ShortEpisode01-0 望んだ言葉と望まぬ説教
『奇跡』
いつもは着たまま帰る隊服を鞄にしまい、おめかしをして意気揚々と隊室を出て行く部下達を見つめながら、レナスの脳裏をよぎった言葉はそれだった。
彼女たちの今夜の予定は勿論デート。
ガリレオ騎士団の余り物と称される第4小隊に春が訪れたのは、1週間ほど前、カルチョ・ストーリコの舞踏会に、警備として参加したのがきっかけだった。
彼女たちの華麗な戦いぶりを見初めた男達の熱烈なアプローチに一人また一人と相手を見つけ、今では隊の殆どが彼氏持ちという状況である。
故に就業時間を迎えるやいなや隊室から人は消え、ただ二人残っているのは隊長のレナスと副隊長のキアラだけだ。
「すいません、私もそろそろ」
そしてその片割れのキアラも、おめかしはしていないがどこかそわそわした顔でレナスを向ける。
「今日は帰りが遅くなると思うので、先に寝てて下さい」
「むしろ、あんたはそろそろ朝帰りをしても良い時期だと思うけど?」
真っ赤になって慌てるキアラに冗談だと笑って、それからレナスは深く椅子に腰を下ろす。
そうしてついに一人になり、そこでレナスは自分の薬指を見た。
「っていうか、これおかしくない?」
恋人を見つけデートに挑む部下達。それを見送る自分の指には、婚約指輪が光っている。
なのに自分には今夜の予定がない。というか、この1週間何のイベントもなかった。
「あいつ、本当にただ買っただけのつもり何じゃ…」
思わず腕を組んだそのとき、開くことがないと思っていた隊室の扉が唐突に開いた。
そこから顔を出したのはレナスの指輪を贈った張本人であるヒューズ。
彼は人気のない隊室を見回し、それから暇そうに座っているレナスに目を向けた。
「どうしたの?」
これはもしかしたらと期待を込めて声を上げれば、ヒューズは書類の束を手に隊室に入ってくる。
その時点で既に嫌な予感がしたが、それでもと身構えればヒューズが怪訝な顔でレナスを見下ろした。
「お前なぁ、いい加減報告書くらいちゃんと書けよ」
案の定、彼が持ってきたのは仕事の書類らしい。
「そんなことか…」
「そんな事じゃねぇだろ! 支離滅裂だし、字は汚たねぇし、サインはねぇし!」
「字が汚いのは前からでしょ!」
「開き直るな! 自覚してるならちゃんと書けちゃんと!」
言いつつ目の前に広げられる書類に、レナスはふくれ面である。
「私もう帰るんだけど」
「とりあえず、中身は直したからサインだけしろ」
「こんなに?」
「たかが5枚だろ、すぐやれ」
「なんか、そう言う気分じゃない」
「お前の所為で残業してる俺に、良くそう言うこと言えるな」
「別に直して何て頼んでないし」
「なら自分でやるのか?」
「やんないけど」
渋々ペンを手に取り、レナスは書類にやる気のない文字でサインをいれていく。
「……ねえ」
「今度は何だ?」
「みんなデートに行っちゃった」
「他の奴らはちゃんと仕事してるからな」
そう言う意味じゃないと怒鳴り、レナスは乱暴にサインを書き入れる。
「おかしいと思わないの?」
「何が?」
「周り全員デートなのに、私だけここにいるのよ」
「だから仕事を……」
「あんたが誘わないからでしょうが!」
椅子を倒す勢いで立ち上がり、レナスはヒューズの胸ぐらをつかむ。
「忙しいのは認めるけど、これ貰ったきり一度も恋人っぽい事してない」
薬指を突き出すレナスに、ヒューズが僅かにたじろぐ。
「あんたも明日休みなんでしょ! なら言うこと言いなさいよ!」
半ば脅迫じみた物言いで首を絞められ、ヒューズは息苦しさに咳き込む。
「とりあえず、息が出来ない…」
「んなことより!」
そう怒鳴った直後、ヒューズが言葉を重ねるよりも早く唐突に隊室の扉が開かれる。
「お前等、デートとかする予定ない?」
開かれた扉の向こうから、記念すべき初デートの誘い文句を横取りしたのは、騎士団長のヴィートだった。
こちらは、本編から少し外れたショートエピソードです。
いつも以上にラブコメ度&糖度が高めになる予定ですので、苦手な方はお気をつけ下さい。
メインストーリーとリンクはしていますが、基本的にラブコメ&ギャグですので(本編もギャグですが)、飛ばして頂いても構いません。
気に入ってくださった方は、引き続きお楽しみ下さい^^