表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■隊長達の絆編■
110/139

Episode07-3 贈り物は別離の前触れ

「悪趣味」

 思わず零れた一言は、レナスの拳によって粉砕された。

「着飾った女を見て開口一番に悪趣味ってどういうことよ!」

 試着室のカーテンを開け放った格好のまま、怒鳴るレナス。

 そんな彼女に顔面を殴り飛ばされつつ、やはりついてきて正解だったとヒューズは改めて思う。

「その年でレースやらリボンやら装飾過多なドレスはねぇだろ」

「お姫様みたいで良いでしょう」

「お姫様って年かよ」

 再び殴られヒューズは鼻を押さえた。

 機嫌を直そうと思ってきたのは確かだ。だがあまりにも、あまりにも酷いそのセンスは、さすがに褒めるわけにもいかない。

 恐る恐るレナスを見れば、意固地になる一歩手前の表情がそこにはある。

 いつもより言葉に気を付けねばと思いつつ、ヒューズは目を付けていたドレスを彼女に渡す。

「それ着てみろ」

 ヒューズの一言に、レナスは不満そうな顔で試着室の中へと引っ込む。

 だが改めてドレスを見た彼女はカーテン越しに黄色い悲鳴を上げる。

「これすごく良い」

 でも値段が高いと唸るレナスに、ヒューズがあきれ果てた。

「出すって言っただろう」

「同意はしてない! 半額くらいは出すつもりだった!」

「出したらすっからかんだろ。だったら無駄な酒代はらわされるより、こういう物に使わされた方がまだマシだ」

「でもこれ、本当に…」

「良いから着てみろ。昼休みおわっちまうぞ」

 ヒューズの言葉に試着室の中が騒がしくなる。ヘタに焦って破かなければいいがと思いつつ、ヒューズはさり気なくこちらの動向をうかがっていた店員に目を向ける。

「今着てる奴を」

 お支払いはと答える店員に、ヒューズは手持ちのクレジットカードを渡す。それをためらいなく受け取る所、さすが高級ブティックである。

 観光客が多いフロレンティアでも、クレジットカードを利用出来る店はあまり多くはない。

 ヒューズが暮らしていたステイツでは、貨幣の偽造が度々起こるためむしろカードの方がありがたがられるが、フロレンティアではむしろ利益高の高い現金払いの方が好まれる。

 とはいえ貴族達富裕層の人間は、ステータスの一部としてカードを好んで使うので、このようなブティックではカードに慌てたりしない。

「やっぱりこれにする!」

 支払いを済ませている間に、ようやくレナスはドレスの試着を終えたようだった。

 笑顔でカーテンを開けたレナスに、ヒューズは息を呑んだ。

 コルセットを必要としない今風のドレスは、日頃の訓練のお陰で美しく保たれた彼女のボディーラインを美しく、不自然なく強調している。とはいえ同年代の女性にしてはつきすぎている腕や太ももの筋肉は緩やかなサテンの生地が美しく隠してくれるので、一見しただけでは彼女が騎士だと気付く者はいないだろう。

「へ、変かな?」

 何も言わないヒューズに不安になったのか、レナスはドレスをさすりながら僅かにうつむく。

「いや、ちょっと予想外だった」

「予想外に酷い?」

「だったら買ってない」

 店員からカードを受け取るヒューズに、今度はレナスが息を呑む番だった。

 無駄に気が利くのも、彼女に甘いのも今に始まったことではなくて。だからいつもなら、素直にありがとうと笑うことができた。

 でもそんな気配り上手なところが、そして彼のさり気ない優しさが女性には素敵に写るのだろうなと考えてしまった直後、レナスの息が止まった。

「…やっぱり、給料入ったら返す」

 ここ1週間意固地になっていた所為もあるのだろう。お礼をするつもりだったのに、それとは間逆の言葉が口から零れた。

「いいよ。詫びだ」

 でも怒っていたのはレナスの勝手で、ヒューズが詫びることなど何もない。

「いいの、あんたに甘えすぎてる自覚はあるし」

 自分で言葉にして、レナスは今更のように気付く。

「それにこれからも…、ずっと甘えられる訳じゃないでしょう」

 その言葉に、今度はヒューズの息が詰まった。

 レナスの言葉を、誰よりもわかっていたのはヒューズだった。

 なのに他ならぬ彼女の口から告げられると、こんなにも苦しいとは思っていなかった。

「あんただって木偶の坊じゃないし、いつか私より大切なヒトできるでしょ。でもきっと、今のうちから一人になれておかないと、甘えたくなるから」

「でもいつも言ってただろう、自分より先に結婚するなとか」

「思ってたけどさ、あんたが新聞とかでてるの見て気付いたの。あんたに憧れてる女の子は沢山いるって…」

「俺は誰も選ばない」

「選ぶ気がないだけよ。周りを見れば素敵な子は沢山いる。それに他人の恋とか出会いを、私が潰す権利無いって気付いたの」

 だから今までごめんねと告げて、レナスは試着室の中に戻っていく。

「他人…か」

 いくら長い年月を共にしても、彼女と自分は赤の他人で。わかっていたはずなのに、彼女の声で聞くと酷くつらい。

 子どものような無邪気な彼女に、甘えていたのは自分の方だと気がついて、ヒューズは愕然とした。

 でも目に焼き付いてしまった彼女のドレス姿は消えず、ヒューズは店員に包装を頼むと一人店を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ