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Ep.57  チェスターの弟

  バーンズ邸の探検を許された紗和は、さっそく屋敷を見て回ろうと部屋を飛び出した。

 エドガーとアーヴィンも共をすると申し出たが、場所が場所だけにそこまで心配することはないと紗和が同行を許さなかった。代わりにエイダを連れて行くということと、アルからの安全を保障するという言葉で、人一倍心配性のエドガーも折れてくれた。

 始めて来る場所はいつでもどきどきする。それがまったく見慣れないものであるなら尚更だ。そういう時は年齢関係なく人は無邪気になるもの。その時を姿をエドガーに見せるのが嫌で、紗和は彼の同行を拒んだ。実に大人気ない理由だが、知る人が紗和自身だけならば別に気にすることもないだろう。


「いってきまーす!」


  いつも以上に上機嫌な様子の紗和は、側近達に手を振っていざ探検の度へと繰り出した。

 かなり意気込んで部屋を飛び出し、階段の方向へ向かった紗和とエイダはまるで少女のような笑顔だった。その後姿を見送った青年達はそれぞれの場所へ向かう。


 アーヴィンとエドガーも紗和やエイダと鉢合わせにならないように注意しながら屋敷を回ることにした。いつ何が起こるかわからない。せめて一つぐらいは抜け道ぐらい把握しておきたかったのだ。その案内役を買って出たのはバーンズ家の長男と次男である。

 二人の少女が走り去った方とは正反対の方へ歩き出しながら、アルは自分の顔を覆っていた布を脱ぎ取る。それに習い、チェスターも仮面を取った。

 それらの下から現れたのは、そっくりな二つの面差し。彼らの髪色は違っているが、瞳の色と顔の造作は血の繋がった兄弟のそれだ。そしてそれはもう一人も同じ。


 なのに。

「ダグラス様とはぎこちないままなのですか」

 エドガーがこの屋敷の中で一番禁句であるはずの話題を口にした。

 するとアルが珍しく弱気な顔をして笑う。

「色々と難しいのだよ」


 チェスターよりもほっそりとした輪郭は果たしてその心労からなるものなのか。


「それはあなた方が拒んでいるからでしょう。きちんと話せば彼もきっとわかってくれます」


 アーヴィンが末っ子の彼を脳裏に思い浮かべ進言すれば、チェスターとアルの瞳に刺々しさが加わった。それを見つけて、アーヴィンは、しまった、と思った。


「そうですね、あなたは実の兄の私達よりも弟に慕われていますから。そうやってまるで彼をわかっているかのように言えるのでしょう」

「ダグラスと文のやり取りをしているようではないか。はっはっはっ、羨ましい限りだな」

「………」


  兄達の物言いにアーヴィンは押し黙ってしまう。もちろん、共に居る同期の青年は口出ししない、面白いから。



  一方の紗和達といえば、たまたま通りがかった屋敷の侍女に案内をしてもらっていた。

  彼女は元々アルに頼まれていたらしい。

 一階のホールを通り過ぎ、応接間を抜け、モーニングルームを通り過ぎ三人は和気藹々と時間を過ごしていた。


  物珍しそうに周りを見渡す紗和をエイダが微笑ましそうに見つめている。

 しかし、そんな彼女達を見つめていた侍女の目には、何故かエイダの笑顔がどこか翳りを帯びているようにも見えてしまった。何故かはわからない。けれど、事情がまったくわからない人にこそわかることもあるのだ。

  例えば、エイダの瞳に、申し訳なさと不安が見え隠れしていたこと。


「あれ?」


  一番先頭を歩いていた紗和の歩みが不意に止まった。


「どうされました?」


  遅れてきた二人の侍女に、自分が見つけたものを視線で示した。

 そこに居たのは一人の少年。いや、少年にしては大人びている。が、青年というには少し物足りない気もした。きっと十代後半ぐらいだろう。

その髪色がアルのものと同じだったことで、紗和はすぐに彼が誰なのか察しがついた。きっと例の弟に違いない。


 その確認のために共に居た侍女に目をやれば少し緊張した面持ちの彼女を見つけた。やや顔が青ざめているようにも見える。


「あなた方は?」


 青年へと年を重ねる途中経過にいるであろう彼は紗和達の方へ歩み寄ってきた。

 紗和は無意識の内に己の拳を強く握り締める。背中を嫌な汗が流れていくのがわかった。心臓の音もやけにうるさい。


 ―――しょ、初対面で気絶なんてだめ。ダメ、ゼッタイ。


 決して忘れていたわけではないが、彼はチェスターの弟だ。やはり、麗人恐怖症が不可抗力で発生してしまっている。自覚症状が次々と襲ってくる中で、紗和は一生懸命己を支えていた。


「サワ様、お気をしっかり」


 耳元でエイダが小さく呟く。見ると、キラキラした熱い瞳を自分に向けてくる少女がいた。

 これも修行の一環と表情が語っている。それはつまり言い換えれば、自分でなんとかしろとも言ってる。

 紗和は、顔で笑って腹で泣きながら視線を目の前の人に向けた。


「兄上の客人かなにかだろうか?」


 少しきつめの言い方と表情であるが、今の紗和にはそんなことはどうでもいい。

  必死に声を絞りだす。


「は……、は、始めまして、クリスティアナ・オールブライトと申します。こ、の度は、チェスターの招待の元お屋敷にお邪魔させていただきま」

「チェスター兄上がいらっしゃっているのか」

  少年の瞳が意外とでもいうように小さく見開かれる。

「は……はい」

「そうか」

「は、はい」


 そう言いながら紗和は胸に手をやる。少しずつ呼吸の間隔が短くなっているように思う。

 今まで、ここまで美形な人間と面と向かって話したことがないため、自分の状態がここからどうなるのか紗和にはわからない。けれど、そろそろ本格的にまずくなってきているのは本能的にわかる。

 しかしここで逃げ出すわけにはいかず、とりあえず一度目を瞑り、そして開けば、そこには。


―――や、やっぱり無理!!


 彼女の意識はそのまま反転した。

 


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