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EP.65  ルーク


『えーと』

 一度きり、しかもまだ紗和の対人恐怖症が治りきらない時に会った彼らの事を、紗和はぶっちゃけ忘れてしまっていた。

 コリンは固まったまま動かない紗和の耳に口を寄せて呟く。


『サワ様、従妹のデイジー様と付き人のルーク・アーチャー』

「お久しぶりですわね」

「えぇ、お久しぶりです」

「「……」」


 会話が続かない。

 デイジーからすれば嫌いな従妹で、紗和からすればほとんど初対面なのだ。無駄に話をして自分がクリスティアナではないと気づかれてしまうことは避けたい。

 ゆっくり密かに行っていた深呼吸が五回ほど繰り返されたところで、ようやくデイジーが口を開いた。


「さすがはオールブライト家長子にして世界に愛されることを約束された聖女様ですわね。そんなに綺麗に着飾ってもらえて、周りにはいつもの側近達が居て。本当に……」

 デイジーは一旦言葉を切り、その可愛らしい顔を冷たく歪めて吐き捨てる。

「いい御身分だこと」

「なっ!」


 デイジーの侮辱ともとれる言葉にコリンが激昂しかけるが、紗和が片手で制しする。

 自分が身体を預かっている少女の従妹を真正面から見据えながら、紗和は己の感じる違和感に首をひねっていた。傍から見ればデイジーは、か弱く可憐な従姉を苛める意地悪な令嬢である。しかし紗和はそれを素直に受け取ることができなかった。


 何かを見極めようとするように、瞳を細めてデイジーを見つめる。


 その流れで隣に立つ物静かな青年に目をやるが、側近並みに秀麗な顔立ちだったためすぐにデイジーに視線を戻した。

 どうやら自分の麗人恐怖症は完治したわけではないらしい。ただ側近達を基準として、普通より美しいが彼らより劣る顔立ちの人々にだけ耐性がついただけのようであった。

 というわけで、ルークに対してはまだこの恐怖症は有効のよう。


「何か仰ったらどう?」


 何も言わずに自分を見つめる少女に痺れを切らしたデイジーは腕を組み直してクリスティアナに進言する。何かあるなら言えばいい。自分はそれに更に言葉を返すだけだ。そうすればこの気の弱い従姉は何も言わず、今にも消えそうな儚い笑みで笑い返すだけ。

 憎むべき相手なのに。例え母親が居なくとも、誰にでも愛され慈しんでもらえる従姉だからこそ嫌っているのに。なぜか声をかけることは止められない。そうすることで、デイジーはクリスティアナという存在を己の中に刻み組んできた。


『デイジー、お願いね』

 どれだけ自分が大事にされているか知ろうともせず、自分が世界の不幸を背負っているかのように振る舞う従姉を。


「社交界デビュー、おめでとうございます。こうして晴れて、わたくし達も大人たちの仲間入りですわね」

「……え?」


 いつもの儚げな笑みは着せ失せ、その代わりに輝く笑みがデイジーを待っていた。普段黙ったまま何も言わない少女なのに、返ってきたのはお祝いの言葉。

 デイジーは目を細める。

 それに反応するように、目の前の少女の口角が小さく上がった。


「あなた、どなた?」

「……っ」


 紗和が正々堂々と佇むのに対し、反応してしまったのは側近の一人であるコリン少年。

 まぁそれはわかっていた事なので紗和は何も言わない。


「あら、わたくしのこと、忘れてしまったのですか?」

 可愛らしく小首をかしげて演技を続ける。

「ワタクシの知るクリスティアナは、そのように堂々とした物言いはしないと記憶しております」


 紗和はデイジーが気に入った。

 この強い意志を感じさせる姿勢は非常に気持ちがいい。自分に通じる何かがあると思う。


「それは身体の弱かったころの話。今はこうして夜会にも出れるまでに回復致しました。ですから、少しは話をする、ということを学んだのですわ。デイジーはこんなわたくしはお嫌いですか?」


 語尾を弱くして目尻にほんのり水分をためてみる。果たして、一見意地悪そうに見えるこの従妹がどのような反応をしてくるか。

 泣きそうな表情で自分を見てくるクリスティアナに、デイジーは目をまん丸くさせる。そしてその内容をきちんと頭で把握した彼女は頬を少しだけ赤らめながら言った。


「……っ。えぇ、えぇ、嫌いですわ!ワタクシに口答えするなんてクリスティアナには百万年早いですわよ!!」


 まるで下っ端の悪役かのような捨て台詞を吐いて、デイジーは紗和達に背を向けて歩き出した。しかし、あまりに動揺していたせいか、長い黒のドレスが彼女の靴に引っかかり、彼女は前によろめきながら前に倒れかける。


「デイジー様!!!」


 そこで、聞いたことのない声が叫び声を上げた。

 今まで一言も言葉を発することのなかったデイジーの付き人、ルークである。彼は倒れる寸前のデイジーをその高い運動能力で受け止めると、青い顔をしたままデイジーの身体を立て直す。しかし、彼の腕はデイジーの両腕を握りしめたまま。


「デイジー様、お怪我はありませんかっ!?あぁ、お労しいっ。このルークが傍に居ながらデイジー様にこのような恐ろしい体験をさせてしまうとはなんとしたことか!!あぁ、どうしたらこの失態を許していただけるでしょうかっっ。いっその事僕の命をもって償うしか……いやっ、そうするとあなたを護る人が居なくなってしまうっっっ……。あぁ、デイジー様僕は一体どうすればっっ!」


 マシンガンのように彼から発せられる言葉に、紗和とコリンは文字通り固まった。

 顔色の悪いルークは、泣きそうな顔でデイジーに縋っていた。その頭に見えるのは項垂れた犬の耳と、その尻には垂れ下がったしっぽ。今の今まで無表情でクールを装っていたはずのルーク・アーチャーはそこには居なかった。


「まじか……」

 麗人恐怖症であるはずの紗和は、自分の特異体質を忘れてルークを見つめていた。

「ここにもロリコンが……てか、もう変態……」


 背後でドン引きしている少年少女には目もくれず、デイジーは溜息をついて自分の付き人を見ていた。

 いつものことなので彼女は動じない。


「ルーク、いい加減になさい。あなたがきちんとワタクシを受け止めてくれたおかげでワタクシは無事でしてよ。ですからあなたが責任を取る必要なないわ。ワタクシの付き人なら、きちんとしなさいな」

「はい」


 先ほどまでワンコだったルークが一瞬にして無表情クールな仮面を被り、すばやく立ち上がると、そのままデイジーの隣に並んだ。流し目で後ろにいる二人を見るが、その瞳の温度は氷点下よりも低い。 


「「……」」


 一連の流れを一つも見逃すことなく目撃してしまった紗和とコリンは口をあんぐり開けて棒立ち状態である。

 しかし、そんな二人を気にした様子もなく、デイジーとルークはその場から立ち去ってしまった。

 いろんな意味で、消えない傷跡を残された紗和とコリンをその場を残して。

 

 「コリンくん、ごめん、ちょっと私外の空気が吸いたいんだけど……」

 「サワ様、奇遇だな。僕もだ」


 お互いを見れば、それぞれが青い顔をしていた。

 なんだか、見てはいけないものを見てしまったような気分である。

 ちらりと見れば、アーヴィンとベリアはまだ抜け出せそうにない。というか、先ほどより遠くにいるような気がするのは気のせいか。


 まぁ、またここに戻ってくれば大丈夫だろう。年若くはあるが、側近のコリンも居るし、ここは王宮だ。少しの間だけならば危険も少ない。


 そう判断して、王宮に地理に明るいコリンの誘導の元、二人はバルコニーに出るために歩き出した。

 デイジー達の歩いてきた道を辿り、右に曲がり、そこを真っ直ぐ歩いていけば王宮の庭園に続く小さなバルコニーに出た。


 まだまだ夏の暑い日が続いているせいか、辺りは蒸し暑い。

 夜会とは言っても、電球もない世界なので、まったく暗い夜に行われるわけではない。基本的に日没寸前までに貴族たちは集まり、時間を楽しみ、月が出てしばらくすれば夜会はお開きになる。

 今の時間帯は丁度終課と晩課の間である。しかし夏は日の出が早く日の入りが遅いので、晩課が近くとも外はまだうっすら明るい。夜会はまだまだ終わらない。


 社交界シーズンが暑い夏場に選ばれるのは、そのためである。


 最初こそ薄暗い場所に慣れていなかった紗和も、今はだいぶ慣れ、転ぶこともなくなったし、普通に行動することも出来る。

 フランから聞いた話だと、ある夜会でずっと恋人だとおもって踊っていたら実はまったくの別人だったという話も本当に起こったことがあるらしい。しかもそれは珍しいことではなんだとか。まったく見知らぬ人々ではあるが、キスしていた相手が自分の恋人じゃないと分かった時の心中を察して、なぜか申し訳ない気持ちになった。


 閑話休題。


 丁度日の入りの方角にあったバルコニーのお蔭で、綺麗な空の色を拝むことができた。


「まさかだったわ……」

「まさかだったね……」

 未だに衝撃から抜け出せずにいる二人は深く溜息をつく。

「サワ様、ルーク・アーチャーの事普通に見れたね。彼は見れないと思ってた。完全に恐怖症を克服したってこと?」


 コリンの言葉に紗和は首を振るとバルコニーの大理石でできた柵に組んだ腕を載せ、その上に更に自分の顎を載せた。


「ううん。ルークを見た時、完全に恐怖症の反応が出たわ。ただ、あれが衝撃的過ぎて大丈夫になったみたい」

「あぁ……そう、だね」


 せっかくあのシーンから抜けようと別の話題を振ってみたのに、結局戻ることになった。

 その時、少し離れたところにある草むらが不自然に揺れた。


「サワ様、こっちに」


 若いとはいっても、だてに聖女の側近としてあの五人の中に混ざっていたわけではない。草の不自然な動きを素早く読み取ったコリンは、すぐに守るべき少女の腕を引いて自分の中に囲うと、草むらがぎりぎり見える範囲に身を潜める様に隠れた。


 本来は背の高い紗和も、クリスティアナの身体に入っている時は身長は低い。コリンよりも頭一つ分は低いその身体は今、少年の腕の中にすっぽり抱えられている。これが普通の十四歳の少女であれば、トキメキのの一つや二つあっただろうが、悲しいかな。今の彼女の中身は二十八歳。十五歳のコリンから見ればおばさんと言われてもおかしくない歳の差のため、紗和はまったく変な気持ちになることもなくコリンと共に草を見つめていた。

 ―――いやぁ、若いのにすごいわねぇ、ほんと、将来有望だわぁ。

 コリンが聞けば眉を顰めそうな、年寄りじみたことを考えながらではあったが。


「キュー」

「「!?」」

 草むらから現れた生き物に、紗和とコリンは息を詰めた。

『ちょ、なんでランが居るの!?』

『え、サワ様連れてきたの!?』

『連れてくるわけないじゃない!』


 小声で交わされる会話には焦りが見受けられる。彼が側近達以外に見つかると非常にまずい。ベリアの時にも痛感したことだが、ただでさえモンスターはこの世界の人々の目の敵にされており、その中でもランは一目でモンスターだとわか風貌をしている。見つかれば最後、彼は殺されてしまう。


 とりあえず自分達の元に連れてこようと紗和が立ち上がったところで、コリンに腕を強く引かれ彼の胸元へ戻される。


『ちょっ』

『しっ。誰かくる』

『っ!』


 絶体絶命だと思った。


「あら、なんですの?」


 聞こえてきたのは先ほどまで聞いていた耳馴染んだ声。

 見えてきたのは黒づくめの小さな影と、白っぽい縦に長い影。


「ルーク、この子、モンスターではなくて?」


 まさかの、デイジー再び、であった。(もちろんあの変態も一緒)





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