EP.69 さよならへのカウントダウン
「紗和様?どうされました、こんな時間に?」
紗和の指示通り彼女のドレスを脱ぐのを手伝い、彼女の湯浴みに付き合った後、エイダとベティは就寝の言葉と共に部屋を後にしていた。
しかし、月が夜空に輝き始めてだいぶ経った深夜、エイダは再び紗和の部屋を訪れていた。
紗和にこっそりと呼び出されていたのだ。
「エイダ、悪いわね、こんな夜遅くに」
「いいえ、大丈夫です。けれど、一体」
「こっちに来てくれる?」
部屋に入ると、紗和はベッドの上ではなく、化粧台の前に座っていた。化粧台の上には行儀よく座るランとコウ。リョクは紗和の膝の上に仰向けに寝ていた。
エイダが大人しく近寄れば、鏡が小さく波うち、それと同時に映し出される仮面の人物。その金髪の巻き毛は目を見張るほど立派なものだ。
「ダイちゃん、聞こえる?私に付いてくれているエイダよ」
『あぁ、彼女が。僕に合わせてくるところを見ると、かなり信頼しているようだね』
「この世界の誰よりも」
言い切った紗和に切ない表情を見せたエイダに、鏡に視線を向けている紗和は気づかない。
『それで、今日はどうしたんだい?君から僕を呼び出すなんて珍しいね』
今日は、彼とお遊びの会話を続けるつもりはなかったので、紗和はすぐに本題に移った。エイダはただ黙って彼らの会話に耳を傾ける。
「クリスティアナちゃんの行方は?」
『………見つかったよ。だけど、彼女は神の元に来るのを拒んでいる』
「どうして」
『わからない。ただ、戻りたくないみたいだ。自分の場所に。きっと、世界の美しさに気づいたみたいだね』
「あんた達じゃ連れ戻せないの?」
『恐れ多くも聖女だからね。天使の僕達もあまり強くは出られないんだ』
「わかった、私がいく」
「紗和様?」
『紗和?』
「ダイちゃん、一度私をこの身体から抜けさせて。それで、私がクリスティアナちゃんを説得するわ。このままじゃどこにもいけないけど、この身体さえ置いていければ、誰も文句は言わない」
今の自分の周りいる人々が心配すべきは、この少女だけ。
彼らを騙している自分では決してない。自分であっては、いけないのだ。
『本気?君は一度本来の身体から離れて今の身体に移っている。僕達も万能じゃないんだ。何度もそんな事は繰り返せない』
「わかってる。けど、クリスティアナちゃんが戻ってくれば、どっちにしろ私はここから離れなければいけないんだから、そんなに変わりはないでしょ」
『………』
自分の事のはずなのに、冷静に物事を見ている彼女の言葉に、巻き毛の天使は沈黙した。
『それと、彼女がここにいるのと、何か関係が?』
ジョンダイルの視線がエイダに移った。
「彼女にはついてきてほしいの」
「紗和様?なぜ?」
「簡単な事よ。誰よりも信頼する、あなたに付いてきてほしいの。一人は、心細いでしょ」
静かな瞳の中に蘇る、いつかの約束。
『エイダは、それでいいの?』
「………えぇ、構いません。わたしは、紗和様にお仕えしている身です」
『紗和にねぇ』
少し含んだような物言いをしたジョンダイルは、人差し指を顎に添え何やら思案するような身振りをした後、頷いた。
『わかった。いいよ。丁度うまい具合に、クリスティアナの魂は今、エイダの養父母が居る村にあるんだ。だから、里帰りも兼ねて行っておいで。きっと、君の兄さんにも会えるよ』
「そうですか」
『すごいよね。神のお導きってやつ?僕はあんまり信じてないんだけど。………まぁ、そういうことだから。一応側近達やクリスティアナの父親には一言言いなよ。僕は君達を見ている。君がちゃんとその身体から離れる旨を告げた時、魂を切り離してあげる。エイダは旅支度をして常に屋敷から立ち去れる用意をしておいて。あ、何か紗和の魂を入れておくものも用意しておいてね。魂がクリスティアナの身体から離れた瞬間君の元に送るから、そしたらすぐに屋敷を出るんだ。早い方がいいよ。じゃあね』
ある意味天使が一番言ってはいけないことを言って、指示だけ出した後、鏡はもう一度波打つと、ジョンダイルは姿を消した。
「エイダ、ごめんね。迷惑かけるわ」
鏡から自然を外し、傍に立つ侍女を見上げる。無意識の内に、膝の上のリョクを撫でていた。
エイダはいつもの笑顔で首を振った。
「いいえ、良いのです。むしろ、光栄です」
「なら良かった」
「村に着いたら、養父母を紹介します。兄にも、会えれば、紹介します。そして、改めて、わたしの事も紹介しますので、ぜひ、聞いていただけると嬉しいです」
「もちろん」
その後内密な計画を立てている内に、夜は更けていった。