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EP.62  天使と堕天使と、


「さて、というわけで」

「なにが、というわけかはわからないが、とりあえず、私の話を聞いてはくれないかい」

「もちろんですわ、お父様。けれどそれよりもまず、しなければいけない事があるのです」

「というと?」

「あなたの顔を剥ぐことです」

「・・・サワ殿は、ずいぶん変わられたね。よし、急用を思い出した。話はまた今度にしよう」


 逃げようとソファーから立ち上がったこの屋敷の主人に、エドガーが

「申し訳ありません、旦那様。サワ様は少し、気分が高揚しているようで、言葉を選び間違っていらっしゃるようです。正しくは、仮面、だと思われます」

とフォローを入れれば、

「あ、なるほど」

 キースは安心したように紗和を正面から向き合えるように座りなおした。


 ついこの間まで仮面で顔を隠していた娘の側近達は今や皆、それぞれ麗しい顔面をそのままに、晴れやかな笑みを外気に触れさせていた。


 ただし、父であるキースを除いて、ではあるが。


 彼女の目付け役として傍にいるフランからの報告によれば、今娘の中に宿っている魂の持ち主である“サワ”は、麗人恐怖症というもので、綺麗な人を見ると拒絶症状がでるのだ。それは酷いときは気絶までさせる威力になるという。この話を聞いたキースは、彼女との初めての邂逅を思い出し、なるほど、と納得した。そんな彼にフランは更に説明を続けた。なんでも側近達との関わりを通じて彼らの中身に目を向けた結果、それほど外見が気にならなくなったようで、今では仮面なしでも意志の疎通が図れるようになったのだ。


 ただし、父であるキースは一家の大黒柱兼貴族というわけで、あまり屋敷に居る時間がない。それにより、紗和はいまだキースの仮面を外せずにいた。

 それが少し寂しいのは事実ではあるので、ここは大人しく、目の前の少女の話を聞くことにする。


「ぜひお父様のクリスティアナちゃんを思う気持ちをお聞かせくださいませ。そうすればわたくしもきっとキース様を娘想いのとても良いお父様と認識し、仮面がなくとも向き合えると思うのです、わ」


 彼女はこれから来る夜会に向けて話し方の勉強をしている。今も勉強のつもりで話しているのだろう。いつもの彼女を知る者ならば鳥肌ものだが、それはつまり合格点をだせるほどの成長ぶりということでもある。

 まだ少し語尾が怪しいものの、それは練習あるのみなので深くは突っ込まないでおくことにしようと、周りの側近たちは人知れず同じことを考えていた。


「なるほど」


 目の前に座る娘と向き合いつつ、キースは右手を顎にやり、やや考え込むように沈黙した。その姿が某像を思い起こさせるものだったので、紗和は思わず吹き出しそうになった。しかし、それを知るのは彼女のみなので、他の誰とも笑いを共有することができないのが少し寂しい。

 少しの間沈黙を守っていたキースだったが、顔を上げて紗和を見るとその形の良い眉を困ったようにハの字に曲げる。といっても仮面で隠されているため、実際には誰にも見えない。


「今ここでみんなの前でというのも恥ずかしいものがあるね。夕食の後に、二人で話をしないかい?夜であれば、外もそこまで暑くはないだろうしね」


 確かに、と紗和は頷いた。ここで奥さんへの愛を語れというのは少し恥ずかしさも伴うだろう。

 快くキースの提案を了承して、紗和は部屋を後にした。これから、エドガーによる踊りのレッスンがあるため移動する。

 紗和に続くように、部屋に居た側近達、つまりエドガー、アーヴィン、フラン、そしてチェスターも廊下に出ると後を追うように歩き始めた。


「まぁある程度形にはなりましたし、どうにか夜会には間に合うでしょう」

「ほんと、一時期は焦ったわぁ」


 エドガーの上から目線な感想を華麗にスルーし、紗和は胸を撫で下ろすようにほっと息をつく。そうなのだ。先日キースにより聞かされた夜会への招待が、刻一刻と近づいていた。


「サワ様が気負うことは何もありません。お嬢様が病弱であるのは周知の事実ですから、なにかあればそれを理由に誘いを断ることも可能ですし」


 紗和を間に挟んだエドガーの反対側を歩くアーヴィンがフォローを入れる様に言葉を紡ぐ。

 彼の言葉にある意味心が救われるが、それを認めず、紗和は肩を小さく竦ませる。


「ここまで一生懸命に練習したんだし、やっぱり自分の力は確かめてみたいからねー。まぁ、踊るは踊ってみるつもり。最近楽しくなってきたのは本当だしね」

「それは、紗和様が上手になったのも一つですが、何よりダンスの相手がある程度うまいから、ということをお忘れなく」

「なによ、自画自賛?」

「エドガーも一理あるな」


 エドガーの言葉に喧嘩腰な返事をした紗和をいさめる様に、これまで黙っていたフランが口を開く。まだ彼は胃薬を飲みたくはなかった。

 そんな彼の気持ちをなんとなく察してしまったチェスターは、さり気なくいつも装備しているズボンのポケットに入っている胃薬の存在を確認しておく。念のためだ。

 フランにはあまり強く出られない紗和は大人しく引き下がることにしたのか、一度エドガーをじと目で見た後、前を向いた。


「あなた達のエスコートが上手なのは認める。でも、夜会に出るぐらいだからみんなそれなりに上手でしょ」

「まぁ、皆それなり、でしょうね」

「よし、なら大丈夫」

「あなたは何故いつもそう偉そうなのですか……」

 エドガーの疲れた口調が隣から聞こえてきたけれど知るもんか。


 その後ダンスホールで、アーヴィンに相手をしてもらいながらダンスのおさらいをする。まだ、何度かステップを忘れてしまうという、紗和からすれば許しがたいミスを起こすものの、ダンスの先生を担ってくれているベティから合格点をもらえるくらいには成長した。

 ダンス初心者がやってしまう相手の靴を踏むというミスが最初の数回でなくなったというのが、ベティからしてみれば一番意外な点だったと、紗和を後に聞くことになる。

 

 いつものように大きなテーブルにキースと二人向き合い、側近七人に加えベティ、エイダに囲まれながら食事を終える。


 一度部屋に戻り、モンスター三兄弟の相手をしながら休憩をする。キースにはまだ少し仕事が残っているため、その間の時間潰しである。

 モンスター三兄弟はどうやら成長は遅いらしく、紗和が拾ってもう数週間は経とうとしているにも関わらず大きさはそんなに変わらない。


 藍色の瞳が特徴のランはやんちゃ盛りで、いつでも飛び跳ねては周りをヒヤヒヤさせる。とくに三つ子の存在をは屋敷の使用人達には伏せてあるため、彼の起こす不可思議な音はかなり心臓に悪い。そんな彼は、自分と同じようにやんちゃ盛りであるコリンと一緒にいることが多い。


 紅い瞳のコウは、良い意味で冷静な女の子だった。常に周りを観察し、人間達の動きに合わせて行動する。やんちゃな兄を静かにさせるのも彼女の役目のようである。何度ランが彼女にしっぽを踏まれるとこを見たものか。その動きも今や滑らかかつ素早い。最早達人の域である。


 末っ子のリョク、その名の表す通り緑の瞳を持つ彼は今だに一日の大半を寝て過ごす。時々静か過ぎて彼の存在を忘れてしまう事があるが、その時は一番上の兄ランが知らせてくれる。生半可な事では起きないため、一番一緒に居て楽ではある、というのは彼と最近時を共にするフランの言葉である。


 と、このようにモンスター三兄弟は相も変わらず日々を過ごしていた。

 もちろん紗和が屋敷に戻れば彼らは彼女と時を共にする。彼らの飼い主は一応紗和であるし、それも彼らはわかっているのだろう。一番最初に自分を庇護下においてくれた紗和には誰よりも懐いていた。それもあるのだろうか、飼い主の侍女であるエイダにもとてもよく懐いている。しかしその懐き方は紗和とは違い、まるで彼女を同志としているかのような気安さが見受けられた。その些細な違いに気づいているのは、今のところ紗和ただ一人であるようだが。


「さてはて、どうしましょうかねぇ」


 エイダとベティを含めた側近達をすべて下がらせ、紗和はベッドの上で三匹と戯れていた。といっても、布の切れ端をランの目の前に垂らし、それを掴んでは放すという行動を繰り返してはしゃいでいるランとそれを呆れたように見つめる妹、そして我関せずというように自分の膝の上で丸まっている弟を眺めているだけである。


 彼女には密かな悩み事があった。

 密かに胸の奥に芽吹いていたその悩みは、日に日に蕾を大きくし、そして次第に花開くのを待っているような錯覚さえ起こさせる。その蕾を蕾のままにさせておきたいと願い、あえて目を逸らしていたというのに、最近では周りがそれを許してくれない。


 元々期間限定で預かることを決めたのだ。たとえ自分という存在がこの世のどこにもなくても、それをすべて受け入れたからこそ今がある。今さらクリスティアナになり替わろうなどとも思っていない。


 ふとベッドから見える位置に壁を背にしておいてある化粧机に目をやった。その上に置いてある大きな鏡。その縁には美しくきめ細かい細工がされてある。クリスティアナの趣味か、はたまた両親の趣味かは分からないものの、その細工は形の様々な花で、可愛らしい寝室の持ち主にとてもよく似合っていると思う。

 けれど紗和が見ていたのはそこではなかった。



「ダイちゃん、居るんでしょ?」


 鏡に向かって呼びかければ、その次の瞬間平らでなければならないはずの鏡の側面が波打ち、そして金色の仮面を被った金髪巻き毛の人物が浮かび上がった。


「うん、どうしたの」

 最初こそその姿を見るたびに飛び上ったものだが、今ではもう慣れたものである。

「クリスティアナちゃんの行方は?」


 世間話なんてこの二人にはいらない。すべての事情を分かっている彼らに必要なのは経過ではなく、結果だった。少なくとも、紗和にとっては。

 鏡の中の天使は首を横に振って口を開く。


「中々難しいね。彼女の魂は見ればすぐにわかるけど、その意志が弱い分その魂の気配も儚いんだ。見つけたと思ったら次の瞬間には消えてしまっている。厄介なんだよ」

「天使って別に万能なわけじゃないんだ」

 少し驚いたように声を上げる紗和に、ダイちゃんは肩をすくめて見せた。

「人間からしてみれば、僕ら天使は万能だよ。ただ、時間がかかるってだけの話さ」

「……じゃなかったら、こうして私をこの世界に呼ぶことなんて不可能か」


 自分で質問をしておきながら、自分で答えを見つけてしまった。死者の魂を異世界に呼ぶことのできる天使に、出来ない事なんて何もないじゃないか、そう思い当たる。


「あ、そういえば、ラックン元気?」


 ここ最近会ってないもう一人の顔見知りの天使を今更ながら思い出す。天使、といっても堕天使ではあるのだが。


「うん、元気だよ。相変わらず意地悪だけど……」

「意地悪じゃねぇよ。てめぇがめんどくさいだけだ」


 肩を落として溜息をついたダイちゃんの会話に、第三者の声が加わった。低く深みのあるその声はつい先ほど思い浮かんだ堕天使のものだ。


「あら、なに、この鏡ラックンにも繋がってるの?すごーい、便利―。携帯みたーい」


 いきなり現れた黒髪赤目の美形に臆することもなく、逆に間延びした声をあげる紗和はきっと大物だ。ちなみにランは、ダイちゃんが現れた瞬間遊んでいた紐を放りだして化粧台の上に飛び乗り、その鏡の側面に鼻を擦りつけている。コウはその隣で特に何をするわけでもなく天使二人を見上げていた。リョクは相変わらず紗和の膝の上だ。

 リョクを腕に抱き上げて、紗和は化粧台の前に置いてある椅子に座った。


「そんなことないよー。ラクザレスが僕に厳しいだけだもん」


 仮面をつけているダイちゃんだが、そう言いながら頬を膨らませているであろうことは容易に想像がついた。基本彼は子供っぽいのだ、行動が。そしてそれを無邪気に行うものだから手に負えない。


「もん、じゃねぇ。聖女の行方探しを他の奴に押し付けやがって、おめぇは何してんだよ」

「神様の言いつけで魂が見つかった時の安静の場所を選定してる。仕事してるよ」

「そんなん一日二日あればできるじゃねぇかよ」

「残念でしたー。今回は相手が聖女様だからね。神様の大事な一人娘だから慎重にするようにって言われてるんだ。だからまだ時間はかかるよ」

「その役目、誰でもよかったんだろうが。なんでお前がやってんだ。こっちとら朝から晩までこの世界見回し続けて寝不足なんだぞ」

「だって誰もいいって言ってたから。紗和といつでも連絡取れる場所にいたかったんだ」

「結局自分の都合じゃねぇか」

「早いもん勝ち―」

「……もう知らん。じゃあな」


 そう言ってラックンは鏡から姿を消してしまった。


「紗和―、ラクザレスが冷たいー」

「いや、今のはどう考えてもダイちゃんが悪いでしょ」 


 口も挟めないまま二人の天使のどうでもいい口喧嘩を見せられた紗和は、唖然としたまま、思ったことを唇に乗せていた。


 ―――なに、今の。てか、あれが天使でいいの?


 この世界に一抹の不安を覚えた瞬間だった。



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