表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/79

EP.5  人命救助とその方法



 『ごめん。あの時、は、ごめん。何も言わないで、消えて、君に恐い思いをさせてしまって、ごめんね』


 そう言った彼の方が泣きそうだった。


 本当に、申し訳なさが滲み出る声音に、紗和は溜め息をつく。

 確かに恐い思いをした。そのせいで、綺麗な人が見られないという人生の半分を損してしまったかもしれない。

 しかし、もうその人生も終わってしまった。

 それに、昔のことにネチネチ文句をいうほど、紗和も子供ではない。

 彼にも、何かしら理由があったのだろう。


 「わかった。その謝罪、受け入れてあげる。もう昔のことだし、私の人生も、終わっちゃったみたいだし」

 『ありがとう』


 少し哀しみを称えていたダイちゃんの口元が、嬉しさで綻んだ。


 「でも、ちゃんと説明して」


 許すといっても、それは昔の話に対してだ。現状についてはまた別の話である。


 「一体どうなってんの?なんで私がこんなところにいて、なんでダイちゃんが鏡の中にいるの」


 『鏡の中』という言葉に力を込めた。

 あまりにすべてが非現実的過ぎる。


 「私は死んだんじゃないの?」

 『うん。町田紗和は、死んでしまったよ。交通事故で、即死だった』

 「………そう」


 そこまではっきりと肯定されるのは少し複雑だ。

 自分はまだこうして話をしているのに、他人の体であっても心臓の音がちゃんと聞こえているのに。


 『だけど、紗和はこうして生きてる。ここは、天上でも冥界でもない、ちゃんとした世界なんだ。ただし、地球じゃないけどね』

 「地球、じゃ、ない?」


 ということは、あの猫型ロボットの道具を使ったという案はなくなる。あれは確かにアニメの世界だが、話の中ではキャラクター達は皆地球に居る。


 『異世界トリップ、って言葉、聞いたことある?』


 質問に、紗和は首を捻った。

 どこかで聞いたことのある言葉だ。そう、例えば切っても切れぬほど腐った縁で結ばれている幼馴染の言葉だったり。彼女の話す話題はいつも同じで、そのために時々話題を右から左に聞き流していた節があったりする。その中に『異世界トリップの醍醐味』なんて単語が含まれていたような気がしないこともないかもしれない。

 それでも、言葉の音からなんとなくどういうことか察する事はできた。


 『異なる世界。つまり、地球でも、日本でもない、また違った世界の事だよ。紗和の世界でいう、パラレルワールドだね。そこにトリップ、つまり飛ばされてしまったってこと』 


 ―――そんな大変なことを、さらりと笑顔で言わないでほしい。


 「じゃあ、ここは、地球と似て非になる世界ってこと?」

 『そう。そして今紗和がいるのは、中性ヨーロッパのパラレルワールド』

 「うん、そこはなんとなくわかってたけど……」


 服を見たら、絶対に日本でも現代でもない事は分かった。

 紗和の言葉に、鏡の中の彼は笑った。


 『さすが紗和だ』


 何がさすがなのかと不思議に思ったが、あえて聞かないでおく事にする。話をややこしくするのは本意ではない。


 「で、私は今誰になってるわけ?」


 ずっと立ったままでいるのも疲れるので、化粧台の前にある椅子に座った。いつもの癖で足を組む。

 すると目の前の彼が笑った。


 『ははは、僕は紗和を知っているから、そんな格好していても受け入れられるけど、他の人達がその姿を見たらきっと気絶するか寝込んじゃうだろうね』

 「なにが」

 『見てみるといいよ、今の君の姿を』


 そう彼が言った途端、鏡の中から彼の姿が居なくなり、代わりに、聖女と見間違うかのような洗礼された幼い少女の姿が映し出された。


 白い肌に大きな瞳、唇はまるで桃を刷り込んだかのような淡いピンク色。少し細い印象を与えるが、それすらもか弱いお嬢様を演出しているようで、逆に胸を突かれる。そう、まるで、どこかの貴族の病弱なお嬢様のような。


 しかし、そこまで思考が動く前に、紗和は心の中で悲鳴を上げて顔を逸らした。 

 例え鏡越しでも、あんな綺麗な子を直視するのは無理だ。例え過去のことを許したとはいえ、意思で受け入れる前に体が拒否をしてしまう。


 『それが、今の君だよ』

 「多分、そうだとは思った」


 再び鏡の中に彼が現れた。


 『彼女の名前は、クリスティアナ・シャンベル・オールブライト。昔から体が弱くて、一日の大半をベッドの上で過ごしていた。だけど、あまりに体が弱くなりすぎてしまっているせいで、もう、彼女に時間は残されていなかったんだ』

 「幾つなの、この子」

 『十三になったばかりだよ』

 「……そう」


 紗和は気の毒に思った。確かに自分も二十八というまだまだ現役の時に命を落としてしまった。けれどこの少女はその半分も生きていない。

 あまりにもかわいそうだ。


 『だけど、神様や僕達は、彼女を死なせるわけにはいかなかったんだ。クリスティアナは、百年、いや五百年に一度生まれるか生まれないかといわれるほど貴重な聖女の生まれ変わり。その彼女を十三という若さでこの世から切り離すことは、出来なかった』


 今、自分に起きているであろう出来事を説明してくれる昔馴染みの言葉を静かに聞いていた紗和だったが、途中で突っ込み所を幾つか見つけてしまったので、思わず片手を上げて会話を止めていた。


 「神様と僕達って、え、なんで、神様とダイちゃんを同列にしてるの。もしかしなくても、神様に攫われたのってほんとのことだったの?」


 早口で捲くし立てる。


 『あ、言ってなかったね。僕のこと』

 「………」


 紗和は呆れて言葉も出なかった。

 昔から、よく抜けた子だとは思っていた。何もない所で転んでしまったりするボケボケの友人の彼だったが、それは今でも健在のようだ。


 『じゃあ、改めまして。ダイこと、ジュンダイル・ヘルソイド・テレサです。この世界でいう神に仕える四大天使の一人だよ』


 ―――いや、だから、そんなに重大なことをなんでそんなにあっさりさらりというのかな。


 『ジョンダイルっていえば、きっとこの世界の人達はすぐにわかると思うから』

 「じゃあ、質問その二」


 彼の言葉に一々突っ込みを入れていると、きっとすぐに夜が明けてしまう。そう判断した紗和は、自分の知る必要のある話だけを聞く事にする。


 「この子、クリスティアナ?だったけ。この体の子は、聖女の生まれ変わりだって、どうして分かるの?」

 『クリスティアナは、先代の亡くなった日に生まれたんだ。先代が亡くなってからの数百年、誰一人としてその日に生まれた子供は居なかった。けれど十三年前、クリスティアナが生まれた。神は、彼女を聖女と認めた』

 「そんなに大切な子なのに、どうして体が弱いの?なんか変な病とか、力とかが加わったわけ?」


 生来の性格と仕事柄、紗和は質問を繰り出していく。知ることを全て知らなければ、これから先どう行動していけばいいのかわからない。

 ある程度の情報であれば、知っていても損はない。それは彼女の経験からもいえること。

 この体が十三歳の少女だとしても、この世界が紗和の知りえないまったく別の場所だとしても。町田紗和という人物は、二十八歳の女性で、これまで自分の事はできうる限り自分でこなしてきた、大人なのだ。世界が変わっても、それだけは変わらない。


 『クリスティアナは、本来なら普通の少女として生活していくのになんら問題のない体をしているよ。だけど、精神的病のせいで体の免疫が弱くなっているんだ』

 「精神的………。例えば、昔恐ろしい思いをしたとか、自分のせいで誰かが亡くなったとか、そういう意味?」

 『まさにその通りだよ。クリスティアナの母親は、彼女を産むのと引き換えに息を引き取った。彼女はそれを自分の責任だと思い続けている。このままクリスティアナの魂をその体に入れておくと、一年も持たずに彼女は神の元に召されてしまうだろうね。だから僕達は、一つの案を決行することにしたんだ。そして、それに、君を巻き込んでしまった結果、こんな事になってしまった』

 「………聞きたくないけど、まぁ、聞かなきゃいけないだろうから、聞く」


 紗和の言葉にダイちゃんは微笑んだ。


 彼女に話している事は、到底信じられるものではないだろう。もしもこれが紗和でなければ、逃げ出しているか、聞く事すら放棄してしまっているに違いない。


 紗和を選んでよかった。

 綺麗な人に怯える以外、彼女は何も変わっていなかった。昔のように、責任感が強くで、悲観的に考えることはせず、どうにかいい方向に考えるようにする。そしてなにより、その芯の強さは目を見張るものがあり、少しのことでは揺るぐことはない。彼女が彼女でなくなることは、恐らく、ないだろう。

 ダイちゃんは続けた。


 『クリスティアナの魂を神の傍に置いて、精神的な快復を図る。そしてその間、他の信頼できる何者かの魂を彼女の体に居れて、肉体的な快復に務めてもらう』

 「その肉体的な快復を私に任せるってわけか」

 『そう。お願い、しても、いいかな』


 紗和は顎に手を置いて、考える。

 今自分が優先して何をすべきか、見極めようとしていた。そしてそれは至極簡単なことでもあった。


 「うん、任せて。としか言いようが無いでしょ、この場合。私はもう死んでいるから、結局何も問題はないわけだけど、この子は私ががんばらなきゃ、私の生きた半分も生きられない。これがもし何かの事故で、たまたま入れ替わりました、とかだったらちょっと考えるけど、女の子の命がかかってるんだったら話は別。あの、綺麗な人達とか、は、少し問題だけど、うん、がんばってみるよ」


 ダイちゃんは、にへらと少しだけ自信なさげに笑った綺麗な少女の顔に、黒髪の、極々平凡な女性の顔が重なったように見えた。


 『明日、みんなにこのことを伝えて。後、これを渡して、そうしたらきっとみんな君のことを信じるよ』


 そう言って、鏡の中から何かが飛び出してきた。

 宙に浮かんだそれを、紗和はギリギリのところで受け取った。


 「手鏡?」

 『鏡は、この世界で大切な意味を持っているんだ。それを、ずっと持っておいて。なくしたら、だめだよ』


 ダイちゃんはそのまま鏡の中に姿を消した。


 手鏡を持ったまま椅子に座っていた紗和は、いつの間にか夜が明けてきていることに気がついて目を細めた。

 



 どこか遠くで、鐘の音が響いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ