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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■隊長達の絆編■
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Episode10-1 一夜が明けて

 舞踏会の騒ぎから一夜が明けた朝、カルチョ・ストーリコの決勝戦を4時間後に控えたフロレンティアは、すでに例年以上の盛り上がりを見せていた。

 舞踏会の騒ぎは、フロレンティアで発行されている新聞各紙を大いににぎわせ、特に事件の解決に尽力した王子と騎士の注目は更に高まっていた。

 是非決勝戦でも彼らの活躍を見たいと願う人々で、この時間から当日券売り場には人が列をなしている。

 また試合中継が見られるバールやカッフェには既に多くの人々が詰めかけ、大繁盛のようだった。

 朝が遅いフロレンティア人が、こうも早くから活動的になるのは珍しいこと。

 だがその一方、活動的になりすぎた人々の起こす騒ぎで、騎士団は早朝からてんやわんやだった。

「ああもう! こっちは一睡もしてないのに!」

 隊室に設置されたスピーカーから流れる出動要請に、耳を塞ぎながら机でぐったりしているのはレナス。

 さすがにドレスは脱いだが、家にも帰れず風呂にも入れてないので、髪と肌は荒れている。

 それは周りの騎士達も同じで、こんな事なら美容院でセット何てするんじゃなかったと、整髪料などで硬くなった髪に悲鳴を上げている者も多い。

「あと1時間でシフトが終わります、それまでは頑張りましょう」

 疲れ果てている一同に声をかけたのはキアラ。それから彼女は、さり気なく傷を押さえているレナスに気付く。

「少し休んでもかまいませんよ。傷、痛むんでしょ?」

「痛いからこそよ。何かしてないと気が紛れないし」

 そう言って微笑んだ瞬間、今度は慌ただしい足音が隊室へと飛び込んでくる。

「レナスさん!」

 そう言って飛び込んできたのはアルベール。

 また面倒ごとかと身構えたその直後、アルベールは彼女の腕を取った。

「結婚してください!」

 どよめきと呆れ、そしてレナスがアルベールの頭を叩く音が隊室には響く。

「優勝はどこ行った」

「もうしたんだ…」

 不本意そうなその言葉に首をかしげれば、アルベールから僅かに遅れヴィンセントとヒューズが顔を出す。

「ねえ、こいつに求婚されたんだけど」

 不満げなレナスに、昨日の事件の顛末は知っているかと尋ねたのはヒューズだ。

 会場の警備で手一杯だった第4小隊及び第5小隊に変わり、調査と取り調べを行ったのは応援で呼ばれた別の騎士達だった。しかし同じガリレオの騎士であることもあり、事件の真相は耳に入ってきている。

 聞くによると、どうやら昨日彼女たちを襲った男たちは正真正銘の暗殺者。人殺しを生業とするマフィア崩れの男たちであったらしい。

 そしてそれを雇ったのは、なんと本日アルベールたちと対戦するサンタ・マリア・ノヴェッラ地区の監督だと言うのだ。

 何でも、騎士相手に勝てる見込みがないと思った監督は、騎士と張り合える強者を別に手配し、舞踏会に潜入させる計画を思いついたらしい。

 武道家の集団、剣術学校の生徒などを当たろうとしていたところ、彼は酒場でとある貼り紙を見つけてしまった。

「荒事引き受けます」の文字と、その内容は問わないと書かれたその張り紙に、監督は一も二もなく飛びついた。

 そして喜び勇んで金を払い、舞踏会に招き入れてようやく彼は気付いたのだ。相手がその道のプロであることに。

 暗殺者だとわかった瞬間こわくなり、止めることも出来なかったのだろう。

 騎士達が調査を始めるやいなや、泣きながら謝りだしたというので大きな罪には問われないらしいが、それでもお咎め無しとは行かなかったようだ。

「荒っぽいが、カルチョ・ストーリコは国の行事だからな。このまま続行するわけにはいかないと運営が決めたらしい」

 ヒューズの言葉に第4小隊の一同が息をのめば、彼は静かに告げた。

「発表はこれからだが、多分決勝戦は中止。うちのチームの不戦勝という形になるらしい」

 不戦勝でも優勝ですよね、と言いつつどことなく焦点が定まっていないアルベール。

 決勝戦が無くなったことが相当ショックだったと見える。というかショックでちょっと壊れている気もする。

 でも正直、レナスの心配はアルベールよりも他の所にあった。

「チケット、払い戻しあるの?」

「そこなの!」

 とアルベールは泣きついたが、それを考えていたのは皆同じだ。

「覚えてない? 一昨年の決勝戦も、舞踏会でおきた不祥事で取りやめになったじゃない。おかげで翌日は大荒れだったのよ」

 アルベールは覚えがないようだが、チケットの払い戻しがないことに怒った人々が会場に詰めかけ、酷い騒ぎが起こったのだ。

「その上今年はあんた等の人気に便乗して、立ち見席までガンガン出してたしね」

 そして裏では通常の2倍以上でチケットが取引されていたという噂もある。

「残念ながら、払い戻しは行わないそうです」

 静かに告げたのはヴィンセント。その言葉に騎士達はギャーと叫びを上げた。

 これはもう当分帰れない。帰れたとしても生傷の一つや二つではすまされない。

 一昨年の地獄を経験した者が多い第4小隊では、殆どの騎士が神に祈りを捧げ始めていた。

「さすがにガラハドの方からも騎士を出す手はずを整えていますが、荒れるでしょうね」

「お互い生きて明日を迎えられればいいわね」

「生存率を上げるコツは?」

「運かしら」

 力無く笑うレナスに、ヴィンセントも苦笑するほか無い。

「とりあえず、アルベールも告白してすっきりしたようなので連れて帰ります」

「待ってよ、僕まだ答えを聞いてない」

「生きて帰ってこれたらね」

 と笑えば、それまでのだらしなさは嘘のようにアルベールがしゃきっと歩き出す。

「行こうヴィン。僕たちの力で1秒でも早く騒ぎを静めよう」

 出て行く二人の背を見送りながら、ヒューズがちらりとレナスを見る。

「戦地へ赴く前に恋人と約束した奴って、大抵帰ってこれないよな」

「恋人じゃないし」

「そう言う問題じゃねぇだろう」

 呆れつつ、ヒューズはレナスの傷を見る。緩んだ包帯を見れば、昨晩治療を受けてからアレッシオの元に行っていないのは明らかだ。

「今のうちにアレッシオの所いっとくか。当分戻ってこれなくなるだろうし」

「ついてきてくれるの?」

 思わず息をのんだのはレナス。その前で、ヒューズが僅かに目を伏せた。

「やっぱり、俺はいらないか?」

 甘えないと宣言したことを、やはり彼は覚えているのだとレナスは気付く。

 今更ながらにあんな事を言うんじゃなかったと彼女は後悔したが、しかし上手く撤回する方法も見つからない。

 だがアレッシオからは、少なくとも1週間、毎日治療が必要だと言われた。

 その間、ヒューズ無しで乗り切れる自身は到底無い。

 ここが素直になり時かと、アレッシオの言葉を思い出し、レナスはヒューズの手を掴んだ。

「あれ…延期してもいい?」

「延期ってお前…」

「今はまだ、無理みたいで」

 今言えるのはこれくらいが精一杯。しかし掴まれた腕を彼はふりほどかなかった。

「初めから、お前を一人にする気なんて無かったんだ。だから好きなだけこき使えよ」

 いつもとは違い、先に歩き出したのはヒューズ。それ追うようにしてレナスが隊室から出て行くと、騎士達が顔を見合わせる。

「あれはついに、レナス隊長自覚したんじゃない?」

「いつまで待たせるのって感じよねぇ」

「でもヒューズ隊長は気付いてるのかしら?」

「すぐ気付くわよ。うちの隊長、恋心を隠せるほど器用じゃないし」

「じゃあ、祝いの酒でも買っときましょうか」

 そう言って喜び合う騎士達は、もうずいぶん前から二人の絆の行き着く先を知っている。

 むしろ騎士団内で気付いていないのは当人達くらいの物だ。

「何とか今日を乗りきって、二人で花火を見に行けると良いですね」

 毎年、カルチョ・ストーリコの最終日の夜は、アルノ川の上に大輪の花火が咲き乱れる。それを恋人同士で見ると末永く幸せになれるという伝説があり、願わくば隊長の恋が今度こそ叶うようにと、キアラは思わず祈った。

 まあ残念ながら、カルチョ・ストーリコの夜はそこまで甘くはないのだが。

※11/13誤字修正しました。

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