Episode06-3 愛しき者のために
相談したらすぐ帰るという言葉は嘘ではなかったらしく、キアラはお茶も飲まずに部屋を出て行った。
「普通、もう少し一緒にいたいとか思わないか?」
「今日はヴィンがいつにもまして積極的だったからね」
ことあるがとに甘い言葉を囁くヴィンセントに、どうやらキアラのほうはまだ慣れていないらしい。
「キスくらいしたかった」
「なら自分の部屋で会いなよ」
「あんな可愛い生き物と一緒にいて、手を出さないでいられる自信がない」
「ヴィンってもう少しこらえ性があると思ってた」
「そっちはな」
少し疲れたような言い方に、そう言えば最近あまり顔色が良くないなとアルベールは思う。
「ちゃんと、血も飲んでる?」
「量を増やしてるが駄目だな」
「もういっそキアラちゃんに貰えば? 一口飲むだけでも違うって」
「本当にやばくなったら打診する」
本当にする気があるのかとアルベールが不安になるのは、あの溺愛ぶりを見ているからだ。
ヴィンセントとの付き合いは長いが、彼が一人の女性にこんなにも心酔しているのは初めてだ。
かつてのヴィンセントは、恋は勿論生活もおざなりだった。だがキアラと出会ってから、彼は毎日を大事に生きているように思う。
「でも俺の前に、レナスさんの問題をどうにかしないとな」
後もう一人の問題もと呟いた言葉に、アルベールは思わずムッとする。
「協力するなんて、酷すぎる」
「そう思うって事は、お前も気付いてるんだな」
「…あと2日、あと2日でレナスさんが僕の物になったのに!」
それはないだろうとヴィンセントは思ったが、落胆するアルベールにその言葉はさすがに酷だ。
「でも彼女が好きなら心配にならないか」
「むしろ健康的じゃないか」
「キアラの落胆ぶりを見ただろう。たぶん、本人相当無理してるぞ」
「昨日会ったときは普通だったもん」
「お前が抱く普段の姿と、本当に一緒だったか?」
尋ねられ、アルベールは上手く答えられなかった。
キアラが言う違和感を、アルベールも感じていたのは事実だ。
別れてから今まで、レナスは常に彼女らしい自然な態度でアルベールと接してくれた。
けれど昨日あった時、彼女はまるで付き合っていた頃のような、作り物の表情と態度を常に纏っていたのだ。
その原因に気付いたのは、練習を見に来て欲しいと告げた時だ。
驚くようなことでもないのに、彼女の表情が一瞬、凍り付いたのだ。
彼女が躊躇う理由がアルベールにはない。
そう気付いた瞬間わかったのだ。彼女が普通と違うのは、自分ではない誰かが関係していると。
「……協力なら僕がする」
「協力だよな?」
頷く変わりに、アルベールは部屋の隅に置かれた机へと向かった。
「明日パーティがあるだろう。そこで僕がレナスさんを元気にする」
アルベールが取りあげたのはカルチョ・ストーリコの主催者たちが執り行う舞踏会の招待状だった。
参加出来るのは決勝戦に参加する選手達と主催者の招待客、主に貴族たちだ。
「レナスさんこう言う舞踏会好きだし、ここで僕がいかに本気であるかを…」
「…それで本当にどうにかなると思ってるのか?」
「なる、絶対!」
ヴィンセントは呆れたが、アルベールの確固たる自信を突き崩すことは出来ない。
結局招待状を渡しに出かけたアルベールを止めることも出来ず、ヴィンセントは更に拗れそうな状況に頭を痛める。
「…もう片方から攻めるしかないか」
この手の話題にはやたらと疎い友人の顔を思いつつ、ヴィンセントは策を練り始めた。