ShortEpisode01-1 画策する大人達
『あんな安物をヴィンセント様がつけるわけないしな』と、うちの部下がため息混じりになにやらこぼしていたのですが、どう思いますか王子様?
突然酒場に呼び出されたあげく、恋人の上官であるレナスから告げられたその言葉に、ヴィンセントはただただ瞬きを繰り返すことしかなかった。
「誕生日近くないわよね」
ヴィンセントはそこでようやく我に返り、静かに頷く。
「無駄に長く生きすぎて、誕生日がいつかも覚えていないくらいです」
だから勿論恋人にも告げていないと言えば、目の前の美しい顔が楽しそうに歪んだ。
「あまり面白がるなよ」
そう窘めたのは、酒場に呼び出されたもう一人の同行者ヒューズだ。
けれど残念ながら、レナスは相変わらずの調子である。
「そりゃあ面白がるわよ、最近わかりやすいくらいに見てたしねぇ」
何をと尋ねる男二人に、レナスが突きだしたのは左手である。
ヴィンセントはなるほどと頷き、ヒューズはどこか照れくさそうに顔を背けた。
「あの子だって、ああ見えて花の18よ。こういう装飾品に興味も示すと思うのよ」
こういう装飾品がどういう物をさすのか、わからないヴィンセントではない。
「どうしてそう言う可愛い願望を、俺には見せてくれないのか」
「我が儘が罪だと錯覚してるのよ、あの子は」
「恋人の前でなら罪の一つや二つ犯してくれてもいいのに」
我が儘を全く言わない恋人に、ヴィンセントは今まで何度となく可愛らしいお願いをさせようと努力してきた。
だが努力もむなしくキアラは未だ頑なで、結果として彼が叶える我が儘はあまりに些細な物ばかりだ。
その上、今までにヴィンセントが満たした彼女の欲求は、胃袋に関する物が殆どである。
例えばデート先で彼女が望むリストランテに入ったり、ジェラートを奢ったりするのが精々だ。
恋人らしい我が儘は皆無で、それがヴィンセントは気がかりだった。
「指輪なんて絶対言い出さないだろうな」
「でもあれは絶対ほしがってる」
断言して大丈夫かとすかさずヒューズが突っ込んだが、女の勘をなめるなと言うレナスに彼が口答えできるわけがない。
「っていうか、去年あんたが言ってたんじゃない。あのキアラが宝飾店の前にいたって」
レナスが言うと同時に、ヴィンセントがヒューズへと身を乗り出す。
今更のように自分が呼ばれた理由を知ったヒューズは、慌ててレナスの話から古い記憶を引っ張り出した。
「そう言えばそんなこともあったな」
「それは何処ですか?」
「たしかオルトラルノ地区の方だった気がするんだが……」
と言うが早いか、ヴィンセントがヒューズの前に地図を広げる。
「それは、何処ですか?」
2度目の問いかけと笑顔は、曖昧な答えでは許さないと暗に告げている。
だが残念ながら、正直良く覚えてないし思い出せる気もしない。
「無茶言うなよ、ナターレから半年以上たってるんだぞ」
それに、そのときほしがってた指輪がそもそも今ほしがっている指輪かもわからない。
そう告げた瞬間、レナスが甘いと声を張り上げる。
「絶対あの子がほしがった指輪よ」
「根拠は?」
「あの子がほしがってる指輪が普通のデザインなわけない。絶対売れ残ってるわ!」
「お前、時々キアラに失礼だよな」
「ともかく絶対そうよ! それにあの言い方からすると、絶対ペアリング。そしてその手の物が沢山出回るのはナターレの頃でしょ」
「だから俺が見た物だってのか?」
「間違いない」
キアラの趣味をなじっている事に目をつぶればその推理は十分頷けるので、ヒューズはそれ以上反論が出来ない。
「それにこんな季節外れに指輪に思いを寄せるって事は、同じ店で同じ物を見た可能性も高いと思うの。憧れだけで動くような子じゃないしね」
その言葉に、突然ヴィンセントがヒューズの肩に手を置く。
「俺はレナスさんの言葉を信じますよ」
「どうしてそう言いつつ俺を見る」
「色々思いついたことがありまして」
「凄く嫌な予感がするから聞きたくねぇんだが」
「俺は舞踏会であなたの背中を押したのに、ヒューズさんは何もしてくれないんですか?」
またしてもヒューズに反論の余地はなく、彼の声は次第に覇気を失っていく。
「……そう言われても、思い出せねぇもんは思い出せねぇし」
「わかっています。だから力を貸してください」
いやむしろ鼻を貸してください、と微笑む王子の前で狼に変身した過去の自分を、ヒューズは呪う。
「俺は犬じゃないんだが」
「犬以上の嗅覚があるでしょう、なにせ狼男ですし」
「厳密には狼男ではない」
「でもなれますよね、狼」
ヒューズが黙ってしまうと、何故かレナスが胸を張った。
「安心して、こいつの鼻は事件の捜査にも使われる優秀な探知機だから」
「お前が勝手に使っただけだろう」
「でもそれで殺人犯を何人か捕まえたじゃない」
「それとこれとは話が別だ」
「あの子のにおいならかぎ慣れてるでしょ? 楽勝楽勝」
人の溢れるこの街で、ひとつのにおいをたどる苦労がわかるのか反論したかったが、それを言えばたどれると肯定するも同じだ。
「出来るだけ人の少ない時間がいい……」
「明日は早番なので、午後は開いています」
「丁度良いわ、私達も仕事は2時までなの」
そうして手を取り合う二人に、ヒューズが入り込む余地はない。
「勝手だなほんと」
明日は魔力を温存せねばと考えつつ、ヒューズは一人ため息をついた。