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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
□騎士の我が儘編□
137/139

Ending         もう一つの我が儘

「いったか?」

「いったみたい」

 見ているこちらが照れるようなやり取りの後、肩を並べて歩き出したキアラとヴィンセントを伺いつつ、レナスはヒューズを抱えたまま身を乗り出した。

「相変わらず初々しいわねあの二人は」

「ホント楽しそうだなお前」

「楽しくないの?」

「初々しいのはお前だけで十分だ」

 途端に耳の後ろを乱暴に撫でられ、ヒューズは悲鳴と歓喜の混ざった鳴き声を上げる。

「そこはやめろ!」

「何よ気持ちいい癖に」

「獣の習性で遊ぶな」

「人のこと馬鹿にするからよ」

 直後、抱えていたはずの黒い毛並みがぞわりと靡き、獣の姿が人へと変わる。

「ただ真実を述べたまでだ」

 抱えていたはずが逆に彼の腕の中にいる格好になり、レナスは不覚にも赤面してしまう。

「そう言うところとかな」

「あんたが不意打ちで戻るからいけないの!」

「いつまでも獣のままでいられるか」

 言いつつ、ヒューズは未だに首に巻き付いている首輪を忌々しそうにさする。

「いい加減、これ外してくれ」

「似合ってるのに」

「嫌味か」

「忘れたの? その首輪、あんたが自分で買ったのよ」

 途端にヒューズの表情が忌々しそうに歪み、それを見たレナスは再び笑みを取り戻した。

「そういえば、これを見つけたのも去年のナターレよね」

「あんなナターレは二度とごめんだ」

 ヒューズが呻くのも無理はない。

 なにせ去年のナターレは、レナスの失恋の所為で色々と酷い目にあったのだ。

 よりにもよってレナスが失恋したのはナターレの前日で、その上貴重な休暇に仕事まで入り、彼女は荒れに荒れていた。

 そんなとき、とばっちりを食うのは勿論ヒューズである。

 働きたくないとごねるレナスの鉄拳を受けながら彼女に仕事をさせ、彼女が吐くまで酒を付き合わされ、挙げ句の果てに買わされたのがこの首輪だ。

 きっかけは「男なんてもういらない! 犬でも飼って一生独身でいる」と自暴自棄になったレナスがペットショップに駆け込んだ事だ。

 もちろんヒューズは全力で止めたが、逆上したレナスは「じゃあお前が犬になれ!」と彼に首輪と鎖を押しつけたのである。

 ヒューズに拒否権はなく、店を出るなり首輪をつけられ、その夜は勿論ナターレから年明けまで毎日レナスの「お散歩」に付き合うハメになった。

 その事は、彼の正体を知る者達の間では伝説的な笑いの種になっている。勿論ヒューズにとっては消したい過去の一つであるが。

「去年は本当に酷かった」

「だって、あんたが子犬買ってくれないんだもん」

「あんな高い物ホイホイ買えるか」

「指輪は買ってくれたくせに」

「それとこれとは話が別だ。それに、お前に動物の世話なんて出来るわけねぇだろ」

「あんただって動物じゃない」

「俺はお前の世話をする方だ」

 言い切られてムッとしたが、辛抱強くレナスの我が儘に付き合ってくれたのを覚えているから、彼女もそれ以上は言い返せない。

 毎晩のように泥酔する彼女を介抱し、犬になれと我が儘を言うたび、魔力と体力を削りながら何度も狼に変身してくれたのは他ならぬヒューズだ。

 失恋の悲しみに暮れるたび、彼の美しい漆黒の毛に顔を埋めて大泣きしたからこそ、新年は穏やかに迎えられた気がする。

「でももう、ナターレに失恋することはないし」

 だからもう世話はかけないと主張して、レナスはヒューズの首から伸びる鎖を掴んだ。

「むしろ今年は私が世話するから」

「お前に世話されるような異常事態になるつもりはねぇ」

「せっかく私がやる気になってるのに!」

「お前のやる気がから回った所しか見た事ねぇぞ俺は」

「でも今年は頑張る! 一応その……そう言う関係だし、今年はナターレの料理作ったりプレゼント用意したり、ほかにも色々してあげる」

 途中気恥ずかしくなりながらも意地で宣言したが、残念ながらヒューズに彼女の決意は伝わらなかったようだ。

「惨事になるだけだからやめろ」

 あまりにつれないその返事に、レナスが肩を怒らせたのは言うまでもない。

 けれど抗議しようときつく鎖を握った瞬間、レナスの怒りは消し飛ぶこととなる。

「頼むから何もするな。ただそばにいてくれれば、俺は十分だから」

 本人はたぶん、レナスの暴走をとめたいだけだったのだろう。

 だが自覚のない言葉はレナスにしてみればあまりに甘すぎる。

 頬を染めてしまったことを気付かれないよう顔を背け、レナスは更に力強く鎖に指を絡めた。

 今まではずっと彼女が鎖を握っていたはずなのに、指輪を受け取ったあの日から少しずつそれが難しくなっている気がする。

 もちろんヒューズはレナスとちがい、彼女を自分の所有物のように扱わないし出過ぎた事はしない。

 けれど恋人同士であると意識させる行動は度々あり、そう言う一面がレナスをどぎまぎさせるのだ。

 こんな女々しい調子では、ガリレオ騎士団第4小隊隊長レナス=マクスウェルの名がなくと言い聞かせても、ヒューズに見つめられるだけで勇敢な騎士の姿は消え去り、まるで恋を知らない少女のように振る舞ってしまう。

 確かにキアラのことを馬鹿には出来ない。

 そう自覚しつつ、レナスはさり気なくヒューズとの距離を縮めた。

「……なんと言われても、今年はお世話するから」

 どうにかひねり出したその一言に、ヒューズの顔に浮かんだのは呆れと落胆だ。

 けれど今年は、今年のナターレこそは彼に恩返しをすると決めたのだ。

 運良く冬まではまだ時間がある。

 それまでにヒューズの考えを改めさせようとレナスは一人決意し、彼と自分とを繋ぐ鎖を乱暴に引いた。



 騎士の我が儘編【END】

※12/24 誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

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