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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
□隊長達の葛藤編□
124/139

ShortEpisode02-2 不安と我が儘と乙女心

 居間に戻ると、もはやそこは別世界だった。

 傷を庇いながらの入浴はいつもより時間がかかったが、それでも30分ほどで着替えをすませた。

 にもかかわらず、居間だけでなく寝室や廊下なども、先ほどの荒れようが嘘のようにきちっと片付いている。

 レナスが酔って暴れた所為で傾いていた家具は元の位置に戻され、ゴミや読んだまま放置されていた雑誌類は一所にまとめられ、汚れた食器類は全て流しの中でピカピカになっている。

 そしてそれらをたった一人で片づけた男は、洗濯の終わったレナスの衣服を干していた。

 いつもながら仕事が速い。そう感心すると同時に、レナスは今更のようにヒューズの服装が普段と違うことに気がついた。

 服を選ぶのが面倒だという理由で、たいていの場合ヒューズは休日でも隊服でいることが多い。だが今日は以前レナスが彼の誕生日に送ったステイツ産の黒いデニムにブーツ、そして夏用の白いシャツに薄手の黒いベストという出で立ちだった。

 それに気付くと同時に高く跳ねた胸に、レナスは思わず頬を赤らめる。

 別に彼の私服を全く見たことがないわけではない。むしろ騎士団にはいるまでは隊服なんてなかったし、今だって時々は見ている。

 でも今日の服はデートのための物なのだ。レナスと出かけるために、身だしなみを整えるのが苦手な彼が、私服を選んできてきたのだ。

 そんな些細なことが、何故だか凄く嬉しくて。でも一方で、仕事が絡んでいるからかもしれないという考えも頭をよぎり、レナスは一人葛藤をする。

「おい、髪まだ濡れてるぞ」

 だが彼女の苦悩も気づかないヒューズは、いつもの口調でそんな指摘をしてくる。

 彼にじっと見られていることに気づいたレナスは、今更のようにだらしのない自分の格好を恥ずかしく思った。

 その上包帯を取ってしまったので、目の傷も露わになっている。

 もう何度も見られている物だけれど、今日だけは、デートの間くらいは一番綺麗な自分を見て欲しいといじましい乙女心が主張する。

「大丈夫、すぐ渇くし」

 濡れた前髪で傷を隠すレナス。その肩に掛かるタオルを手に取り、ヒューズはレナスの頭にそれを乗せた。もちろんレナスは抵抗しようとしたが、抱え込まれるようにベッドに座らされては手も足も出ない。

「ドライヤー、まだ壊れたままなのか?」

「そうだけど、頭くらい自分で…」

「そう言って何度風邪を引いた」

 その小言も何度目だろうと唸るレナスの後ろに座り、ヒューズは傷をいたわりながら髪を優しく拭いていく。

 これは、意外と恥ずかしい。

 タオルの所為で傷と赤く染まった頬を見られないのは良いが、あまりに近いその距離にレナスは悲鳴を上げかける。

 今まで何事もなく頭を拭かれていた頃には、もう戻れそうもない。

 そして同時に、自分とは逆に躊躇いも見せないヒューズに少しだけがっかりする。

 多分彼にとって、レナスを拭くのも濡れた犬を拭くのもきっと同じだ。

「これくらいか」

「…ありがとう」

「髪とかしてこい、そしたら傷の消毒するから」

「いい、自分でやる」

「出来るのか?」

 できない。

 でも傷を見られるのも嫌で、レナスは髪をとかすと同時にガーゼで傷口を覆った。

 消毒をすませたことにしてとりあえず包帯だけ巻けと迫れば、ヒューズは怪訝そうにしながらも手伝ってくれる。

「そういえば、今日どこに行くんだ?」

 包帯を巻きながら尋ねるヒューズ。それにレナスはポカンと口を開ける。

「考えてなかったのか?」

「そっそう言うのはあんたが考えるべきでしょう!」

 図星を指されて意地になれば、ヒューズは苦笑する。

「考えてはあるけど、啖呵切ってたから行きたい場所でもあるのかと」

 ある、と言う言葉に内心ガッツポーズをしたのは勿論秘密だ。

「あんたが考えた場所で良い」

 表面上は不満な顔を取り繕って言えば、ヒューズがズボンのポケットからフロレンティアの地図を取り出す。

「通り魔が出る場所にチェック入れてきたんだ。見たところ同じ場所で犯行に及ぶ傾向があるようだから、そこをメインに回ろうと思う」

 取り繕うための不満な表情が、本物の不満に変わった。

「それ、本気?」

「疲れも取れてないだろうし、少しでも効率的に回った方が良いだろうと思って」

「それ、本気?」

 2度目の問いかけに、ようやくヒューズは自分が地雷の上に足を乗せていることに気がついた。

「他に行きたい場所があれば、勿論そこも寄るけど」

 その提案は逆効果でしかなかった。

「私はデートがしたいの!」

「わかってるって」

「わかってない、全然わかってない!」

 ヒューズから腕を放し、レナスは膝を抱えて彼に背を向ける。子どものように拗ねることしかできない自分がまた悔しくて、そしてそれを見つめるヒューズはきっと親のような顔をしているのだろうと想像して、レナスは更に機嫌を悪くした。

 この1週間、恋人らしいことをヒューズがしたことは一度もなかった。正直レナスも彼との接し方をどう変化させれば良いかわからないところはあった。

 でも二人きりになればもう少し良い雰囲気になると思ったし、ヒューズとならそうなっても良いと思ったのだ。

 けれど彼は何も変わらない。服は違うが、レナスへの態度も言葉もいつもの彼のままだ。

 意識しているのは自分の方だけなのだというのがたまらなく悔しい。

 確かに指輪をねだったのは唐突だったが、買ってくれたからには自分の恋人になりたいという思いがあると思っていた。だがもしかしたら、彼はただレナスがほしがった物を与えただけのつもりなのかも知れない。

 一度後ろ向きになった考えはどんどん暗い方向に走り、悔しい気持ちは悲しい気持ちへと繋がっていく。

 泣きそうになっている自分に気付いて、レナスは慌てて肩にかけられたままのタオルを引き上げようとした。

「悪かった、気が利かなくて」

 だがその腕を、ヒューズが優しく取る。

 ただそれだけで体が熱を持ち、レナスは思わず悲鳴を上げかける。

 それと同時に降りてきたのは、ヒューズの唇だ。

 額だったのは少々不満だが、それでも彼がただ仕事でここに来ているのではないと気付くには十分だった。

 恐る恐る顔を上げて、そしてレナスは本音をこぼす。

「仕事もちゃんとやる。でも初めてのデートだから、仕事に全部持って行かれたくない」

「わかってる、俺も言い方がまずかった」

 言いながら、ヒューズが先ほどの地図をもう一度差し出す。それから彼は、酷く歯切れの悪い声でもう一度検討して欲しいとレナスに懇願する。

「一応、通り魔が出た場所の他にいくつか、お前が行きたがってた店もかいてあるから」

 地図を覗き込んで、そしてレナスは息を呑む。

 仕事中や二人の時に、独り言のように「あそこにいきたい」「ここで食事がしてみたい」とこぼした言葉を、ヒューズはしっかりと拾っていたのだ。

 通り魔が出るのは街の中心地と、デートスポットであるミケランジェロ広場付近が多いので、その周辺の店に限定しているが、それでもその地図はレナスの望みを的確に押さえている。

「これヒューズが自分で作ったの」

「一応」

「デートコースって言うか、巡回コースみたいな書き方ね」

「仕方ねぇだろ、デートコースの組み方なん知らねぇし」

 歯切れが悪いのは照れているからなのだろう。確かにヒューズはこの手のことが得意なタイプではない。

「でもその割には押さえるべきポイントはバッチリじゃない」

「デート自体は仕事で何度かしたことはある。…ただ、お前と行くとなるとな」

「なんで私じゃダメなのよ!」

 やはり恋人だと思われていないのかと不安になれば、それに気付いたヒューズがレナスの頭を優しく撫でる。

「この気持ちは一生言わないつもりだったんだ。だから付き合ったらどうするとか、ましてやデートに行くなんて考えたこともなくてな」

 正直どうすればいいかわからない。

 そう言うヒューズは本当に困った顔で。でもそれは決して、見ていて不快になる物ではなかった。

「前から思ってたけど、ヒューズはもっと我が儘になるべきね」

「そう言われても、お前の側にいられれば割と満足って言うか…」

「もしかして、手も出したくないとかじゃないでしょうね!」

 筋肉の多い所為で人より色気がないと思っているレナスは、思わず声を荒げてしまう。

「もしそうだったら服を着ろと口を酸っぱくして言わん」

 と言うことは、一応女としては見ていてくれていたようだ。思わずホッとすると同時に、レナスは思わず顔を赤らめる。

「その割には二人きりで何もしないし…」

「襲ってほしいのかお前」

 その言葉に思わず距離を取れば、ヒューズは呆れ顔だ。

「自分で誘っておいて、そんなに嫌がるなよ」

「だって突然だから」

「お前が嫌ならするつもりはねぇし、体調が万全じゃない女を襲ったりもしねぇよ」

 と言うことは今日は何もしないつもりなのだろう。

 それをなんだか残念だと思ってしまった自分に気付き、レナスは内心ギャーと悲鳴をあげた。

 いつもなら、その手のことは考えるどころか頭をよぎることさえほとんど無い。

 デートをして、手を繋いで、キスを貰えればそれで満足していたのだ。正確にはその先を望めば否応にも腹筋をさらさなければならないので、考えること自体勇気がいったのだ。

「どうしよう、私上手くないのに…」

「おい、考えがだだ漏れだぞ」

 それにまた悲鳴を上げれば、ヒューズはいつもの呆れ顔だ。

「とりあえず外に行こう。俺だって生物学上は雄だ、そんな露骨に誘われたらもたん」

「誘ってない!」

「なら服を着替えろ。その格好は目に毒だ」

 言われるがまま体に目を向けると、止め方が悪かったのか胸元がいつもより広く開いている。

 その上先ほどまでは濡れたタオルを肩にかけていた所為で、肩から胸の辺りがしめっており、そこだけ肌が透けてしまっていた。

 先ほどからヒューズが視線をそらすことが多かったのは、多分この所為だ。

「きっ着替えるからまってて」

「わかった、居間の方にいる」

 素直に頷いて、そしてレナスはクローゼットを開いて、そして絶句した。

「お前、そこにも服ため込んでたのか」

 出かけようの衣服は洗濯した物としていない物がごちゃ混ぜになり、もはやきれる物がどれだかわからない。

「さ、最近デートしてなかったから!」

 そして家にいるときはロクに服を着ていなかったからと慌てるレナス。

 結局その中の服も全て洗濯する羽目になり、初デートは更に遅れる羽目になった。

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