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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■隊長達の絆編■
115/139

Episode09-1 恋の自覚は痛みと共に

「…アルベールは行った?」

「行きました」

「戻ってくる気配はない?」

「ありません」

 キアラが答えた途端、救護班の待機していたホテルの一室でレナスがギャーと悲鳴を上げた。

 もう少し女らしい悲鳴にしなさいよと突っ込んだのは、ガリレオ騎士団随一の治癒術師であるアレッシオだ。

 明らかに顔も体も男だが、心が乙女な彼はレナス達同様ドレスでめかし込んでいる。ちなみにレナスとは同期で、彼女の治療を担当するのはいつも彼だった。

「ホント痛い、なにこれ、今まで一番痛い!」

「そりゃあんた、額から頬にかけてザックリよ」

「やだ、もう鏡見たくない」

 と言うより見れない顔になってるのかと情けなく聞き返す隊長に、思わずため息をついたのはキアラだ。

「アルベールさんの前ではカッコつけてたクセに」

「あそこでカッコつけないと、あいつ絶対ウジウジするじゃない!」

 それは同意だが、先ほどとの落差に驚くより呆れてしまう。

 実際レナスが怪我を負うのは良くあること。

 そもそも騎士を生業にしていて生傷がないという方がおかしい。だがしかし、傷を負うことに関してはためらいがないが、やはり痛みになれると言うことはない。

 人前では気丈に振る舞っても、一歩身内の中に戻ればこの有様である。

「痛すぎて死ぬ。今すぐ顔の右半分切って捨てたい」

「そしたら今度こそ結婚できないわよ」

「ねえ、この傷残る? 残るかな?」

「その前に目の心配しなさいよ」

 そう言いながら、アレッシオが持ち出したのは20センチほどもある細くて長い針だった。

 アレッシオが行う治療は、妖精術と呼ばれる医療魔法とこの特殊な医療器具を用いて行われる。

 この長い針を傷に刺し、そこから怪我をした箇所に直接魔力と魔法を流し込むことで、免疫力や治癒力を飛躍的に高めるのだ。

 とは言っても針が通らぬ堅い物、骨折や頭蓋骨で覆われた脳の怪我などは治せないので万能ではないが、少なくとも騎士が負うことの多い裂傷などを癒やすのは得意である。

「さあ、とりあえず目からいくわよ」

「待って、それ刺すの?」

「どうせ見えてないでしょう?」

「やだ、やだやだやだ!」

 完全にだだっ子となりはてるレナス。

 それを慌ててキアラが押さえたが、レナスの怪力の前では歯が立たない。

「やっぱりヒューズがいないとダメか」

 投げ飛ばされるキアラを避けながら、そう言ったのはアレッシオ。

 彼の治療が苦手なレナスが暴れるのはいつものことで、それを押さえる役目を押しつけられるのは、いつもヒューズだった。

 とりあえず応急処置だけして、ヒューズの手が空くの待とうと本気で考えたとき、レナスが静かに動きを止めた。

「ヒューズは、呼ばないで」

 我慢すると告げられ、アレッシオは耳を疑った。

 そしてヒューズを呼びに行こうとしていたキアラも動きを止める。勿論驚愕の表情で。

「頭でも打ったの?」

「いや、ちょっと…」

 それの原因を見抜いたのはアレッシオ。

 キアラの方は気落ちした隊長を不安げに見ていたが、むしろ彼はおかしそうに微笑んでいる。

「で、ヒューズと何があったの?」

 びくりと動きを止めたその隙を逃さず、アレッシオは素早く針を突き刺す。

 針を目に刺す、と聞くと痛々しく思えるが、特別なその針は傷口に触れた瞬間、溶けるようにきえてしまうので痛みもほぼ無い。

 勿論中には痛みを伴う針もあるが、目のように細やかな治療を必要とする箇所に使う針は特別製なのだ。

「何でわかるのよ」

「だって、私もヒューズを愛する女の一人ですもの」

 えっ!と声を上げたキアラの頭をさり気なく叩き、それからアレッシオはレナスの肩を抱く。

「もう頭来るわよね、いつ会いに行っても周りは小娘だらけだし!」

 その若さと勢いにはさすがのアレッシオも対抗できず、もう5日も声を聞いていないと彼はむくれる。

「普段接点がない私だって頭に来てるんだから、あんたがイライラするのは仕方ないわよ」

 アレッシオに言葉にレナスは無言だった。その代わり、なるほどと手を打ち合わせたのはキアラだ。

「そうか、レナス隊長がおかしかったのは、ヒューズ隊長が側にいなかったからなんですね」

 今更のように納得するキアラ。そしてレナスもまた、キアラの言葉で自分の感情に気付かされる。

「その上、拗ねた勢いで『ヒューズ離れする!』とか宣言しちゃったんでしょ」

「なんでそれを…」

「わかるわよ、あんたと何年付き合いがあると思ってるの」

 言いながらさり気なくレナスの右目に魔法をかけて、それからアレッシオは彼女の傷を見る。

「素直になり時じゃない? この傷、私の魔法でも1ヶ月じゃ治らないわよ」

「じゃあ、確実に結婚…」

「まあお見合いも無理でしょうけど」

 顔に傷があるからと、婚期を逃した先輩騎士達の姿を見たのは一度や二度ではなく、レナスは思わずうなだれた。

「でもヒューズなら大丈夫よ。あんたみたいなチンピラの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれてんのよ、今更外見もチンピラみたいになったって、気にもしないわよ」

「チンピラって何よ!」

「金はせびる、食事は奢らせる、機嫌が悪いとすぐ殴る。これの何処がチンピラじゃないのよ」

 自分では言い返せなかったのでキアラに援護を頼もうとしたが、彼女もまたあからさまに視線をそらしている。

「でもそれが良いって言う男なんだしさ」

「良いなんて言った事無いわよ。いつも呆れてるし、困ってるし、嫌ってるし」

「最後の一個はあんたの被害妄想。あいつが大人気なのはわかったんでしょ?」

 痛いほどに。

「それは今に始まった事じゃないし。でもあえてあんたの側にいたって事はさ、ちゃんと理由があるのよ」

「昔の恩とか、仕事とか…」

「逃げ道探してる時点で、自分があいつのこと意識してるって気付いてる?」

 言われて、それでも違うと思い込もうとした。しかしまたしても、キアラがレナスの気持ちを言葉にしてしまった。

「好きだって認めた方が良いですよ。今週の隊長、それはもう挙動不審でした」

「この恋愛偏差値マイナス10点のキアラにまでおかしいって思われてたのよ。いい加減認めなさいな」

「でも15年もいて、一度も好きだなんて……」

「気付いてなかっただけよ。端から見れば嫉妬は前からしてたし、やたらとかみつくのも構って欲しくてしょうがないって感じだったし」

「そうなの?」

「あんたはさ、ヒューズの側にいたくてたまらないのよ。でもたぶん、その気持ちに鍵かけてる」

 共に過ごした時間が長すぎたのか、それとも護衛とその対象というくくりに必要以上に縛られていたのか。言われてみれば浮かんでくるその原因に、レナスは頭を抱えた。

「好きだなんて、考えたこともなかったの」

「でも、離れるなんて選択肢もなかったんじゃない?」

 アレッシオの言うとおりだった。彼が離れてしまうかもという恐怖に支配されるまで、当たり前のようにヒューズは自分の物だと思っていた。

「私、どうしたらいい?」

 急な自覚に戸惑うレナスに、アレッシオが新しい針を持って微笑む。

「指輪でもねだってみたら?」

 案外ぽろっとお金出すかもと笑い、そしてアレッシオが彼女の傷に針を刺す。

 途端にレナスはまたしても色気のない悲鳴をあげた。

「あ、ごめん。今度のはちょっと痛い」

「先に言って!」

「あともう一本」

 いやだと叫んで暴れるレナス。

 迫り来る針に、彼女の心はあの男の名前を呼んでいた。

 もう気付いた想いは否定できない。アレッシオの言葉は、多分正しい。

 故にレナスは、ブティックでの言葉を今更酷く後悔した。

 彼を手放す事なんて絶対に無理だ。その上違う女の所へ行くのを我慢できるわけがない。

 しかし、多分ヒューズはそれを受け入れたのだ。ドレスを脱いで外に出たとき彼の姿はそこにはなく、いつもなら一番に駆け付けてくれる彼の腕はそこにはない。

「すぐ終わるから、少し我慢しなさい」

「だめ、一人じゃ無理」

 アレッシオとキアラの体を反射的に投げ飛ばし、レナスはベッドの上から逃げようともがいた。

 だがそのとき、キアラとは別の、たくましい腕がレナスの体を押さえ込む。

「ホントに成長しねぇなお前…。部屋の外まで悲鳴が聞こえてたぞ」

 そこにいたのは、レナスが来て欲しいと願った男だった。

「なんで…」

「あんまりうるさいから、お前の部下達が心配してな」

 痛みに騒いでいるのを聞きかねてヒューズを送り出してくれたらしい。

 いないときはあんなに切望していたのに、いざ目の前に立たれると気恥ずかしさの方が先に立ち、レナスは顔を赤らめた。

「話、聞いてた?」

「悲鳴なら」

 ならいいとホッとした瞬間、またしてもアレッシオが問答無用で針を打ち込んだ。

 しかし悲鳴を上げようとした瞬間、レナスの頭はヒューズの腕に優しく抱え込まれる。

 悲鳴はでなかった。どうやら心とは反対に、体が勝手に彼の温もりに安心感を覚えているらしい。

「やっぱり最初から連れてくれば良かった」

 途端に楽になった治療に、アレッシオは大喜びだ。

 一方で既に痣が出来ている腕に、勘弁してくれとヒューズがため息をつく。

「明日は朝から試合なのに、腕を折られたら叶わん」

「とかいいつつ、心配して飛んでいたんじゃないの?」

 アレッシオの言葉にヒューズの表情が変わった。

 それにレナスも気付いたが、その意味を考察する暇はない。

 アレッシオが更に太い針を刺したのだ。

「あ、ごめん。今度のはさっきよりもっと痛い」

「だから先に言って!」

 どんどん太くなっていく針に、せっかくもらった安心感が四散する。

 それでも一人でいた頃よりはマシだが、結局ヒューズの腕のはレナスの爪痕やら殴打のあとが強く残る結果となった。

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