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EP.72  エイダ


 誰かが追いかけてくる様子もなく、エイダが操る馬は半日かけてとある場所に辿り着く。


『げ』


 その場所を確認した瞬間、人形版紗和がエイダの胸元でカエルの潰れるような声を出した。

 それもそのはず、そこにはとても見覚えのある白い建物が建っていたからだ。

 そしてその建物の入り口には、今一番会いたくない人物が立っていた。


「エインズワーズ高等官。お待たせいたしました」


 馬を神殿の馬丁であろう人物に馬を預け、ラン達が入っている入れ物を持ったエイダが、白鬚を蓄えた老人に近寄る。

 この国で王に次いで偉いはずの彼に、エイダは礼をしなかった。

 ふと疑問に思った紗和がエイダを見上げていれば、目があった。といっても、紗和は人形の目なので少し変な感じではあるのだが。


「良い。久しいな。エイダ」


 彼女達を神殿の中に案内するために、サイラスは前を向く。その際、エイダを見て笑った。穏やかな老人らしく、その目尻には皺が浮かんだのがわかった。見た目は好々爺なのだが、その実、狸親父であることを紗和は知っているので警戒は怠らない。


「えぇ、お久しぶりですね」

『え、なに、二人共知り合い?』


 驚きの事実に紗和は思わず声を上げる。しかし、何度もいうが今の彼女は人形なので声は出ない。


 ―――え、じゃあなんでエイダには伝わってるの?


 今更な疑問が浮かんできた。

 エイダは紗和の言葉に弱弱しく笑って見せた。いつもはテンションが高く明るい彼女が初めて見せる弱った表情に、紗和は驚いた。


「なんじゃ、伝えておらんのか」

 神殿の廊下を歩きながら、サイラスは言う。

「まだ時期ではないと」

「もう良いだろうに」


 サイラスの言葉に、エイダはとうとう口を噤んだ。


「まぁ、良い、今回の主役はお前さんだからのう」

「え、私?」

「人形のままじゃと不便じゃろう。身体を用意した」


 そう言って着いたのは、白の扉の前。といっても、この神殿はすべて白なので外見だけでは場所の判別は難しい。彼が扉を開けて中に入って、初めてそこが前に訪れた彼の部屋ではないことに気づく。

 白で覆われた窓もないその部屋の真ん中にあるのは、一つの白い台とその上に掛けられた白い布。その形から、人型の何かがが隠されていると予想できる。


『いやぁぁぁ、死体はいやぁぁぁ』


 嫌な予想が脳裏を取り過ぎ、紗和は悲鳴を上げて、自分の置かれている状況すら忘れ逃げ出そうとエイダの胸から飛び降りようとする。


「落ち着け、いくら人形でもそこから飛び降りれば壊れるぞ」


 勢い余って本当に飛び降りてしまった直後、誰かの手に抱えられ、上から声が降ってきた。

 見れば、真っ白な部屋に似合わない黒と赤の色彩を纏った彼。


「ラックン………」

「失礼じゃのう。ワシがそんな罰当たりなことすると思おうか」

『思う』

「なんじゃと」

「ラクザレス様」


 そこで初めて、エイダが礼をした。それは初めて見る形の礼の仕方で。腕で両手を握り、右の膝を軽く曲げることで姿勢を低くする。そしてまるで祈るように頭を下げていた。


『え、ここも知り合い!?』


 高等官と知り合いというのにも驚いたが、相手はこの国の神殿の長なのでありえるかもしれないとは思った。しかし、まさか、天使は天使でも、この世界で忌み嫌われているはずの堕天使と顔見知りであるというのは予想外にもほどがある。

 そこでまた思い出したことがあった。


 ―――そういえば、一度は疑問に思ったことがあったっけ。


 そう、あれは、初めてモンスターと出会った時。彼女は詳しくこの国の仕組みを教えてくれた。それこそ、堕天使の事も教えてくれたのは彼女だった。そうして紗和は疑問に思っていたのだ。何故、一介の侍女であるはずのエイダが、詳しく信憑性のある神や天使の話を語れるのだろうかと。

 考え込み始めた紗和を残して、ラクザレスはエイダを見ている。


「あぁ、久しぶりだな。仕事しねぇから何事かと思ってたがここに居たのか」

「えぇ、神の命でしたから」

「最初だけだろうが。お前もお前の兄貴も、本当に好き勝手しやがる」

「一応は天使ですもの。そういうものです」

 そう言って笑ったエイダを、考え事をしていたはずの紗和の耳は聞き逃さなかった。

『は?天使?』

「えぇ、紗和様、今まで黙っていた事、お許しください。わたしはシェーシア。神や天使達の伝達役、地上に住まう二つの天使のうちの一人なのです」


 エイダが頭を下げて、初めて自分の正体を明らかにした。


『え、え?えぇぇぇぇぇ!!??』


 あっさりとしたネタバレに紗和は人形であることも忘れて声を上げた。本当は驚いた顔もしたいのだが、如何せん人形なので表情筋はない。


「ほれ、人形は不便じゃろう。こっちに移れ」

 サイラスがそう言って布を外せば、黒髪の女性が目を瞑って横たわっていた。

『し、死体ぃぃぃぃ!!』

 もうどこから突っ込んでよいのかわからない。


 目の前の、天使であるという侍女か、それとも隣の女性の死体か。


 いつもの冷静沈着な自分を忘れて、紗和人形はラクザレスの手の上で慌てふためく。


「違う、これはジョンダイルが寄越したお前さんの依代じゃ。土と水、そして風の精霊達で作られておる」

「わたしの身体と同じ造りですので、安心してください。精霊達の種類は少し違いますが、大丈夫です」

『え、』


 ―――そんな安心の仕方要らないんだけど。


 素直にそんな事を思っていれば、いつの間にかサイラスが傍に居て、紗和人形の後頭部に指をあてて何かを唱えていた。

 抗議の言葉を上げる前に、紗和の意識が再び遠のく。何かに引っ張りあげられるような感じがした後、最近慣れ親しんだ背中を押される圧迫感。


「だから、いつも急なのよ!!」


 声を上げて、身体を起こす。

 そうすれば、先ほどとはまったく違う景色が瞳に飛び込んできた。

 ラクザレスの手の上からでは到底見ることはできないそこは、予想していたとおり、部屋の真ん中にあった台の上だった。


「あ、ら」


 自分の手を見る。白いワンピースを着ているようだ。

 恐る恐る台の上から降りれば、クリスティアナの身体からでは届かなかった高い位置から見える世界。それはまるで、生前の自分が見ていた高さ。


「え」

 頬に肩越しに滑り落ちる髪は黒く、胸より長く、真っ直ぐだ。

「ジョンダイルが、記憶を元に作ったんじゃ、生前のお前さんに似通っている部分がほとんどじゃ」

「紗和様」


 いつの間に持ってきていたのか、エイダが、随分前にジョンダイルから渡されていた手鏡を差し出してきた。

 震える手でそれを受け取り、ゆっくりと自分の顔の前に持ってくる。


「あ………」


 想像以上に、自分の顔だった。

 日本に居た時より顔の彫りが深いのは、この世界に合わせてくれたのだろう。しかし、瞳も、髪も、口も鼻も、昔から慣れ親しんだもの。

 ただ、瞳だけは薄い紫色。


「風の精霊の影響が瞳に現れてるんだ」


 紗和が何も言っていないのに、ラクザレスが答えを差し出してくれる。どうやら、鏡越しにマジマジと見ていたのがバレたようだ。

 しかし、まさか、こうしてまた会えるとは思わなかった。


 ―――自分が自分に会うっていうのも変な話だけど。

 意外に、彼女は冷静だった。


「ジョンダイルの風の加護が身体にあるからの、これで魂だけになっているはずの聖女とも話せるはずじゃ。説得しにいくのじゃろう」

 サイラスの横やりともいえる言葉が、手鏡と紗和の間に入り込む。

「しかし、わからぬ娘よのう。聖女が帰ってこればお主は出て行かなくてはならぬ。聖女が帰還を拒否しているのならば、わざわざ自分から動かず、今いる居場所に大人しく居ればよいものを」


 自分本位な事を言ってはいるが、サイラスがそんな事を本気で思っているはずもない。紗和を試しているだけだ。それに気づいている彼女は、手鏡を下ろしてサイラスを見た。

 今は、彼とほぼ同じ視線で立っていられる。


「約束は約束よ。クリスティアナちゃんを健康にして彼女のあるべきところに届ける。それだけのために、死ぬはずだった私は今こうしてここに居るの。約束を破るのは私の意志に反するから」


 クリスティアナの時には瞳からしか感じられなかった強い意志を、今は身体全体から感じることに、この世界で唯一神や天使と語り合える老人は、密やかに笑みを浮かべた。


 スラリとした、女性ではかなり長身といえる背に、その背丈に見合った長い手足。顔の造作は、普通に比べればすっきりとしているように感じるが、美しいとも言えるだろう。クリスティアナのような少女ではない、成人女性が目の前に立っていた。

 ようやく彼女と合いまみえることが出来たことを、素直に嬉しく思いながらサイラスは言葉を続ける。


「なるほど。では、早く行く事じゃな。聖女が気を変えて今の場所から離れる前に。着替えは隣の室に用意してある。馬車も今神殿の前に用意させておるから使うと良い」

「ありがとう、世話になるわね」


 聖女の気が代わるまえに、という言葉で焦りを感じたらしい紗和は、そのまま言葉少なにエイダと共に白いその部屋を後にした。


「思った以上にイイ女だったな」

 後ろに佇んでいたラクザレスがぼやく。

「さて、ジョンダイルはあいつをどうするんだろうな」

「さぁのぉ。このまま、天に還らすとは思わんが」

「だよなぁ」






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