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EP.68  夜会での人助け


 給仕が少女に近寄る。

 その手には頼んでおいたノンアルコールのカクテル。


「お嬢様、これは聖女様からです」

「え?」


 父親の叱咤に泣きそうになっていた件の令嬢は驚いたように顔を上げた。その瞬間、紗和はドレスの集団の中にうまく潜り込むと、一人の少女の足元にさり気なく自分のつま先を寄せた。


 それによって少女は前かがみにバランスを崩す。


 次の瞬間には紗和はその場から遠のいていた。色とりどりのドレスの少女達の中では、聖女であっても霞んでいたので、誰も彼女の所業に気づく人物はいない。薄い色のドレスを着ていたのもよかった。

 倒れかけた少女は傍に居た他の少女に縋りつき、そして掴まれた少女もまたバランスを崩すように身体が斜めになった。

 ドミノ倒しのようなそれが三人目に達した時、運悪くその少女は丁度カクテルを手渡そうとしていた給仕にぶつかってしまった。


「きゃぁぁっっ!」


 元々反射神経は良いのであろうその青年が少女の受け止めるが、その代わりという風にカクテルの中身が、紗和曰く非常にいけ好かない父親の服とそして足元に散らばった。その際、傍にいた娘にも少しだけ飛び散る。

 少女達の悲鳴があがる。

 人々の視線が集まるのを感じながら、紗和は自分で作り上げたステージに上がるために一歩を踏み出した。仕上げと行こうか。


「まぁ大変ですわ!!」

 少し大げさにも取れる言葉を発しながら彼女は親子に近づく。

「せ、聖女さま………」


 少女はすでに泣く一歩手前である。


「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?申し訳ありません、わたくしがカクテルを届けさせたばかりに………」

 そう言って少女を気遣いながら父親を向く。

「まぁ、お父上様もこんなにカクテルが、何か拭くものは………」

 他の給仕達が近づいてきているのを視界の隅に確認しつつ、そう言いながら視線を下げる。

「聖女様、ここはワタシ共が」

「いいえ、良いのですよ、発端を作ったのは、カクテルを届けさせたわたくしの責。あぁ、ありがとう、これで拭きましょう」

 そう言ってあえて視線を外したまま手だけを伸ばしてフサフサした何かを掴む。そのまま確認することなく、手にしたそれで目の前に立つ濡れたご令嬢のドレスを拭く。


「!!」


 どうしてここまでフサフサしているのか、そこはあえてスルーでいく。

 余談だが、フサフサは黒い色をしていたりする。


「え、あの、聖女さま………」

 少女は目を白黒させながら目の前で己のドレスを拭く眩い光に囲まれた小柄な少女を見つめていた。

「先ほどはごめんなさい。わたくしの身体が弱いばかりに側近達も心配でわたくしの傍を離れなくて………。けれど、そのために他の皆様に心苦しい思いをさせていること、本当に申し訳なくて」


 心持ち声を張りながら紗和は言葉を続けた。

 ここで少し眉を寄せ泣きそうな顔になれば演技は完璧である。


「まぁ、そんな」

「聖女様のせいではありませんのに………」

「そこまで考えてくださっているなんて」

「なんて深慮深い」


 様子を窺っていた人々が口を開く。


「それにあなた、先ほどのは、自分の意志ではないのでしょう?お父様に頭を下げていらしたのを見てしまって。自分のお父上の命ですもの、断れませんわよね。謝罪を込めて、今のカクテルを届けさせようとしたのに、それすらも迷惑になってしまいましたわね」

 更に紗和は言葉を続けた。


「まぁ、なんて慈悲深い」

「そんな理由だったのですね」

「それに比べてあの男爵は」

「というか、ご覧になってあの頭………」


 人々の視点が一点に集中したのを感じて、紗和は驚いた風を装って顔を上げた。


「ま、まぁ!!わたくしったらなんてことを!!」

 そういって男爵と呼ばれた父親を向き直った。

「も、申し訳ありませんわ!!!わたくし気が動転してだ、男爵様の鬘を!!」

「聖女様!!よい、良いのですよ!!」


 わざわざ言葉に出されてしまった男爵はこれ以上悪役になるわけにはいかないと愛想のよい笑みを浮かべて紗和から鬘を受け取った。


「ですが、鬘がこんなに………」

「いえ、気になさるな。それよりも流石聖女様、先ほどの娘の失態を寛大な心でお見逃しくださるどころか飲み物を届けさせるという心遣いまで。父親として改めて礼を言わせてくだされ」


 そう言って男爵は素早く頭を下げると、娘を連れてその場を後にした。

 父親に手を引かれながら、令嬢は何度も頭を下げていた。

 それに綺麗な笑顔を浮かべて手を振り見送る。


 ―――あぁ、いい仕事した。やっぱり幼馴染の説明通りね。本当に鬘だったわ。


 いけ好かない親父と観察しながら、少し不自然に浮き沈みをする頭部に違和感を覚えていた紗和は、コスプレ好きだった幼馴染の鬘に関する知識を思い出し、今回の騒動を起こすことにしたのだ。


「さぁ、お嬢様」

「………あらあらあら」

「少し顔色が悪いですね。始めての夜会でお疲れになったのですね。さぁ、我々もお暇しましょう」

 執事の目はそれこそなにか光線を放ちそうなほど冷たかった。

 逃げる場所はないと紗和は早々に白旗を振る。

「え、えぇそうね」


 こうして、引きこもりの病弱令嬢の初めての夜会は無事、大成功を収めたのである―――。



 ―――あくまでも、表向きには、であるが。



「サワ様!!!」

「はーい」

「そのようなやる気のない塊のような返事を聞きたいのではありません!!なんてことをしでかしたのですか!!!!」

「いいじゃん、みんな最期はハッピーだったでしょー」

「終わりよければすべて良しなどという言葉が私に通用するとでも!?」

「………しませんねー」


 帰り道の場所中で、エドガーは額に太い血管を幾つも浮かび上がらせながら目の前に座る紗和を叱咤していた。


 同席しているのは、逃げることができなかった護衛のアーヴィン、そして医者のベリアのみ。

 他の側近達は巻きぞいを恐れ、少し手狭になることを承知でキースの馬車に乗り込んだ。


 アーヴィンとベリアは賢明にも無言を貫き、空気と化している。


「本当にあなたという人は!!少しでも大人しくは出来ないのですか!!」

「できるよー。でもあの子が可哀想で」

「あなたには関係ないでしょう!!」

「もー、エドガー、そんなに怒ってたら早死にしちゃうよー。長生きしたいでしょーしてよー、だから落ち着いて」


 のらりくらりエドガーからの怒りを交わしていた紗和はそう言ってエドガーの額に浮かぶ血管の一つに指を置いてにこりと笑ってみた。ぶっちゃけ、これで大人しくなるとは思ってはいない。


 しかし、予想に反して、紗和の指が当たった瞬間彼は動きを止めた。


 お互いに見つめ合いながら瞬きを繰り返す。


 それが長い間だったのか、一瞬のことだったのか。

 馬車が屋敷に着いたことを知らせるように止まった。


「行きますよ」


 エドガーは何事もなかったかのように身を乗り出して、一足先に馬車から降り立つ。その際、紗和が降りやすいようにお立ち台を馬車の扉の前に設置する。


 アーヴィンも続いて馬車から降りると、紗和のために手を差し出す。


「………うん」


 微妙な間と共に、紗和は屋敷の前に立った。

 屋敷の入り口にはいつものようにエイダとベティが待機していた。

 一足先にキースの馬車で屋敷に着いていた他の側近達は、予想に反し静かに馬車から降りてきたエドガーと紗和を見て首を傾げる。

 紗和が地面に足をつけ、エイダ達が彼女の傍にやってくるのを見届けると、エドガーはまるで紗和の視線から逃れる様に足早に屋敷の中へ入って行ってしまった。

 普段の彼であれば、絶対にしない行動だ。


「サワ様?エドガーとなにか………」


 思わず声をかけたフランだったが、紗和の瞳の中に、焦燥を見つけて思わず口をつぐむ。もし自分ですら気づけたのなら、周りの人間達にもきっと見えただろうとも思う。

 紗和は急いでコリンに近づき、彼の腕の中で大人しくしていたランを受け取る。


「エイダ、ベティ、ドレスを脱ぐの手伝って」


 彼女は屋敷に向かうために足早に進む。

 しかし、すぐに一度立ち止まり、後ろを振り返った。

 並んでいるのは、容姿端麗のクリスティアナの側近達。


「ごめん、何でもないから心配しないで」


 どこからどう見ても嘘としか思えない言葉を言い残して、彼女は屋敷の中に姿を消した。






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