Episode03-3 ワインの秘密
さすがにあの騒ぎの後、堂々と桟橋に戻ることも出来ず、ヴィンセントはボートを桟橋とは反対の対岸につけた。
今度はキアラの下船を手助けし、少し満足げに笑う。それからヴィンセントはワインの入っていた包みを開けた。ボトルに破損箇所はなく、コルクもしっかりとしまっている。
「強奪する対象を破損させるほど、素人じゃないですよ」
乱れた髪を直すのに手間取り、結果的に髪留めを乱暴に外しながら、キアラは不満げに言った。
「すまん、見くびった」
素直に謝まられると、それはそれで気まずいのだが、キアラは表情を崩すのもしゃくなので、そのままの勢いで尋ねる。
「それで、そのワインに何か問題でも?」
ヴィンセントは言葉に詰まったが、ここまで強引に協力されられておいて黙っているほど、キアラはお人好しではない。
「私はあなたにとって、使い勝手のいい駒か何かですか? 答えによってはそのワイン、今度はあなたの腕から無理矢理強奪しますが」
「すまない、下手に巻き込んでは悪いかと思って、つい口が重くなった。訳は話す」
この状況で、まだ巻き込んでいるうちに入らないというのか。ならば、いったいどれほどのことにヴィンセントは首を突っ込んでいるのだろうかと、キアラは少し不安に思う。
「君たちが追っていた盗賊団、彼らの盗品の売り手に、貴族がいたのは知っているな」
キアラはうなずいた。だからこそ、討伐までに時間がかかったのだ。基本的に、キアラ達の騎士団はフロレンティアで起きた事件を、即事解決するために設立されたものだ。同じ位置にあるガラハド騎士団は貴族や王族出身の騎士が多く、隊を動かすのに何かと制約が出る。その制約を逆手に取った賊や事件が多発したことから、より自由に剣を抜ける、自営団に近い騎士団が必要となり、結成されたのがガリレオ騎士団だ。
しかしそんなガリレオ騎士団でさえ、捕縛に時間を取られる場合がある。権力のある貴族からの横やりや、王族からの圧力がそれだ。
「盗賊との取引先は、メディチ家と並ぶ商人出の貴族ヴィッチーニ家」
「意外と小物じゃないですか」
「今のところは、な」
それが小物でなくなる可能性が、ヴィッチーニ家にはあるようだ。
「しかし、裏についている奴らのたちが悪い。というより、ヴィッチーニ家は商人の皮をかぶった元マフィアだ。美術品の取引で成り上がったメディチ家とは違い、裏で裁いているのは危険な錬金術の商品や、幻覚性のあるフェアリーパウダー」
「麻薬ですか」
「フロレンティアでは個人使用目的での取引が禁止されている。しかし学術都市故に研究への使用は認められているだろ。それを貧乏学生あたりが小遣い稼ぎに横流しているという噂があってな。調べてた末にたどり着いたのが、ヴィッチーニ家。いや、ヴィッチーニファミリーだ」
「じゃあ、あの盗賊団も?」
「ファミリーの下っ端だ。元々あのレストランは貴族ではなく、その筋の御用達だ」
「しかし、マフィアが絡んでいるならば、いくら貴族の圧力があったとしても、強制捜査に踏み込めるのでは?」
「試しに、昨日捕まえた男とヴィッチーニ家の因果関係を上に報告してみたが、見事にもみ消されたよ。やっぱり、王家と関わり合いがある貴族は扱いが難しいな」
「王家とですか?」
「ヴィッチーニ家の長女と、第5王子の縁談が持ち上がっていると言ったら君は信じるか?」
ヴィンセントの言葉は、あまりに衝撃的な物だった。
「まさか、よりにもよって」
「俺も信じたくはなかったが、ガラハド騎士団ではこの件の捜査すら行われなかった。堂々と街道で盗みをはたらく盗賊を無視しろと言われたとき、嫌な予感がした。それで調べてみたら、取引先の中に、ヴィート王子の名があった」
その名に、キアラの顔が複雑になる。
ヴィートは、国王の長男にして第5王子の位を持つ貴族だ。アルベールよりも一回りは上だが、彼が王子になるとき、すでに末っ子であるアルベールが直系の王子として名が上がっていたため、わざわざメディチ家の養子になってまで、王子の位を受け継いだ策士だと言われている。父の国王とは確執があったようで、メディチ家と共闘する貴族の圧力により、無理矢理第5王子の位を得たというのがもっぱらの噂だ。
しかしキアラの不安は、また少し別の所にあったのだが、今はあえて何も言わない。
「しかし、王子ともあろう方がケチな盗賊からワインを仕入れて何を?」
「ワイン、ではない物を仕入れていたとしたらどうする?」
ヴィンセントは言うと、包みから出したワインのコルクを抜いた。上品な赤ワインの香りが立ち上るべきその瞬間、キアラの鼻孔を刺激したのはきつい血のにおい。
「これは」
「血だ、それも人の」
血に慣れたキアラとはいえ、ボトルの中で揺れる赤い液体には気分が悪くなる。
「なぜ、このような物が」
「これは噂だが、ヴィッチーニ家とヴィートは共闘して、不死の研究をしているらしい。その過程で死ぬことのない生き物の開発を行っているとの、噂がある」
「不死と血・・・。まるで、ヴァンパイアですね」
人より遙かに長い年月を行き、人の血を食らう種族。ヴァンパイアと呼ばれる彼らは、エルフやドワーフ同様、今も実存される種族である。個体数が極端に少なく、その原因は彼らの不死の力をねらった人間が、18世紀の終わりに彼らを狩ったこととされている。
現在では、安全保障の条約が人間とヴァンパイアの間で結ばれ、両者の間に大きな対立は起きていないが、変わりにヴァンパイアの姿を人の街で見かけることもまた少なくなった。
「ヴァンパイアよりたちが悪いだろうな。最近のヴァンパイアはバールで女を口説くくらいだが、化け物に女を口説くセンスがあるとは思えない」
「しかし、それは本当なんでしょうか。人が不死を手に入れようなど、神の意志に反していると思います」
「彼らの信じる神は許してくれるのだろう。一つの神に縛られた時代はとうの昔に終わったんだよ」
ヴィンセントは言うと、ボトルに満ちた赤い血をじっと見つめる。その目が一瞬、獣のように鋭く光ったような気がしたが、コルクをきつく閉めるヴィンセントの表情はいつもの、きまじめな彼の物だ。
「まあ、化け物の噂云々よりも、問題はこんな物を裏で取引しているヴィートとヴィッチーニ家だ」
「コレを証拠として国王に直訴する訳にはいかないんですか?」
「そのつもりで、昨日ワインセラーから盗み出したんだ。しかし俺としたことが、まさかアルベールに持ち出されるとは」
「どんだけぼんやりしてたんですか」
「面目ない」
まさか、キアラのことを考えていてとは言えず、ヴィンセントは素直に頭を下げる。
「しかし、それならそうと言ってくださればいいのに。うちの騎士隊ならば、王族相手にも憶することはありません」
「だからこそだよ。貴族が力を増し始めた昨今、君たちのような騎士は貴重だ。下手に事件に巻き込まれて、利権を取りあげられたくはないだろう」
「見くびっていただいては困ります。我々の正義は誰かに取り上げられるほど軽くはない」
キアラは言うと、ヴィンセントの手からワインをひったくる。
「一人で出来ることなど限られていますよ。それに証拠の一つや二つ上げたところで、握りつぶされる可能性がある。逆に反撃を受けることだってある」
「だがもしものとき、犠牲になるのは自分だけですむ」
同僚の目をかいくぐって独自に調査していたのも、危険を顧みずに盗賊のアジトの潜入を決意したときも、すべては身近な仲間達に迷惑がかからないようにとの配慮だった。
特に彼の補佐であり、親友であるアルベール。彼はヴィートの弟であり、下手をすれば逆に利用される事もあり得る。そしてそれを、ヴィンセントは何よりも恐れていた。
だがそのすべてを見透かした上で、キアラは続ける。
「もしもの状況を考えた時点で、あなたは自分の負けを認めたも同じだ。正義のために剣を取る騎士が負けを認めるなど、言語道断。騎士の名と剣を得たときから、我々に負けなどあり得ない。それくらいの覚悟を持つべきです」
一回りも年下の少女に、まさか堂々と説教されるとは思わず、ヴィンセントはあっけにとられた。
そして彼女のまっすぐな言葉は正しく、返す言葉がなかった。
「たしかに、失敗することはあります。しかしそこで折れたらそれこそ終わりです。どんなに踏みにじられても、倒されても、正義のために剣だけは放さない。それが騎士だと、私は父に教わりました」
「君のお父上は、さぞや立派な騎士なんだろうね」
「私の憧れです。だから、私も騎士になりました」
ドレスの裾をぎゅっとつかみ、キアラは少しだけ悲しそうに笑う。
「もちろん、ドレスがもっと似合えばいいなって思うときもありますけどね」
それでもやはり、彼女は剣を捨てられない。なぜならば、彼女は騎士だからだ。正義のために、虐げられた人々のために戦う者。
いつの時代も、どこの国にも存在する正義の番人。
だからこそ、彼女はヴィンセントの目を見て言葉を続けるのだ。
「私達が調べてきた捜査資料を提供します。変わりにあなたの情報を私達にください」
「協力してくれるのか?」
「あなたにそのつもりがあるのなら」
キアラの言葉に、ヴィンセントが首を横に振れるはずがなかった。