Episode07-2 招待状を睨んで
昨晩、アルベールから手渡された招待状を睨みながら、レナスはこの日35回目のため息をこぼした。
「まだ悩んでるんですか? お昼休み終わっちゃいますよ」
そう言ったのはキアラ。勿論ヴィンセントからこっそり報告を受けているので、彼女が何に悩んでいるかは知っている。
「それ舞踏会の招待状でしょ? どちらにしろ今夜はそこの警護ですし、一曲くらい付き合ってあげたらいいでしょう」
「でも…」
「それに第4小隊はドレス着用ですし、アルベールさん喜びますよ」
と言いつつキアラの表情が若干苦しくなったのは、自分もまたドレスを着なければならない事を渋っているからだ。
本日の警護は第5小隊との合同で、第4小隊は第5小隊の補佐的な立場だ。故に客達に紛れて、会場の監視と警護にあたることになっている。
「でもドレス無いのよ」
「買ってくればいいじゃないですか。現にみんな休み削って、ブティックに駆け込んでますし」
上手くすればドレス姿を見初めた殿方をゲットできるかもと、騎士達は自らの貯金を切り崩しドレスを買いに走っている。
「それとも、借り物の奴にします?」
「でも破ったら弁償でしょ。絶対今年も荒れるから嫌なのよね」
舞踏会で荒れるというのは妙な表現だが、試合前に行われるこの舞踏会で、怪我人が出無かった試しがない。
決勝戦に挑む選手達が、大会の主催者達の前で健闘を誓い合う。と言うのが会の表向きの趣旨だ。
しかし試合前でピリピリした両チームが一色触発することは少なくなく、誓いの儀式などここ数年行われたことがない。
同じ女をダンスに誘った、狙っていた食べ物を先に取られたなどなど、どうでも良いことで喧嘩が勃発し、そのたびに警備の騎士が止めにはいる……否ボコボコにされるのである。
毎年同じ事を繰り返しながらも舞踏会が続いているのは、そう言う喧嘩こそがカルチョ・ストーリコの醍醐味だと皆思っているからで。間近で繰り広げられる喧嘩をむしろ楽しむために、貴族たちは足繁く舞踏会に通うのだ。
逆に選手たちの方は、ここで主力メンバーを倒しておけば試合が楽になると考えているので、きっかけを見つけては相手チームに攻撃をしかける。実際この舞踏会こそが、最終戦の真の始まりなのである。
「それにアルベール様の側にいれば彼を守りやすくなるでしょう」
事の発端を今更のように思いだし、レナスはため息をついた。
「でも今月やばいんだよねぇ」
せっかくだったら中途半端なドレスなんて着たくない。
とはいえ懐も寂しいしとレナスが悩んでいたとき、唐突に扉がノックされた。
「迎えに着たよ」
その声に悲鳴を上げたのはキアラだった。
続いてレナスが息をのめば、ヴィンセントがヒューズの肩を掴みながら部屋へとは行ってくる。
「君もドレスが必要だろう? ブティックを予約したからいこう」
「どこからその情報が」
この登場は初耳だったのだろう。
キアラは本気で彼の誘いに驚き、そして嫌がっている。
「私は借り物で行きます」
「エスコートする女性に、ドレスを贈るのは普通の事だろう」
「いつされることになったんですか!」
怒鳴った直後、ヴィンセントがキアラの胸元に招待状を差し入れる。
「今」
「嫌です! 仕事ですよこっちは!」
「だからこそだ。…1週間かけて相手方を散々煽ったんだ、今夜の舞踏会で護衛がいないのは困る」
ヴィンセントの笑顔に、ちょっと待ってと声をかけたのはレナスだ。
「煽ったって?」
彼女の問いに答えたのはヒューズだ。
「新聞や雑誌に片っ端からインタビュー載せただろう。お陰で相手のチームは、俺達3人を目の敵にしてる。調子乗りやがってってな」
「じゃあ、全部わざと?」
「怒りの穂先が集中させれば、試合でも舞踏会でも奴らの拳は全部俺達に向く」
正直今年のチームは、二人を覗けば通年よりレベルの低い騎士達ばかりだ。
試合中ならお互いにフォローもしあえるが、連携が取りにくい舞踏会の会場で攻撃を受ければ、ひとたまりもない。
「それを見越して、あんな下らない仕事受けてたの?」
レナスが目を向けたのはヒューズで、彼は少しやつれた表情で頷く。
「それにこの1週間は、やたらと喧嘩をふっかけられるからな」
だからアルベールの護衛もかねて、彼と共に行動していたのだとヒューズが説明する。
「俺が留守の間、世話かけたな」
ヒューズがレナスの前で軽く頭を下げれば、ほんの少しだけ彼女の表情が軟らかくなる。
「謝る事無いでしょう」
「仕事、ふやしちまっただろう」
だからだと微笑んで、それからヴィンセントに促されるまま彼は恐る恐るレナスの手を取る。
「だからお詫びに、ドレス代くらいはもつ」
「別にそこまでされる義理は…」
「早い誕生日プレゼントだと思えばいい」
「…じゃあ財布、財布だけかして」
「俺も行く。自分の金でセンスのないドレスなんて買わされたらマジで凹むし」
「センスの無いって何よ」
うっかり出た本音にレナスの機嫌が悪化したが、ここで断られるよりはとヒューズは食い下がった。
「お前が選んだドレスのことだよ」
「酷い!」
「良いのか、笑い物になっても?」
センスがない自覚はあったのだろう。散々文句を言いつつ、結局最後に折れたのはレナスだった。
※9/4 誤字修正致しました。(ご指摘ありがとうございます)