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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
□隊長達の葛藤編□
126/139

ShortEpisode03-2 恋人達のクーポラへ

「嫌、絶対嫌」

 ヒューズに手を引かれレナスがやってきたのは、フロレンティアで一番有名な大聖堂の前。

「とにかく嫌、これに登るなんて絶対嫌」

 サンタマリア・デル・フィオーレ大聖堂。別名『花の聖母教会』と言う名のその大聖堂は荘厳かつ巨大。

 上を見上げれば首が痛くなるその高さに、「これに登る」と言いだしたヒューズにレナスが怒ったのは言うまでもない。

「最初にカップルが襲われたのは、大円蓋クーポラの上なんだ。事件の経過時間を考えると、ここに犯人が戻ってくる可能性は高い」

 大聖堂の象徴である、赤い巨大な大円蓋クーポラの上にあるのは、フロレンティアを一望できる展望台。またこの大円蓋クーポラには、恋人同士で登ると愛が深まるという言い伝えがあるため、開館日は多くの恋人達が登頂を希望するのだ。

 とはいえ入館料を取られる上に展望台までの道のりが険しい為、恋人達の殆どは異国人だ。

 なにせこの大聖堂、頂上までは90メートル以上の高さがあり、勿論エレベーターなどはない。

 建築した者達も観光客が登る事なんて想定していないから、大円蓋クーポラに続く回廊や階段は、やたらと細くて急な物ばかりなのだ。

 その数464段。騎士でも理由無く登りたい数ではない。

「体調が良くないなら無理はさせん。何だったらそこのカッフェで休んでろ」

「カップルじゃないと意味ないでしょ」

「でもあの上からなら、俺の目でも探せるかもしれないしな」

 ヒューズの言葉に、レナスは彼の目をのぞき込んだ。

「あんたも目の調子悪いの? いつもならこの手の輩、その目でさくっと見つけるわよね」

「ここ最近、フロレンティアに妙な魔力が流れ込んでいてな。俺の目は勿論、探索系の魔法は上手く発動しないらしい」

「何か物騒ね」

「でもクーポラの上には浄化の魔石もあるし、そこでなら見当くらいはつけられるかもしれん」

 だから登ってくると言うヒューズ。すぐ戻ると彼は言うが、だからこそレナスは彼の手を放せなかった。

 彼がすぐといったら本当にすぐなのだ。あのきつい石段を駆け上るのは容易く想像できるし、その上目に負担をかけてまで、彼は探索の速度を上げるだろう。

 レナスも疲れているが、ヒューズだって休みがなかったのは同じだ。それに傷こそ無い物の、ここ数ヶ月の間に、彼は体に負荷のかかる異形への変身や魔力の酷使を何度も行ってきた。

 これ以上は彼の体だってもたない。そんな状況で、負担を跳ね上げる事などできるわけがない。それも自分の我が儘の所為で。

「やっぱり私も行く。もし上に犯人がいたら、二人の方が良いと思うし」

「体、きつくないか?」

「体力はまだまだ大丈夫。ただ、階段が嫌で我が儘言ってみたって言うか……」

 今更のように恥じれば、ヒューズが苦笑しながらレナスの頭を軽く叩く。

「体調が悪くなったら言え、お前一人くらいなら担げるから」

「そっそれは絶対嫌!」

 手を繋ぐだけでこんなに恥ずかしかったのに、と言う言葉は何とか飲み込んだ。

 それからレナスは、赤く染まった頬を詮索されないようにと、素早く大円蓋クーポラへと続く小さな木の扉をくぐった。

 ヒューズはしきりに大丈夫かと繰り返していたが、観光客達に紛れて狭い石段を登り始めれば、さすがに言葉を押し込める。喋れば喋るだけ息が上がるのをわかっているのだろう。

 狭い螺旋階段を上り、むき出しのレンガに覆われた暗く細い回廊を進むこと10分、ようやく視界が開けたそこは、大聖堂内部を見下ろせる大円蓋クーポラの真下だ。

 そこから見下ろす大聖堂は圧巻。だがそれ以上に目を引くのは巨大な大円蓋クーポラ全体を使って描かれたフレスコ画だ。

 かつてこの世界で信仰されていた神をモチーフにしたそのフレスコ画は、人々が下から仰ぎ見ることを想定して描かれたそうで、何百年という時を経た今でも、息をのむほどの迫力と荘厳さを有している。

 そんなフレスコ画を間近に見ることが出来るのは、大円蓋クーポラへ続くこの道だけなので、観光客の多くがそこで足を止めている。

 そしてもちろんレナスとヒューズも、そこで一息つくことにした。

 この場に来るのが初めてではないレナスも、大聖堂内部とフレスコ画の美しさには感動を覚えるが、まだ道のりが半分だと思うと少しげんなりする。

 その上予想以上に息が上がっており、膝も僅かに震えていた。

 そんなレナスに、ヒューズが手渡したのは水の入った水筒。

 出かける前になにやら準備をしていたのは、これを見越してのことだろう。

 たぶん、彼の方がレナスよりも彼女の体調を把握している。

 それがちょっと悔しくて、レナスは奪うようにして水筒を掴んだ。

「中身がワインなら良かったのに」

「ワインならさっき飲んだだろう」

「飲み足りない」

「仕事が落ち着いたらな」

 とか言いつつ、今日はあまり飲ませて貰えないだろうが、それでも体はアルコールを欲している。

「早く上に行こう、そして早く飲みに行こう」

「もうすこし休んだほうがいいんじゃないか?」

「これくらい平気」

 そのあともう一度ヒューズが大丈夫かと確認したのは、この先が更にキツイと知っているからだ。

 それを無視して再び薄暗い通路へと入ると、傾斜が急にきつくなる。

 ここからの登頂は、垂直な壁を登るような感覚に近く、高さのある石段と圧迫感との戦いだ。

 ただでさえ視界が悪いレナスにとってそれは苦行。しかし再び息が上がり始めたとき、傾きそうになる体をヒューズの腕が支えた。

 狭い通路では体格の良い彼の方がむしろ辛いはずだ。けれどヒューズは息を切らすこともなく、レナスの体を押し上げるように彼女を支えている。

 先ほどまで前を歩いていたのに、さり気なく後ろに移動したのはこのためだったか。

 それに気付くと同時に、さり気ない優しさに顔が赤くなる。

 階段内部の薄暗さに感謝しつつ、レナスはヒューズの腕に甘えることにした。

 石段を睨みながら一歩一歩足を踏みしめる二人。

 そうしてようやく二人が頂上に到達したのは、レナスの頬が違う意味で上気しはじめた頃だった。

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