EP.71 ある意味逃走
今回は少し短めです。
青年二人がそんな修羅場上等な会話をしていることなど露知らず、紗和はひたすらある場所を目指して歩いていた。
向かうはキースの部屋。今の時間ならば、ほぼ何人かの側近達も共にいるだろう。
エイダはすでに自分の養父母に会いに行くと暇を出してもらっている。モンスター三兄弟も彼女に預けてあるので、出発はいつでもいい。
扉の前に着き、三度ノックし、自分であると声をかける。
中から声がかかり、扉が開いた。
彼女のために扉を開いたのはフランだった。
中にいたのは、フラン、キース、チェスターそしてベリアだった。
少し意外な組み合わせだったが、今会うと非常に気まずい人物達と顔を合わせなくて良いのは好都合である。
「サワ殿、どうかしたかい?」
「キース様、時間もありませんので、単刀直入に言います」
いつになく硬い表情と声の紗和に、全員が知らずの内に背筋を正しす。
「天使からの要請でここを少し離れることになりました。大丈夫、この身体は置いていきますので心配はいりません。クリスティアナちゃんが見つかったようなので、迎えに行くだけです。少ししたら戻ってきます」
横やりを入れられる前に、伝えるべき事を淡々と告げる。
「え、さ、サワ様?」
チェスターの戸惑いの呼びかけと、周りの人間の動揺を感じるが、すべてから目を背けなければいけなかった。
「もうすぐ私の任務は完了します。もう少しの辛抱です」
「サワ、殿」
「時間がありません。エドガーや他のみんなにはお口添えよろしくお願いします。それでは、行って参りますね」
反論の言葉を許すことなく、彼女は顔を上に向けた。
それはある意味、どこで見ているかわからない幼馴染の天使への合図だった。
特に打ち合わせもしてないけれど、それは正しく彼に届いたらしい。
一度白い光にクリスティアナの身体が包まれると、次の瞬間、紗和は自分の身体が浮いたのを感じた。
真っ白い視界に包まれて何も見えない。
意識が遠のきそうになっていたはずなのに、次の瞬間、誰かに勢いよく背中を押された気がして、気が付けば目の前は木々に囲まれていた。
「紗和様、気づかれましたか。心配はいりません。わたしです、エイダです。今屋敷を出て村の方に向かっているところです」
まさかまた知らずにどこかの世界に飛ばされたのかと焦ったが、見知った顔と言葉を傍に見つけて安心した。
『え、私今何になってるの?』
「あまり時間が無かったので、あまり良いものを見つけることは出来ませんでした。申し訳ありません。少しの間だけですが、これで我慢してください」
馬に跨り小走りに進みながらも、エイダは器用に言葉を紡ぐ。
『って、え、これ人形?』
「頑張って女性の人形を探しました」
今の紗和は、成人女性の姿を模った黄色のドレスを着た人形になっていた。大きさは丁度一般男性の指の先から手首にかけてといったところか。
魂が入り射こんでいるためか、腕も動かせるし首も回る。
傍から見れば、人形が独りでに動いて喋っているわけである。実に恐ろしい光景だ。
上を向けばエイダがいるので、どうやら彼女の懐に入れられているようだ。
『ラン達は?』
「馬の横に着けている荷物入れの中です。大人しくしてくれていますよ」
『そう』
「屋敷から誰かが来る前に目的の場所に辿り着きたいので、少し急ぎます。半日もあれば着くので、辛抱してくださいね」
『うん、大丈夫、よろしくね、エイダ』
「了解です」
一人と一体、そして三匹を乗せた馬は、そのまま歩みを速めたまま、人知れず屋敷からどんどん遠ざかっていくのだった。
● ● ● ● ●
白い光に包まれたクリスティアナの身体は、光がなくなると同時に力なく倒れ込んだ。
床に叩きつけられる前に、フランが難なく受け止める。
「サワ殿!」
「サワ様!!」
悲鳴と共に部屋に居た全員が悲鳴を上げながら少女に駆け寄る。
「大丈夫だ、息はある」
しかしその瞳は閉じたまま。
「先ほどの言葉は、どういう意味だったのか」
キースが眉を寄せる。
何も言わず、ただ寝息だけを建てる少女を見ながら、ベリアがポツリと零した。
「クリスティアナ様、だと」
「なに?」
「この身体は、クリスティアナ様なのだと、伝えたかったのではないのでしょうか。サワ様の魂が離れたのならば、この身体は今、クリスティアナ様なのでしょう」
皮肉にも、袂を別ったはずであった女性であるはずのベリアが、誰よりも紗和の意図を正しく理解したようである。
「フラン、サワ殿、いや、違うか。クリスティアナを部屋に運んでくれ。私もすぐ行く」
「了解した」
「わた、ぼ、僕も、行きます」
紗和によって仮面を外されてからは、なるべくドレスではなく男性の服を着て、言葉遣いも直そうとしているチェスターがフランに続いて部屋を出た。
「さて、彼女は大きな荷物を残して行ってしまったね」
キースは疲れた溜息をついて近くにあったソファーに深く腰を掛けた。
「………エドガーとアーヴィンに、どう伝えようか」
薄々勘付いていた彼らの紗和に対する特別な想いと、彼女が消えたことによって傷つくであろう彼らの気持ちを考えて、聖女の父は、疲れたような深い溜息を零した。