ShortEpisode04-2 キスの効果
「呪いを解くには真実の愛のキスか。いやはや盲点だったよこれは」
今し方手渡されたナイフを手で弄びながら、大聖堂の前で笑い声を響かせているのはヴィート。
「あんまり振りまわすなよ。手を切ったら誰がお前を目覚めさせる」
「いざとなったらキアラにでもキスして貰うさ」
そしてそんな彼に呆れるのは、ナイフによって傷を負ったはずのヒューズであった。
呆れる彼の表情に睡魔の影はなく、腕の傷の方も、キスのために腕を切ってみようかと本気で悩むヴィートからナイフを奪えるまでに回復している。
「ちょっとくらいいいだろ。こいつは何処にでもある、恋占いのナイフなんだし」
男がヒューズの腕を裂いたそれは、確かに恋占いに使われるナイフだった。
それも最近女性達の間で話題になっている、有名占い師のショップで売られている物。そしてそれに気付いたからこそ、彼は今こうして無事自分の足で立っている。
「たしかあれだよな、キスをしてから目覚めるまでにかかった時間で、相手の愛の深さが測れますってやつ」
恋占いのナイフと銘打ってはいるが、そのナイフは眠りの呪いをかける呪具である。しかしその人気はかなりの物で、占いに縁がないヒューズやヴィートですら知っているほどだ。
しかし一方で、大人気商品が凶器になっているとは思い至らず、解呪の方法がまさかキスだとは見抜けなかった。
「ただし、そいつは特別製らしい。呪いの効果が強くなってるから、仲の良い夫婦がキスしあっても、目覚めるのに1日はかかるそうだ」
捕まえた犯人を締め上げて聞き出した情報を伝えれば、ヴィートは何かを数えるように指を折る。
「じゃあ俺とキアラなら5分だな」
「軽く見積もっても5日だろ」
ヒューズの言葉をヴィートは華麗に無視する。
「しっかし、犯人は何でこんなナイフで通り魔を?」
「幸せそうなカップルを見ていて腹が立ったらしい。だが人を殺す勇気もなく、罪に問われない程度の嫌がらせをしようと考えてたとき、これを見つけた」
自分たちの愛情がいかに小さい物であるを自覚させたかった。
そう言って笑っていた男を思い出し、ヒューズはため息を重ねる。
「ちなみに動機は、彼女に振られた腹いせだそうだ」
「まったく、セコイ野郎だな」
「二度とこんなバカなマネしないよう、騎士団でこってり絞ってやってくれ」
「お前被害者だろ? 取り調べまでやらない?」
「元々俺の担当じゃねぇだろ……。 それに、これ以上仕事してたらあいつの機嫌が悪くなる」
こちらを睨む視線にそろそろ限界だとヒューズがこぼせば、ヴィートは彼の肩越しに近くのカッフェをのぞき込んだ。
「お前の嫁、なんでタオルを口に当ててこっちを睨んでるんだ?」
「……それを話したら殺される」
ヒューズの顔色があまりに悪いせいか、ヴィートはこの場は引き下がってくれる。
ある意味空気の読める彼に感謝して、ヒューズは恐る恐るカフェのテラス席からこちらを睨んでいるレナスへと近づいた。
「大丈夫か?」
尋ねる彼を見上げるレナスは、口をタオルで覆ったままモゴモゴとしゃべり出す。
「これから取り調べするとか言わないでしょうね?」
「全部ヴィートに任せてきたから、これで仕事は終わりだ」
途端に機嫌が良くなったのは明白で、レナスの目が嬉しそうに目を細められる。
だがその直後、表情の移り変わりに対応できなかった二つの傷口が悲鳴を上げ、レナスは痛いと顔を歪ませる。
「ちょっと見せてみろ」
そう言ってヒューズが無理矢理奪ったのはタオルだ。
その下から現れたのは赤く晴れ上がった唇。よく見ればきれたような傷もあり、赤い血が僅かににじんでいる。
「結構酷いな」
「ヒューズが、キスしろとか言った所為だからね」
「キスしろとは言ったたけど、まさかこんなになるほど勢い良くやるとは思わないだろう」
倒れたヒューズを起こすため、レナスがした口づけは、口づけと言うより頭突きに近い物だった。
意識を手放した次の瞬間、ヒューズが感じたのは唇と前歯への激し痛みだ。
目を開けて、そして飛び込んできたのは口から血を出して呻いているレナスの顔。
まさか新手でもいたのかと体を起こしたヒューズの前で、違うと口を押さえるレナスは今思い出すと爆笑物である。
キスに慣れない若いカップル達が、勢い任せに唇をぶつけ合い、歯を折ったり口を切ったりするのは良くあること。だがまさかこんな状況で、それもキスに慣れているはずの女がやらかすとは思いもしなかった。
「あんまり見ないで!」
ヒューズの方は人並み外れた治癒能力があるから良い物の、はれたレナスの唇は当分戻りそうもない。
今日はもうキスは無理かと思うと少々残念だが、どちらにしろデートはここまでだろう。
「仕事も一段落したし、今日は帰るぞ」
「何でよ! せっかく仕事抜きでデートできるのに!」
膨れるレナス。だがそれを見つめるヒューズの目は、厳しかった。
「お前、嘘ついただろ」
「嘘って何よ」
「目の消毒、サボったな」
言葉はなくとも、不自然にそらされた視線は肯定の印だ。
「今すぐ帰って消毒するからな」
「別に大丈夫だし」
「大丈夫じゃなかったから、あんな奴の腕をお前が取り損なうか」
ここでもまた言葉はなく、レナスは静かに目を伏せる。
「お前、アルベールに説教できんぞ」
そう言ってさり気なく傷を見せれば、さすがのレナスも反論できないようだった。
「……今日はもう帰る」
渋々ヒューズの手を握るレナスに、彼は静かに頷いた。
「それでいい」
その凹みっぷりは見ているこちらの胸が痛くなるほどだったが、あえてここは心を鬼にして、ヒューズはレナスの手を取り歩き出した。
※11/10誤字修正致しました。(ご指摘ありがとうございます)