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Ep.59  思わぬ誤算

 夕食はアルフレッドの独壇場となった。

 まるで一人で宝塚歌劇団を再現しているかのようなその行動や言葉の数々にある意味圧倒されたまま夕食は終わり、その後は談話室でお茶を飲みながら語り合う。


 忙しいという理由から、アルフレッドは談話室への同行を断り部屋に戻った。

 というわけで、談話室に居るのは紗和とエイダ、そして三人の側近のみ。エイダという侍女が居るため、この屋敷の侍女はお茶の準備に来ることはなかった。

 紗和は、一人掛けのソファーに座ってお茶を飲む。

 彼女は昔から、一人掛けの椅子を好んだ。こんなところにまで自分の捻くれた性格が現れてしまっているのは非常に悲しいことではないだろうかと、紗和は他人事のように分析してみる。

 彼女の前の長椅子には、チェスターとアーヴィン、そしてエドガーが並んで座っている。ちなみに、エドガーが真ん中だ。

 お茶が口の中から消えたのを確認して、紗和の視線はチェスターに固定された。


「さて」


 彼女の言葉にチェスターの肩が小さく跳ねる。それに苦笑が零れた。


「別に怯えなくてもいいって。取って食うなんてしないから」

「サワ様ならやっても不思議ではありませんが」


 エドガーの要らない横やりが入るので、紗和はにっこりと笑った。


「じゃあ、最初の餌食は間違いなくエドガーにしてあげるわ」

「あなたが私に敵うとでも?」

「ふふふ、今の私がクリスティアナちゃんであることをお忘れのようね」

「・・・っ」

「紗和様、エドガー様、お二人はどこへ向かわれているんですか?」

「「・・・・・」」


 エイダの純粋な問いかけに大人二人は黙り込む。

 そして二人の会話をどうしようか迷っていた青年二人は、怖いもの知らずの侍女に心の中で拍手を送った。


「コホン」


 咳払いをすることによって仕切り直しの意向を示した後、紗和はチェスターを見る。


「私は何したらいいの?」


 チェスターの表情は仮面のせいで見えないが、彼が驚いて瞠目したのは、気配で感じ取ることが出来た。それができるぐらいには、彼に近いと思っているし、それほどに、紗和は人の考えを読み取ることに長けていた。

 だからこそ、布を被っていても何を考えているのかわかってしまうダグラスという少年は、兄弟の思っている以上に素直なのだとも思った。

 そこにあるのはきっと、些細なすれ違い。


「それ・・・は」


 チェスターは俯く。

 持っていたお茶を飲みほし、傍に居るエイダにカップを渡す。

 足を組んで、椅子の肘に腕を置き、頬杖をつく。その姿は決して聖女とは言い難いが、紗和を受け入れた今の彼らには特に違和感を感じさせるものではなかった。


「まぁ、答えにくいよね」

「い、いえ!!私は、そんな」

 しかし語尾は弱くなるだけだ。

「チェスターくんは、ただ兄弟が好きなだけなんだよねぇ」

「サワ様?」

「うんうん。わかるわぁ、兄弟とは仲良いほうがいいもんねぇ」


 独り言のように頷く彼女に着いていけず、三人の青年は首を傾げるだけだった。

 いつもならここで口を挟むエイダは、黙ったままお茶のお代わりの準備をしている。


「兄弟は近い分、一回拗れると中々仲直りするのに時間がかかるのよねぇ。そういう時は、やっぱり第三者の介入が一番早い。ようはそういうわけでしょ?」


 最後はチェスターに投げかけられた言葉だった。

 その言葉に素直に頷く一方で、チェスターは言い知れぬ違和感を感じていた。何かと問われれば、わからない。

 当人からの確認を取ったところで、紗和は考え込むように頭を小さく唸った。

 アルフレッドは中々に曲者である。彼は自分に近いものがあった。考えていることを意図的に隠すことができる滑稽さと捻くれ加減を紗和は初めて会った時から感じていた。

 だからこそ、一つ一つの言動が大げさになってしまうのだ。

 エドガーなどは、それを個性と捉えて深くは考えていないようだが、あれはきっと自分の何かを隠しているのだろう。


 アルフレッドは骨が折れそうなので、後回しにすることにする。

 だから、ダグラスと一度話をしてみようかという考えに至った。彼は素直で、ただきっと不器用なだけ。たった一度言葉を交わしただけでわかるのは、彼が紗和の知っている誰かに似ているからに他ならない。

 ここは、一肌脱ぐことにしようではないか。


「チェスター君、まぁ、なんとかなるよ」


 あえて自分の考えを伝えることなく、エイダの入れてくれた二杯目のお茶を受け取って、紗和は意味深に笑って見せた。

 

●  ●  ●  ●  ●  ●


 翌朝目が覚めて、エイダが用意してくれていた服に着替え大広間に下りれば、側近三人が揃っていた。

 チェスターは何やら聞きたそうな素振りで紗和を見ているがあえて取り合わない。もう一人心配そうに紗和を見やるアーヴィンの前を通り過ぎ、朝食のために席に着く。

 隣に並んだエドガーを見上げれば、美しい顔の眉間に皺が寄っていた。余計な騒ぎを起こすなという無言の圧力である。

 そんなものに屈する紗和ではないので、笑顔で対応してやった。

 溜息を返されたがそんなこと、彼女の知ったことではないので黙殺しておく。


「やぁやぁ皆の者!!朝だな!!おはよう!!」

「おはようございます」

「聖女殿!どうだろう、この屋敷での生活は。不足はものはないだろうか。あれがすぐに言ってくれたまえ!」

「大丈夫ですわ。お心遣い、痛み入ります」


 習ったお嬢様の猫かぶりを実行してみた。舌を噛みそうになった。


「それはなによりだ!はっはっはっ!」


 皆が揃ったということで朝食が始まる。

 昨夜の食事でも、今の朝食でも、ダグラスの姿はない。そして、彼の席すら、そこにはなかった。

 まだ朝も早いというのにアルフレッドは絶好調だった。まだ出会って一日しか経ってはいないものの、順応性の高い紗和はすっかり慣れてしまっていたので、そのまま彼の好きにさせておく。

 今日の夕方には彼女は自分の屋敷に戻らなければならない。

 その前に、バーンズ家兄弟のあれこれに首を突っ込み、尚且つチェスターの仮面を外すという大仕事をしなければならないのだ。

 もちろん、これらすべてをやってのける自信はあった。 


「さーて、一仕事しましょうか」


 朝食を食べ終え、席を立つ際、独り言のようにぼやく。


「エイダ―」

「はい、紗和様」


 屋敷の侍女達と朝食の片づけをしていたエイダの名前を呼べば、彼女が小走りで近づいてきた。


「ちょっと手伝ってほしいことがあるの。・・・大丈夫、私の言う通りにしてくればいいだけだからさ」


●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


 エイダと共に屋敷の中を回るといって、二人は側近達から離れた。

 食事をした大広間をでて、長い廊下に出る。


「それじゃあ、まずは執事さんを見つけないと」


 時刻はまだ三時課の鐘がなったばかりなので、帰るまでには時間があったので、気持ちには余裕がある。


「何やら宝探しみたいでワクワクしますね!」

「ほんとね、久しぶりだから腕がなるわー」


 廊下を歩きながら笑う二人を、時々廊下ですれ違うバーンズ家の使用人たちが微笑ましそうに見つめていることに、彼女達は気づかない。


「あ、居た」


 お目当ての男性を屋敷の傍の入り口で見つけて、紗和は小走りになる。

 一日目に紗和達を屋敷に招き入れてくれた彼は、今、屋敷の掃除をしているらしい使用人に指示を出しているところだ。それに気づき、邪魔をしてはいけないと思った紗和は小走りを止め、彼が見えるであろう場所に立ち止まって視線で送る。

 隣のエイダも紗和に習うように執事を見つめた。


「・・・おや、何やら視線を感じると思いましたら」


 願いは通じ、見つめ始めて数分もしない内に執事自ら紗和達に声をかける。


「聖女様、いかがされました?」


 執事である彼は初老の男性で、雰囲気もとても優しい素敵な男性だが、紗和が拒否反応を起こすほど綺麗な顔立ちをしているわけではないので、安心して話すことができた。


「少しお願いしたことがあるんですが、協力をしていただけますか?」

「協力、ですか?」

「はい。小さな手鏡と、ダグラス様がよくいらっしゃるような秘密の場所を教えていただきたのです」


 紗和の言葉に、彼は少し驚いたように首を傾げた。


「鏡はもちろんすぐにご用意できますが・・・・なぜ、ダグラス様に秘密の場所があると?」

「これはただの私の勘ですが、ダグラス様、きっと自己嫌悪に陥ることが多々あると思うんです。その時に部屋に居るときっと落ち込んでいるのがばれてしまうでしょうから、誰にも邪魔されないところでひっそり落ち込むのではないかと。・・・例えば、空気の綺麗な、外、とか」


 紗和の分析に、執事は感嘆の溜息をこぼす。


「これは。さすが聖女様。えぇ、ダグラス様はきっと私が知っているとは思わないでしょうが、存じております。いつもいるとは限りませんが、今日の九時課の鐘がなる頃にはそこにいらっしゃると思いますので、後で案内致しましょう」

「特に、兄弟に会った後は、でしょうか?」

「えぇ」


 執事の言葉に、自分の中にある憶測が確信に変わった。

 後ほど迎え行くという執事と別れ、紗和とエイダの二人はまた屋敷めぐりの旅に戻ることにした。

 昨日の時点で、屋敷内はほとんど見終わっていたので、外に出ることにする。

 

「あれ」


 屋敷から庭園に続くガラスの扉を抜けて少しした頃、見知った人物達が庭の噴水の淵に腰を掛けているのが見えた。彼らは背を向けているので、紗和達には気づかない。


「意外な組み合わせですね。アーヴィン様とダグラス様ではありませんか?」

「ほんとね」


 二人の背中が時々震えたり、ダグラスがアーヴィンの背を叩くような素振りをしていることから、二人が近い関係だということが伺える。


「こっちのほうがよほど兄弟のように見えるわ」

「なるほど。だから、アーヴィン様に対するチェスター様やアル様の風当たりが強いんでしょうね。兄弟である自分達より弟と仲がよろしいから」

「しょうもな・・・」


 新たな側近達の関係性に気づいたところで、そのあまりの単純さに紗和は溜息をついた。

 

 ―――ならどうして、自分達で動こうとしない。きちんと向き合えば、きっと、物事がいかに単純なものか気づくことが出来るというのに。

 

 少しの間だけ、二人の様子をみていた二人であったが、すぐに興味を無くし庭園の散策を続ける。

 そろそろ夏も本格的になりそうで、暑い日が続いている。

 すでにクリスティアナの体も完璧に近いところまで回復しているので、外に居てもエドガーに咎められることはない。もちろん、紗和も気を付けている。帽子をかぶり、薄い長袖を羽織る。

 白い肌の少女の体を焼いてしまっては申し訳ないという配慮のためだ。

 

 あっという間に六時課の鐘が鳴る時間になり、バーンズ家のご厚意によりお昼は外でピクニック形式でとることになった。

 みんなで楽しく食事をした後、約束した通り、バーンズ家の執事が紗和を連れてダグラスがよく一人で時間を過ごすという場所へ向かった。

 まだ時間が早すぎたのか、そこには誰も居なかった。


「しょうがない。隠れときますか」


 執事にお礼をいって別れた後、紗和は近くの茂みに隠れて様子をうかがう。彼女のスカートのポケットには小さな鏡が入っていて、すべてはエイダと打ち合わせ済みである。

 茂みに隠れて十分経つか経たない頃に、目的の人物はやってきた。

 

 ―――あ、しまった。

 

 紗和は心の中で絶句する。

 そう。偶然を装って会う必要があったため、彼は紗和がやってくることなど知らない。

 つまり、彼は今、顔を隠す布を被っていなかったのである。



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