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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の初恋編■
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Episode03-2 慣れないドレスに悪戦苦闘

 舞踏会は、フロレンティア1の商家メディチ家の所持する郊外の湖畔にて行われていた。

 楽団の音楽に合わせて踊る者、出された料理を優雅につつく者、用意されたボートにカップルで乗りこむ者。皆それぞれに会を満喫している。

 舞踏会の主催者であるメディチは、フロレンティア周辺の商いを取り仕切る商人である。

商いで得た支出から肥を増やし、今では貴族のように振る舞っているが、実際彼らの一族に貴族の血は入っていない。

 とはいえ、現在の社交界において重要視されるのは、血統ではなく知名度と資産。成り上がりだが、商人としての腕は一流であるメディチ家に取り入ろうとする物は多く、会場はかなりのにぎわいであった。

「ずいぶんと、人が多いですね」

 慣れないドレスに悪戦苦闘するキアラを、ヴィンセントが嫌みのないエスコートでフォローする。

 道すがら駆け込んだ高級ブティックで、ヴィンセントが見立てたドレスと靴は、さすがキアラに似合っていた。残念ながら仮面舞踏会故顔は隠れてしまうのだが、正直ヴィンセントは少しほっとしている。こんな可愛い女の子を連れて歩けば、知り合いに何を言われるか分からないし、彼女も不特定多数の男に声をかけられる事請け合いだ。

 自分はともかく、キアラが男にちやほやされるところは何故だかあまり見たくない。何より彼女自身がいやがるだろうし、その当てつけが自分へと向けられるのは嫌だった。

「しかし、広い会場ですね」

「こういう所ははじめてか?」

「馬鹿にしないでください。護衛で何回かは来たことあります」

「それは回数に入れるべきではないと思う」

「そう言うあなたは?」

「あるが、あまりに誘われるので途中で数えるのを辞めた」

 そう言う台詞は嫌みなのか天然なのか。真顔で言われると判断に困る。

「レナス嬢が行きそうな当てはあるか?」

「普段なら食い気を優先させそうだけど、男がいるならボートですね。変なところでロマンチストだから」

 まあ、すでにフラれていなければの話ですけど。

 キアラの一言に苦笑しつつ、ヴィンセントがキアラを連れ立ったのはボート乗り場だ。

「ここで待ち伏せしますか?」

「時間が惜しい、乗るぞ」

 順番待ちを強いている貴族の間を強引に抜け、ヴィンセントは今し方開いたばかりのボートに飛び乗る。乱暴だなと思いながらも、彼一人を行かせるわけにも行かないので、キアラも桟橋を蹴ってボートに飛び乗った。

 彼女に手を貸す気でいたヴィンセントは、キアラの挙動に、なすすべがない。

「エスコートしようと思ったのに」

「され方がわかりませんので」

 キアラのつれない態度に、ヴィンセントがやれやれといった具合に腰を下ろす。その表情を見なかったことにして、キアラもまたボートのバランスを取るために腰を下ろした。

 こぎ手はヴィンセントで、キアラはただ船に揺られていれば良かった。本当は少し申し訳ない気もしたが、女性がオールを握る船はどこにもない。下手に悪目立ちするよりは、黙っている方が健全だ。

「仮面の下からでも、レナス嬢のことがわかるか?」

「ドレスの柄でわかります」

「もし見つけたら合図してくれ、ボートを近づける」

「しかし、なぜこんな回りくどいことを? まさかデートの邪魔が趣味とか?」

「問題はレナス嬢ではなく、彼女が受け取るプレゼントにある」

「爆弾でも渡されるんですか?」

「いや、ワインだ。彼女のお相手は俺の親友でね。デートの手みやげにワインが欲しいとねだるので一本やったのだが、それがどうやら渡してはいけなかった物のようで」

「それに今更気付いて取りに来たと。しかしそれなら、そのお友達の方に返してくれと頼めばいいじゃないですか」

「あいつにだけは知られたくない案件なんだ。悟ってくれ」

「昨日のことに関係、あるんですね」

 キアラの一言に、ヴィンセントはわずかにうなずく。

 昨日と今日の言動から察するに、ヴィンセントには何でも一人で解決したがる所があるようだった。王子のくせに、誰かに頼るタイプの人間ではないのだろう。そんな人が自分を協力者に選んでくれたことを考えると、忘れていたはずの胸の鼓動がまたぶりかえす。

「あの右奥の船に、隊長がいます」

 声のふるえを悟られないように、キアラはそれだけ言ってレナス達の乗る船にだけ目を向ける。

 10メートルほど離れた位置にある黄緑色のボートの上で、レナスが相手と楽しそうに話しているのが見える。仮面で顔を隠していても、感情が動きに出やすい彼女が笑っているのは一目瞭然だ。

「ワインは見えるか?」

「包みが、隣に置かれていますね」

「さり気なくボートを寄せる。ひったくれ」

 これまた、無茶な命令である。天下の第四小隊隊長の隙をついて、彼氏からのプレゼントを奪い取れとは、地獄から悪魔の角を持って帰れと言っているような物だ。

「それは遠回しに、私に死ねとおっしゃってるんですか?」

「やらなきゃ、レナス嬢とアルベールが危険に巻き込まれるかもしれない」

 思わず耳を疑ったが、ヴィンセントが、こんな所で笑えない冗談を言うような性格だとは思えない。

「殺されたら、敵を取ってください」

 オールを操るヴィンセントに言って、キアラはわずかに腰を上げる。

 ひったくるなんて甘いやり方では、レナスから物を奪うなんて無理だ。奇襲を駆けて一気にやり遂げるしかない。

「揺れます、せいぜい落ちないように」

 言うが早いか、キアラはドレスの裾をひっつかむと、ボートの底を蹴って跳躍した。

 レナスのボートまでは3メートル。キアラにとっては造作もない距離だった。

「あ、あんた!」

 ボートに乗り込んできたドレスの女に、さすがのレナスも動揺のあまり動きがぎこちない。その一瞬の隙をついて、キアラはワインの包みをつかみ取る。

 レナスが声を上げ、ボートの上であるのもかまわずキアラに足払いを駆けたが、それも予想の上だ。

 キアラはレナスの足をよけるように、今度はボートの舳先に向かって跳躍する。

「来い、キアラ!」

 また、あの声が彼女を呼ぶ。

 ワインを片手に、残されたボートのバランスが崩れるのもお構いなく、キアラは跳んだ。

 その先にはヴィンセントの待つ船があり、着地するキアラを、今度はヴィンセントが完璧にエスコートした。

「良くやった」

 抱き留められた腕の中で、キアラは背後でボートが転覆する派手な音を聞いた。

「隊長に、後で殺される」

「フォローはしよう」

 抱きしめられたまま、耳元でささやかれた言葉に、キアラは耳まで真っ赤になった。それにヴィンセントは気付いていたが、このまま腕を放すのが妙に惜しく、あえて今は何も言わなかった。

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