かるんだがねぇ」

 二人の背後でヴィートが言う。

「隊長達を呼んできますから、もうちょっとだけ我慢してください」

 キアラの声に、てっきり不満を示すかと思いきや、ヴィートは意外に素直にうなずいた。

「一人娘の頼みじゃあ、仕方ねぇな」

 わざとらしい大きな声に、ヴィンセントは思わず動きを止めた。

「娘?」

「ヴィンセント様はヴィートのこと疑ってたみたいだけど、私達の協力者ってヴィートなんですよ。普段の素行が悪いから色々悪い噂たてられてるけど、こう見えてうちの騎士団の創設者で団長だし」

 まさかとは思うが、キアラがこの場で冗談を言っているとは思えない。

「どうして、先に言ってくれなかったんだ!」

「だって、レナスがヴィートのことは私が説明するって言って」

 あえてしなかったに違いない。

 きっと彼女はこの展開をどこか予感していたのだ。ヴィートを見つけるのがキアラとヴィンセントであることも。そしてヴィートの前で、ヴィンセントとキアラが誤解されるような状況に陥るのも。

「アルベールに、正体ばらしてやろうかな」

 思わずこぼれた一言に、何も知らないキアラだけが異議を唱えた。


※6/19誤字修正致しました(ご指摘ありがとうございました)

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