ShortEpisode05-1 散々な初デート
包帯の巻き直された自分の顔を洗面所の鏡ごしに見つめ、レナスは大きなため息をつく。
綺麗な顔を見せたいと言いつつ唇まで腫らし、結局目の傷もバッチリ見られた。
勿論ヒューズはそれに対して何も言わなかったが、それで乙女心が傷つかないわけではない。
初デートだったのに記念になるような素敵な出来事は起きず、一生の汚点となるような間抜けな失態ばかりを重ねた自分に、レナスは酷く落ち込む。
そんなとき、レナスは玄関の方で物音がするのに気がついた。
もしやと思って慌てて外に出れば、そこには帰り支度をしたヒューズの姿がある。
まだ一緒にいたいという思いで彼の元に駆け寄ったものの、昼間の失態が頭をよぎり、上手く言葉が出てこない。
これだけ迷惑かけて、その上まだ側にいたいなんてあまりに図々しすぎる。実際それを口にすればヒューズはこの場にいてくれるだろうが、また失態を重ねない保証はない。
「……今日はごめん」
甘えたい気持ちを必死に殺して、レナスは何とかそれだけを口にする。
「気にしてない。それより……」
「目は大丈夫。唇の腫れも引いてきたし、どっちも痛くないし」
ヒューズの顔を見ないように必死につま先を見つめ、レナスは途切れてしまった言葉の先を探す。
一向に出てこない言葉にうなり声ばかりが増えていく中、不意にヒューズの指がレナスの顎にかけられた。
そのまま上を向かされれば、そこにはあるのはヒューズの穏やかな笑み。
「それはわかってる。それより何が食いたい?」
言葉の意味を把握できずワタワタしていると、ヒューズが落ち着けとレナスの頭に手を乗せた。
「服よごれちまったから、着替えついでに買いだしに行こうと思ってな。冷蔵庫の中身、何もないだろ?」
酒は別だがと繋がれて、レナスは目を見開いた。
「作ってくれるの?」
「外で食べるよりゆっくり出来るだろ。キアラは夜まで帰さないって昨日ヴィンセントも言ってたし」
「でも、あの……」
「嫌か?」
嫌なわけがない。むしろそうできたらどれほど良いかと思っていたのだ。
「ヒューズが作る物だったら何でも言い」
「そう言うのが一番困るんだが」
「だって、食べたいものありすぎて決められないし、ヒューズの料理はどれも好きだし」
ここで挽回せねばと言う思いで言葉を矢次に繰り出せば、もういいわかったと彼が慌てる。
それから彼は、酷く優しい手つきでレナスの唇をなぞる。
「…唇、痛くないって言ったな?」
その確認の意図に気付き、レナスは慌てて頷く。
そして降りてきた口づけは、労るような甘い優しさに満ちていた。
徐々に力が抜けていくレナスの体を支える腕も、力強くはあるか酷く優しい。
あまりに心地よくて、唇を放されたとたんもう一度と懇願したくなるのを、レナスは必死にこらえた。
「すぐ戻るから仮眠でもとってろ」
額にもう一度口づけを落とし、ヒューズはレナスの部屋を出て行く。
残されたレナスは、言われたとおりフラフラと寝室に入り、そのままベッドの上に倒れこんだ。
そして腕を伸ばして枕を掴み、彼女はそれを顔に押し付ける。
直後に響いたのは、今日一日必死にこらえ続けた嬉しい悲鳴だ。外に漏れないようにと強く枕を押し当てながら、彼女は嬉しいような恥ずかしいような、何とも形容しがたい気持ちを枕に叩き付ける。
少女じみた恥ずかしがり方をするには年が行きすぎだと自分でも思う。けれどヒューズがいぬまに、この悶々とした気持ちをはき出さなければ、きっと抑えが効かなくなる。
そう思ってまた叫び。叫び声に乗りきらない気恥ずかしさは足をバタバタさせてやり過ごしていると、唐突に寝室のドアが開いた。
「……なにしてんだ」
扉の前に立つのがヒューズだと認識すると同時に、レナスは彼に枕を叩き付ける。
「なっ何でいるの!」
「悲鳴が聞こえたから何事かと思って」
今更のように、目の前の男が人並み外れた聴覚を持っていることを思い出した。
「……もう寝る」
新しい悲鳴を胸にため込みつつ、レナスはいじけた様子で頭から毛布をかぶった。