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EP.7  ついに対面


 紗和自身はまだまだ食べたりない気がするのに、クリスティアナの体はそれを拒絶する。その相対する状況が生み出した結果が桶へ直行という悲しいものだった。


 食べたものを大方吐き出し、紗和は顔を上げる。

 何の表情も映していないベティーナが、布を差し出してきて口元を拭く様に促す。

 口元を拭って後ろを振り返り、紗和は持っていた布を取り落とした。


 「………えーと」


 ―――いや、確かに自分が仮面をつけてほしいと頼みました。それについてありがとうというべきなのか、それともさっきの失態を見られてしまったことに言い訳をすべきなのか恥ずべきなのか……もうなんか彼らに言い分けは効かない気がする。


 悩んだ結果、紗和はぎこちなく仮面を被った付き人達に向かって片手を顔を高さにまで上げて、引き攣った笑みを浮かべた。


 「あ、ども」

  

 


●  ●  ●  ●  ●  ●  ●



 エイダとベティーナが朝食を片付けているのを、紗和は半ば放心状態のままベッドの上から眺めていた。故意に放心状態になっているといってもいい。

 というのも、ベッドの周りを囲むように座っている麗人達の冷たくも厳しい視線が、仮面越しからも伝わってくるからだ。


 とりあえず耐えられるのは、水色の仮面をした女性の視線。仮面に合わせてか、水色のドレスを着た彼女は金髪の腰までの癖のない長い髪をそのままに、その視線は厳しいというよりは戸惑っていると言った方がいい。

 そしてもう一人は赤毛の逆立った髪をした体格の良い男性だ。彼の視線もどちらかと言えば探りを入れるようで、そこまで厳しいものではない。


 反対に一番きついのが、すぐ隣に居る金髪の少し癖のあるの短髪をした少年。幼さが残るからこそ、まだ無事だが、それでも彼の視線には完全に殺気が含まれている。


 どうやら、彼らは全員多少の疑惑をもって『お嬢様』を見ているらしい。


 それはそうだな、と紗和は思う。

 あまり直視は出来なかったが、このクリスティアナという少女は、本当にか弱いお嬢様の容姿をしていた。


 ―――そんな子が、すごい勢いでご飯食べて、あげく全部戻しちゃうって、普通じゃしないもんよね。


 もしもそれが紗和の容姿であれば、そこまで違和感もないだろうが。


 「あの、じゃあ、説明してもいいですか」

 「もう少しお待ちいただけますか。キース様がお越しになりますので」


 黒い長髪の男性が手を上げて紗和の言葉を遮る。その声は無機質で、昨日自分に話かけてきた人物の一人だと思った。


 「えーと、キース様って?」

 「お嬢様のお父上です」


 赤毛の男性が答えてくれた。


 ―――こんなに美人のお父さんなんだ。きっとそれはもう綺麗な人に違いない。


 そう思うとまたしても冷や汗が出る。彼も仮面を付けてくれているといいと、紗和は心の底から願っていた。


 それからしばらくして、誰かが部屋に入ってきた。

 扉をノックせずに入ってくるのだから、きっと偉い人なのだろう。


 そしてそれが出来るのは、この屋敷の主であり、クリスティアナの父だけ。


 幸いにも、彼は仮面を被ってくれていた。

 銀と黒で構成されてある、まるで『オペラ座の怪人』を思い出させるものだ。それは他の者達も同じ。

 どこで作ったのかと聴いてみたい気もしたが、作らせるような原因を作ったのが自分自身であるため、深く知るのは止めておこう。


 「私がキース・シアベル・オールブライトだ」


 仮面を被った彼は、シルバーブロンドの短髪を後ろに流すようにしていた。その髪は彼の娘であるクリスティアナと同じもの。


 「は、初めてお目にかかります」


 紗和はつい条件反射で頭を下げていた。


 彼からは他の人間とは違い、圧倒されるオーラが出ていた。『お嬢様』が唯一頭の上がらない相手なのだろうと察したから、紗和は自分から頭を下げた。

 少しでも警戒心を持たれぬように。

 紗和の行動に虚を付かれたように目を見開いた彼は、黒髪の男性が空けた椅子に座り、腕と足を組む。


 「さて、どうやら、本当に君はクリスティアナではないようだ。けれど、その容姿は私の娘で間違いない。君は誰なのかい?」

 「……えー」


 最初の方はまだ社交辞令のような声音が含まれていたが、最後の方はすでに警戒心丸出しの声音だった。例に漏れず、彼もまた冷たい視線を紗和に向けている。


 今紗和の身の保証をしてくれているのは、クリスティアナという人物の体だけだ。これがもしも紗和自身であったなら、問答無用で牢屋にぶち込まれていたかもしれない。


 「わ、私は、マチダサワといいます」

 「マチダ、かい」

 「いえ、それは姓で。サワが名前です」

 「サワというのか、君は」

 「はい。………それでですね、私がなんでお嬢さんの体に入っているのかいいますと」


 そこで紗和は言葉を切った。

 なんと説明したらいいものだろう。


 ―――私元の世界で事故死してしまいまして~、起きたらもうこの体の中にいたんですよぉ。まぁ、自分も最初はなにがなんだかわかんなかったんですけどぉ、昨日たまたま偉い天使に知り合いがいたことをしりましてぇ。彼曰く、クリスティアナって子は、今の状態でいくともう後先長くないらしくて、それを神様が止めるために、彼女の魂だけを抜き取って、で、その間他の健康的な魂を入れて、あ、それが私なんですけどね、肉体的快復をしてほしいって頼まれましてぇ~、がんばるんで、その間よろしくお願いしまっす☆


 などと言ってしまえば最後、紗和という人間は確実に終わる、色々な意味で。きっと教会かどっかに連れて行かれて、無理やりにでも魂と肉体の離脱をさせられるに違いない。

 その後は想像に難くない。きっと彼女は問答無用で三途川を渡り、大好きな祖母達と再会し、そして彼らと手に手をとって笑いあうことになるのだ。

 しかもさりげなくキャラが可笑しくなっている。


 紗和は頭を抱えたくなった。


 「どうして君は私の娘の中に入っているというと……なんだい?」


 もう覚悟を決めるしかないだろう。紗和は手を握った。


 「あの、この体の持ち主、クリスティアナちゃんは、病弱だと聞いています。ベッドの上で一日の大半を過ごすのだと」

 「あぁ、その通りだ」

 「そしてそれはすべて精神からくる病だと」 


 紗和の言葉に、周りの空気が揺らいだ。

 全員の瞳の色に驚きと不審感が加わった。


 「確かに彼女が病弱だというのは皆が承知だが、何故それが精神的病だと知っている?お前は誰だ」


 今まで黙っていた茶色の短髪の青年が初めて口を開いた。しかしそれも厳しさの篭った声だ。


 ここまで警戒されている辺り、皆がこのクリスティアナという少女を大切にしているんだとある意味安堵と感心を覚えた。病弱な彼女でも、人々には恵まれていたようで、よかったと思う。そして同時に、きっと自分が元の世界に居て同じような状況になっていたら、家族や友人も彼らと同じような態度を取ってくれるだろうなという暖かで切ない思いも生まれた。


 思考を切り替えるために、もう一度頭を振る。


 「昨日、あの、なんか、この世界の四大天使の一人っていう人にあったんです。えー、なんとかダイ、なんとかなんとかテレサって人で」

 「四大天使の一人、会った?」


 またしても周りがざわついた。


 「綺麗な金髪の巻き毛の男性で………」

 「ジュンダイル・ヘルソイド・テレサの、ことか?」

 「そう、それ!!」


 正直省略した『ダイちゃん』でもいいのだが、それは彼女の中だけで、周りは一体何を言っているのかと思うだろう。だからあえて本名を言ってみたが、かなり曖昧だった。

 金髪の少年が唖然としながら呟いた言葉に喜んで同意する。


 その時、大きな声が室内に響いた。


 「ふざけるな!!」

 「!」


 大きな怒号と共に、銀髪のおかっぱ頭の男性が立ち上がった。


 「お嬢様の体を乗っ取ったことを、天使様のせいにするというのか!貴様、ジョンダイル様に会ったなどと見え透いた嘘を言って、それがどれだけの重罪がわかっているのか!?」

 「………」 


 ここまで面と向かって怒りを露にされたのは初めてだ。会って早々こんなことになるとは。

 なんと言えばいいのか、どう返答すればいいかわからず、紗和は硬直する。自分はただ、事実を述べただけなのに。


 「貴様のような下等な魂が、天使様に会えるはずがない!この私でさえあったことが無いというのに、貴様のような……っ」


 唾を吐きそうな勢いで嫌悪感を顔一面にあらわしたその人は、なぜか少し泣きそうだった。


 「ベリア、止めろ」


 激しい怒りに呑まれそうになった紗和を救ったのは、赤髪の男性だった。その大きな体を紗和とべリアの間に滑り込ませ、状況の沈下に務めた。


 あくまでも冷静な彼の静止の声に、ベリアははっとしたように瞬きをした。どうやら我に還ったらしい。少しバツの悪そうな顔で椅子に座る。


 安堵したせいか、それとも彼に安心感を憶えてしまったせいか、紗和は無意識のうちに、赤髪の男の服を握った。しかしすぐに気づいて手を離す。

 そんな彼女に一度視線をやった男性は、しかし何も言わずに自分の座っていた場所へ戻る。


 「ベリア、彼女がジョンダイル様に会ったといったこと、あながち間違いではないようだ」


 キースが、紗和の手元に視線を置いてそう言った。


 「その手鏡、大聖堂に飾ってあるものとそっくりだ」


 彼の瞳に少しだけ、状況を把握しようとする不思議な色が宿った。いまだ紗和に対する警戒心は解かれてはいないようだが、それでも、話を聞いてくれるくらいにはその警戒を弱めてくれたようである。





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