Ending 骨の折れる恋
寝るとは言っていたけど、この寝方はないだろう。
買い物袋を手にうなだれるヒューズの前で、眠るレナスががっちり抱えているのはワインの空き瓶だった。
ずっと緊張し通しだった反動からか、その寝顔は酷くだらしがない。
家でなにやら叫んでいるのを見てしまった所為で機嫌が悪化し、とりつく島もなく家を追い出されたのは30分ほど前のこと。
そのときから嫌な予感はしていた。
だから少しでも早く買い物と着替えをすませて帰ろうとしたのに、レナスはもうやらかした後だった。
たぶん緊張と苛立ちを酒で打ち消そうと思ったのだろう。
しかし本人が自覚する以上に疲労がたまっている状態で、ワインをラッパ飲みすればそりゃあ寝オチもする。
ラッパ飲みしたとわかるのは、彼女が脱ぎ散らかしたドレスの胸元が、ワインで真っ赤に塗れていたからだ。
その上酔って着替えもままならなかったのか、ソファーで爆睡している彼女は体に毛布を巻いているだけである。
結局この状況になるのかとげんなりしつつ、ヒューズは持っていた食材を足下に置き、レナスが寝ているソファーに近づいた。
「おい起きろ、そんなままじゃ風邪引くぞ」
それで起きるわけがないとは思っていたが、反応すら返さないレナスにヒューズは呆れるほか無い。
仕方なく、毛布ごとレナスの体を抱き上げ、ヒューズは寝室の扉を開ける。
いつのまにか、ここにもワインの空瓶が増えている。どれだけ飲んだんだと呆れる一方、気持ちよさそうに寝息を立てているレナスには怒る気も失せる。
とりあえずベッドの上に寝かせ、毛布の上からもう一枚毛布を掛けて、ヒューズはレナスの寝顔をのぞき込んだ。
本当はこのまま口づけのひとつでも落としたいところだが、酒に酔った彼女に近づくと、手やら足やら頭突きやらが飛んでくるので仕方なく我慢する。
本当に面倒な女に捕まったものだ。
そんなため息をこぼす一方、彼女から逃げるつもりなど毛頭無いのも事実だ。
面倒で不器用で、その上恋に関しては相当奥手であることは、今日一日で大分つかめた。
それは確実に彼女の面倒くささに拍車をかけているが、一方でそれすら愛しいと思ってしまっている自分もいる。
恋に不得手なキアラに手を焼くヴィンセントを、多分自分はもう笑えない。
むしろ余計な経験と年を重ねている所為で、たぶんレナスの方が相当面倒くさい。
ある意味、付き合いを吹っ飛ばして婚約指輪を贈ったのは正解だったのかも知れないと、ヒューズは毛布から零れたレナスの左手を優しく握る。
彼の温もりに気付いたのか、レナスが寝ぼけ声でヒューズの名を呼んだ。
寝ぼけたレナスが彼の名を呼ぶのは良くあることだ。
けれどいつしか、ヒューズはその声に言葉を返せずにいた。
「どうした?」
久しぶりに声を返して、目にかかる髪を優しく払ってやれば、レナスが幸せそうに笑う。
「…大好き」
子どもの頃から、寝ぼけてヒューズを呼ぶ声に答えると、彼女は必ずそう返すのだ。
恋人に振られ、失恋した夜でさえ彼女が同じ答えを返すから、ヒューズはいつしかその言葉に答えなくなっていた。
例え寝言でも、好きと言われればそこにつけ込みたくなる。だがそんな権利は自分にはないと、ずっと思ってきたのだ。
けれど、もう我慢する必要はない。我慢など出来るはずがない。
「ずっと冗談だと思ってたのにな」
髪を撫でながら呟けば、レナスがヒューズの手の平をギュッと握りしめる。
そしてもう一度、レナスはヒューズの名を呼んだ。
「なんだ?」
間をおいて帰ってきた愛の言葉に、ヒューズは思わず彼女の唇を奪う。
お陰で手痛い頭突きを喰らうことになったが、その痛みもまた愛おしい。
痺れる額を抑えつつ、ヒューズはレナスの手をゆっくりと放す。
本当はいつまででも彼女の寝顔を見ていたいが、目覚めたときに料理が出来ていないとわかれば、レナスの機嫌は絶対悪くなる。
「本当に面倒な女に捕まった」
そう呟きながら台所へ行こうとした直後、行くなと言うようにレナスがぐいとヒューズの腕を引き戻した。
女とは思えないその力強さと不意打ちに、体勢を崩したヒューズはレナスの上に倒れ込む。
彼女押しつぶさないように体を捻った物の、軋むベッドにレナスの目が開いた。
殴られる。と思う間もなく吹っ飛ばされるヒューズの体。
「おっ襲わないって言ったのに!」
真っ赤になって怒り出すレナスの誤解を解くのは、きっと酷く骨が折れる。
むしろ物理的に骨の1本や2本くらい折られるかも知れない。
両思いになるのも楽じゃないなと思いつつ、ヒューズは言い訳を考え始めた。
隊長達の葛藤編【END】