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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
□隊長達の葛藤編□
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ShortEpisode04-1 回ってきたツケ

 黒い着衣にやせ細ったからだ。

 そして落ち着き無く周りのカップルをじろじろ見ているその男は、愛のドゥオモには明らかに不釣り合いだった。

 特にスキンシップの激しいカップルが気になるのか、男はどこか苛立つような表情でいくつかのカップルに目を向けている。

 それに気付いた時点で、ヒューズが取ろうとしている行動にレナスは気付くべきだった。

 しかしこの手の囮捜査は初めてで、そして何より相手がヒューズであることにレナスは油断していた。

「どうやって気を引かせる?」

 レナスの問いに答える代わりに、ヒューズが彼女の首筋に口づけを落とす。

 叫び声をこらえることが出来たのは奇跡に近かった。

 レナスは慌てて体勢を変え、ヒューズと向き合う様に彼の膝の上にまたがる。

「首はやめてよ首は!」

 男に聞こえない声で訴えれば、ヒューズが悪いと素直に謝る。

 別に謝らなくても良いけどと慌てて弁解したのは、悲鳴は出そうになったが不快ではなかったからだ。

 首へのキスは今まで多くの男にされてきた。アルベールにも不意打ちでされたことがある。

 でもこんなにも体が反応したのは初めてで、それを不快で無いと感じたのも初めてだった。

 二人きりの時ならされても悪くないかも。

 と思ってしまった自分に赤くなり、レナスはうなだれる。

 それを演技だと思ったのか、ヒューズは彼女の髪を優しくかき上げ、現れた耳に口づけを落とす。

 思わずレナスがヒューズの太ももをつねり上げたのは言うまでもない。

「はっ破廉恥!」

「お前、騎士学校で何を習った……」

 護衛や諜報活動を行う際、周囲の目を誤魔化すために、このような男女の交わりを演じることは良くある事だ。

 故にレナスのような鈍くさい生徒のために、騎士学校ではこの手の行為の練習を行う授業がある。

 言われてみると、ヒューズが行った過度な口づけはどちらもそこで習う基礎的な動きだ。

 多分応用してもレナスがついて行けないのを見越して、馬鹿正直にレクチャー通りの行為を行ったのだろう。

 だがそもそも、レナスはその教科の成績が軒並み悪かった。あまりに悪すぎて、今までこの手の仕事が殆ど回ってこなかったくらいである。

「講義通りに出来ないなら、適当に合わせろ」

「だけど…」

「あいつが見てる、少し我慢しろ」

 レナスの髪に顔を埋めるヒューズ。その視線の方向から、いつの間にか男が側に来ていることにレナスは気付く。

 確実に食いついている。

 ならばやるしかないと、レナスはようやく決意を固め、ヒューズの髪に指を走らせた。

 しかしそこで、彼女は今更のように気付く。

 授業は勿論、授業外でも自分はこの手の事が不得意だったと。

 恋人はいたことはある。良いムードになりキスなどをされたこともある。

 だが実を言えば、レナスが自分から男に肌を近づけた事はあまりなかった。理由は勿論、並の男以上に堅い筋肉を隠すためである。

 よくよく考えれば、人前でここまで肌が密着したのはヒューズが初めてだ。

 人前以外では何度かあったが、やはり筋肉の堅さがばれないようにコルセットのまま事を致すことが多かったので(そして意外とこの手の行為を好む男性は多かったので)、レナス自身はあまり動くことが出来ず、積極的に男性に絡むことはあまりなかった

 一度だけ着衣無しで行為に及んだこともあったが、事をなす前に相手が堅い腹筋に吹き出し、それに怒り狂ったレナスが男をボコボコにしてしまった。

 そしてあの一回こそ、彼女の恋愛を歪ませたきっかけだった。

 あれ以来肌を密着させたり、過度のスキンシップに走ったことは皆無で、故にレナスは今更のようの途方に暮れた。

「…あの、自然にってどうやればいいのかな」

 耳元でささやかれた声に、さすがのヒューズも一瞬動きを止める。

「それ本気で言ってるのか?」

「あの、その、割と」

「とりあえず俺に腕を回せ」

 自分が思う一番色っぽい動きでレナスがヒューズの首に腕を回した直後、ヒューズが彼女の唇を奪う。

 背後に敵がいるというのに、一瞬思考が停止した。

 見せつけるキスは荒々しいのに、それでいて舌を吸い上げる動きは酷く優しい。

 さっきのも良かったけどこういうのも悪くない。

 状況を理解しているとは言い難い感想で頭がいっぱいになったが、それでも背後で膨れあがる狂気に体は反応した。

 体勢的に、自分が男を取り押さえる役だとレナスはすぐに理解する。

 唇を離すと同時に体を反転させ、レナスは背後に迫った男の腕を掴もうとした。

 だがそこで、包帯の下に隠れた右目が強くうずいた。

 違和感は少し前からあったが、たぶんキスに驚いた拍子に、顔に力を入れたのがまずかったのだろう。

 その上今朝は消毒も怠ったている。アレッシオ特製の消毒液には痛み止めの効果がある事を今更のように思い出し、痛みにぶれる自分の腕をレナスは憎々しげに見つめた。

 つかみ損ねた腕を、男は懐に差し入れる。

 武器を出すつもりだと気付いたがもう遅い。

 取り出さすと同時に振り下ろされるナイフ。

 だがそこで、ヒューズがレナスの体を庇うようして前に出た。

「やはりお前か」

 小さなナイフを持つ手を掴み上げると、ヒューズはそれを力任せにひねり上げる。

 情けない悲鳴を上げナイフを取り落とす男。

 同時に男がそれを拾い上げないように、レナスがナイフを蹴り飛ばす。

 右手をヒューズが、そして左手をレナスが取り、二人は同時に男の腕を背中に捻り上げた。

「手錠かけてくれ」

 ベストの下に隠していた手錠を渡され、レナスはそれをかけた。

 男を地面に転がしレナスはホッと息をつく。

 だがその直後、ヒューズの体がぐらりと傾いだ。

 腕を押さえながら手すりにもたれるヒューズを、レナスが慌てて支える。

「悪い、ヘマした…」

 ヒューズの腕にあったのは着衣を汚すほどの出血を伴う大きな傷だ。レナスを庇ったとき、ナイフを避けきれなかったのだろう。

「ごめん、私が!」

「大丈夫だ、これくらいすぐ癒える」

 だがそこでレナスは思い出す。傷を受けたまま、目覚めない被害者達の事を。

「すぐ病院に行かないと」

「…保たない、それよりナイフを」

 ヒューズの意識を奪おうとするそれは、徹夜明けに訪れる睡魔に似ていた。

 だがそれよりも、思考と意識を押しつぶす眠気はずっと重い。

 それに負けないようあえて傷口を強く握って、ヒューズは痛みで意識を保つ。

 彼に促されるままレナスがナイフを渡せば、ヒューズは真剣な表情でそれを観察した。

 見たところ、それは女性が護身用に持つ小型のナイフのようだった。

 だが木で出来た柄と、そこに刻まれた呪印を見たヒューズはハッとする。

「……そうか、この印」

 何かに気付いた様子を見せつつも、ヒューズの体が更に深く沈む。

「ヒューズ!」

 彼の体をゆするレナス。けれどヒューズは、喋る事すらままならなくなっていた。

 それでも最後の力を振り絞り、ヒューズはレナスの頬に手を伸ばす。

「今すぐ……俺にキスしろ」

 予想外のその言葉に、レナスは言葉もなくただただ唖然とするほかない。

「…早く……」

「なっなんで…」

「それが…呪いを…」

 最後の方はもはや聞き取ることも叶わない。

 意識を失い、力無く崩れ落ちるヒューズ。その体を支え、レナスは彼を仰向けに横たえる。

 それから彼女は意を決し、彼の側に膝をつく。

 彼がしてくれたような気づかうようなキスとは間逆の。むしろ殴るような、それで彼をたたき起こせるようなキスを。

 これで目がさめなかったら、今度は本当に殴ってやる。

 そんな思いで、レナスは勢いよくヒューズの唇を奪ったのだった。

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