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EP.74  聖女、クリスティアナ


 家に帰れば、夜のひんやりとした夜風のおかげで少し体調を取り戻したエイダの養父と対面できた。妻と同じく薄ら浮かぶ皺に、人が良さそうな笑みが特徴的な、普通の男性だった。

 紗和を含めた四人で夕食を頂く。

 エイダの屋敷での仕事ぶりなどを語れば、とても嬉しそうに聞き入ってくれた。


 朝になり、鐘の音共に目が覚める。

 今の紗和はお嬢様ではないので、賛課の鐘と一時課の鐘の間には目を覚まして行動することにしていた。その時間帯に、エイダの養母が朝食を整えてくれるというのも大きな理由だ。

 朝食を食べ終え、森の中を画策する。

 六時課の音で家に戻り、昼食を食べ、また聖女の魂の捜索に当たる。

 日が暮れれば再び家に帰り、夕食を全員揃った状態で食べ、就寝するというのが主な日程だ。


 そして何故か思い出したように見かける、ルークに似た人物の影。といっても、同じような髪色に背丈なだけで、まったくの別人なのだろうけれど。


 

「どうしよう………。全然手がかりがない………」


 そんな日々が五日を過ぎたあたりから、紗和は焦り始めていた。

 夕食を食べ、部屋に戻り、ベッドの上に仰向けに寝っ転がりながら頭を悩ます。


 しかし、出会いというのは唐突なものである。

 紗和の都合を気にするわけもなく、その時は訪れた。 


 リョクがよじ登ってきて、彼女のお腹の上で丸まった。コウは紗和の隣で毛繕い中で、ランに至っては意味もなくベッドの上を飛び跳ねていた。

 まだまだ手乗りサイズの彼らなので、隠すことは容易だ。

 と、ランが急に窓の淵を引っ掻き始めた。


「どうした?」


 少し遅れて紗和が窓の方に注目すると同時に、窓ガラスから聞こえた小さな音。それは、小石が当たった音だった。

 リョクを右手に抱え、紗和はベッドの上を膝歩きに横切りながら窓を開ける。


「え?」


 世闇に紛れて、その人物は立っていた。家から少し離れた場所に立っている彼は、しかし、周りが暗すぎてそれが誰なのか、判別するのは難しそうだ。白い腕が、紗和を誘うように一点を指さす。 


「………あ」


 そうして遠目に見えた光。

「ちょ、あれ!!」

 それは確かに黄金に輝いていた。


 慌てて手鏡と三匹を籠に押し込むと、紗和は足音を立てないように家を抜け出す。


 家を出ると、すでに、彼は姿を消していた。


 不思議に思いつつ頭を傾げながら、紗和はとりあえず目的の場所へ走った。

 ここを逃しては次はいつになるかわからない。

 光が見えた方向に走れば、森を抜けた小川に出た。

 目の前をふわふわと浮く小さな丸い光。


「く、クリスティアナちゃん?」


 ジョンダイルの説明通り、手鏡でその魂を掬えば任務は完了するのだが、何故か今の紗和にはそれが良い案には思えなかった。


『だーれ?』

 舌足らずな声が聞こえた。


「え、あ、えーと。は、初めまして。私は紗和、あなたを助けるためにここに来たの」


 予想していたが、けれど球体が喋るというのは限りなく非日常な出来事なので、思わず面喰ってしまい、返答に詰まった。

 なんとか絞り出したのはかなり間抜けな自己紹介で、思わず自分に叱咤したくなる。


『お姉さま?』

「うん、それでもいいよ。クリスティアナちゃん、みんなが待ってるから、帰ろう?」

『いや!!だれもまってないもの!!』

 クリスティアナであるはずの球体は、叫びながらその場を飛び立つかのように飛躍した。

「あ、アーヴィンくんにエドガー!!」


 思いついた言葉を音に乗せる。

 球体が止まった。


「キース様にフラン、コリンくんにチェスター!ベリアだって、みんな待ってるよ、クリスティアナちゃんのこと!!」

『どうして、みんなのなまえをしってるの?』

 どうやら紗和の咄嗟の閃きはクリスティアナの関心を掴むには十分な要素を持っていたらしい。

「私ね、ちょっと前までみんなと一緒に居たの」


 彼女の混乱を避けるため、詳しいことは喋らないでおくことにする。


『………そう、なの』


 クリスティアナの魂は、ふよふよと音を立てるかのように紗和の元に降り立つ。

 彼女の胸元から少し距離を置いたところで止まったその球体に、紗和は笑って見せた。


「今のあなたの身体は健康そのものなの。今なら外にだって出れるし、庭だって走れる。その気になれば、馬にだって乗れるんじゃないかな?………まぁ、エドガー辺りが小言を言ってくるかもしれないけどね」

『エドガーが?なぜ?彼はあまりしゃべらない人よ。ほかのみんなだってそう。わたくしのこと、みてくれないもの』


 ―――なんとなく、クリスティアナちゃんが帰りたくない理由が分かった気がする。まぁ、色々不器用な人達だしなぁ。ここは一肌脱いで上げることにしますか。


 少し話が長くなりそうなので、紗和は草の上に座った。

 籠の中のラン達は出てくる気配がない。

 初めて目にする聖女という魂に警戒しているようだ。


「クリスティアナちゃんに特別に教えてあげようかな。私の見つけた、みんなの良いところ」

『いいところ?』


 球体は、紗和に近づいてきた。


「そう。でも、全員一気にだと大変だから、一日三人、毎日この時間帯に私がここに来て彼らの話をしてあげる。それで、戻ってもいいなって思ったら、その時は私に教えてね」

『………はい』

「よし、じゃあまずは誰からにしようかな。とりあえず、あの腹黒姑ロリコン執事からか………」

『は、はらぐ?ろりこん?』

「あ、それは忘れて。いや、忘れなくてもいいんだけど、うん、まぁ。とりあえず」

 少し話がそれかけたので、軌道修正するために咳払いをした。

「エドガーはね、すっごく心配性なの。それこそ、私がクリスティアナちゃんの身体で出歩く度にね―――………」


 そうして、夜は更けていった。



 翌朝、エイダに夜の出来事を打ち明けた。


「そうでしたか………聖女様と」

「うん、だから、もう少し待ってもらえれば、きっと着いてきてくれると思う」


 打ち明けた時のエイダは少し複雑な顔をしていた。

 その意味が分からず、けれど前向きな言葉を紗和は続けた。


「わかりました。では、私は屋敷に戻る手筈を整えることにします。紗和様、どうぞ聖女様のこと、宜しくお願い致します」

 それが、天使を代表しての言葉であることに気づいて、紗和は神妙な顔で頷いた。


●  ●  ●  ●  ●


『お父さまが、そんな風に』


 今のクリスティアナの魂は、紗和の胸元にぴったり寄り添っている。

 ここ数日間、紗和はクリスティアナに側近達の素敵なところを一つ語ってきた。それは、彼女自身が見つけた大事なモノなので、胸を張って伝えることが出来るのだ。

 時々冗談を交えて、彼らの姿を伝える。

 最期の一人、キースについて語り終えれば、沈黙が降りた。


『わたくし、まったく見ようとしませんでしたわ。見てほしいとねがいながら、わたくしじしんはなにもせずにいたのですね』


 思った通り、クリスティアナは聖女の名に相応しい純真無垢な少女である。


 出会った当初のアーヴィンとコリンの反応は致し方ないことだったのだなと、今更ながら申し訳なく思う。


 ―――そりゃあこんな可愛らしくて大人しい子が、急に私みたいになったら寝込むわぁ。


『ま、まだ』


 遠くを見る目になってしまった紗和だったが、クリスティアナの声に我に返る。

 金色の球体は、今、紗和の目の前を漂っていた。


『まだ、まにあうでしょうか。わたくし、みなにつたえたいです。かんしゃの気持ちと、しゃざいを』

「うん、まだまだ、間に合うよ。言ったでしょう?みんなあなたを待ってるって」


 ―――そうして、私は彼らに別れを告げるのだ。


 寂しさを覚える心を隠して、紗和は笑う。

 手鏡を籠の中から取り出し、聖女の球体の下に滑り込ませる。

 手鏡から不思議な光が零れだし、クリスティアナの魂を包み込んでいく。その光は暖かく、クリスティアナがリラックスしているのがなんとなく雰囲気でわかった。


「クリスティアナちゃん、会えてよかった。私が語ったみんなの事、忘れないで。私にとっても、大事な人達だから。………さようなら」

『お姉さま、ありがとうございます』


 そういって、球体は鏡の中に取り込まれていった。

 それと同時に消滅する手鏡。


 モンスター三兄弟が籠の中から抜け出してきた。

 彼らの頭を撫でながら、彼女はしばらく動けなかった。


 頭上を見上げれば光り輝く星空。星たちはキラキラと音が鳴らしながら輝いている。

 耳を澄ませば聞こえる夜の虫たちの演奏。リンリン鳴るのはどの虫か。

 小川の傍に咲く花々と草木を揺らす風の音。サワサワとその風は、草木を通り過ぎ、小川へと流れて行った。


「思った以上に、この世界に、馴染んじゃったんだなぁ私」

 

 ―――この世界を離れる前提でいたのに。今はそのことがこんなにも寂しくて堪らないのだから。





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